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仮面デート

 

 


 


 生憎信号は赤。それでも結果的に良かったのかも知れない。
 マナーモードにしていた携帯を開き、メールの確認をしてそう考えた。
 未開封のメールが五件ほどある。震える指先で恐る恐る開封。

 一件目「着いたよ」ちょっと早かったかな。待ってる。
 短い文だが、喜びが文面から覗いている。
 二件目「早すぎたかな」待ち合わせの時間、間違えたのかな。
 十分後のメール。ご免なさい私が寝坊しているだけです。
 三件目「届いてる?」明日加の返答無いけれど、届いてる。大丈夫?
 電波の状態も大丈夫だったが、着替えに奔走してました。
 四件目「具合悪いの?」風邪でも引いたなら今日は中止にしよう? 返事待ってます
 いたわりの言葉に良心が痛い。玄関から出る前に開けば良かったと遅い後悔。
 五件目「用事あるの?」用事が出来たのならオレは中止でも構いません。怪我とかじゃない、よね?

「…………」
 もの凄く心配かけていたのがわかった。
 しかも最初から最後まで彼は責めの一つも打ってない。それが尚更悪い事をしたと実感させられる。
 携帯のランプが短く点滅する。丁度メールが来た。
 
 題名:事故じゃないよね
 
 中身を見る前に慌ててメールを打つ。
 題名:ごめんなさい「私は無事です。もうすぐつきます」
 気の利いた台詞が書けないのでそのまま送信。閉じる前にマナーモードを解除しておく。 
 少し大回りだけど目に付いた歩道橋を駆け上がり、走る。
 待ち合わせ時間なんてとっくに過ぎてて確認するのが恐ろしい。
 間隔の狭い階段に苦戦しつつも何とか小走りで下り、着地。 
 ――いた。
 けれど。
 言葉が見つからない。
 ただ、彼を見つけたとき。あの人の周りの空気だけが別離したように浮いて見えた。
 まるでビデオの静止画面のように。
 ピリリ、とポケットから鋭い電子音。 
 刹那迷ったけど、恐る恐る着いたばかりのメールを開いた。

 題名:良かった「待ってる」

 メールの着信音に気が付いたのか、彼が振り向く。
 停止していた時が緩やかに流れはじめる錯覚に見舞われた。
 私と視線が合うと、彼ははにかむように笑みを浮かべ。 
「明日加。無事?」
 静かに首を傾けた。唇から白い息が吐き出される。
「うん」
 こんなに寒いのに、ずっと外で待っててくれたんだ。
 送られたメール通りの優しい対応で口から上手く言葉が出ない。 
「遅れてご免なさいっ」
「ううん。事故じゃなくてよかった」
 本当に、この人は私の事好きなの?
「…………」
 今度こそ、沈黙してしまった。
 彼の穏やかな対応じゃなくて、あまりにも醜い自分の心に。 



              +−−−−−−+


 様々な色合いのコーヒーカップが緩やかに回り鮮やかな色を飛ばす。
 リスのマスコットが抱えた沢山の風船に子供達が歓声を上げて駆け寄っていく。
「明日加風船があるよ」
「うん」
 絶叫マシンから様々な悲鳴。
 大幅な遅刻に叱責は来なかった。
 尚更に胸が痛い、彼にどう謝罪すれば良いんだろ。
「大きな観覧車だね」
「うん」
 謝りたいけどどう謝ればいいの。
「メリーゴーラウンド乗る?」
「うん」 
 どうすればいいんだろう。
「明日加?」
 ぼんやりした頭で巡る謝罪の言葉は、がらんどうのカプセルみたいに味気ない物ばかり。
「うん」
「…………」
 考え事を続ける私の世界が闇に包まれた。
「わひゃ!?」
 いきなりの事に足が止まって大げさな悲鳴が出る。
「だ〜れーだ」
 酷く近くでイタズラっぽい声が聞こえた。
「れ」
 考えなくても答えは明白。声色さえも変えてない影の正体はバレバレだ。
「れ?」
「れ…レオナルド?」
 手は外されない。
「れ、レオ」
 やっぱりまだ外されない。
「れっ、レイ」
 ようやく視界が明るくなった。
「正解。なんだ、よかった聞こえてて」
 と、笑みから一転険しい顔になる。
 かえりみたら、かえりみなくとも失礼だったよね。全然反応無いなんて。
「酷いよ明日加。オレ寂しいよ黙ってたら」
 拗ねたみたいにそういって少しだけ上目遣いに見つめてくる。
 う。その仕草は反則です。
「ご、ごめんなさい。すごく遅刻したし話もよく聞いて無くて」
「明日加謝ってばかりだね」
「そ、そうかも?」
「オレ、明日加の笑った顔が見たいよ。駄目かな」
 首を傾けてこちらを伺うのは、卑怯だ。無条件で全部大丈夫って言いたくなる。
「だ、駄目じゃないけど。私とで良かったの」
「良かったって何が」
 キョトンと不思議そうな顔。
「で……デート」
 自分で言うのも躊躇われて、一瞬口ごもったけど、何とか言葉を吐き出した。
 申し訳ない気持ちで一杯の私をレイはじっと眺め、
「うん。オレは明日加の笑顔が見たかったから誘ったんだよ。迷惑だった?」
 大きく頷くと、不安そうに私を見た。
「迷惑じゃない、です」
 めいわくなんて爪先ほども思わない。
「じゃあ、思い切り楽しも」
「う、うん!」
 ふわ、と微笑んだ彼に大きく頷くと、視界一杯に広がる掌。
「お手をどうぞ、明日加」
「――うん」
 差し出された手は、私より大きい。 
 ちょっとだけ暖かくて、それ以上に熱くなってしまった頬が気が付かれないか心配で。
 私は始終俯きっぱなしだった。

「明日加疲れてない」
「ううん、平気だよ」
「次は何に乗る」
「……絶叫以外」
「じゃあ、観覧車にでも乗ろう」
「うん」
 レイは私の我が侭を嫌な顔一つせずに聞いてくれる。
 楽しい。とってもとても楽しくて。
 この幸せな時が永久に続けと願うくらいに。
 時間が経つに連れ緊張が解れていく。
 時折織り込まれる彼のとぼけた仕草に大笑いして相手も笑顔を向けてくれる。素敵な連鎖。
 彼とずっと前から居たみたいな時間が流れて。

 そしてふと、思う。 
 幸福だから怖い。 
 レイがの優しい眼差しが何時か変わってしまうんじゃないかと疑ってしまう瞬間が。

 

 


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