綺麗な蒼い瞳がひた、と私を見据えて。
『お迎えに来ました。愛しい私の姫』
白い指先をこちらに向けた。ふわりと風が静かに彼の髪を撫でる。
『あっ、あう。その……えっ、と。嬉しい……だったっけ。ずっと待っ』
両手を合わせ、次は私の番だ、と意気込んだけど肝心の言葉は何処かに行ってしまって視界が歪む。
『て……うぁぁ、忘れ、ちゃっ、た。ごめんなさいぃ』
恥ずかしくて申し訳なくて、謝罪と一緒に嗚咽が漏れる。
『もう一度しよ?』
しゃくりあげる私に彼は困ったように微笑んだ。
『う、ウン。ありがとうれーちゃん』
『あすかが覚えるまでずーっと付き合うよ。ずっと』
微笑んで背丈の余り変わらない私の頭を背伸びして撫でてくれる。
その感触が嬉しくて、涙は引っ込んでしまった。
『がんばるね!』
『うん』
元気よく告げたら、優しい透明な笑顔で彼は頷いた。
約束したよ。したのに……れーちゃんの嘘つき。
指切りはしなかったけど、その次の日彼は公園の前で私に告げた。
『明日……行くんだ。遠いトコ』
嘘つきって沢山なじって、泣きついて、すがっても。それでも駄目だった。
次の日本当にれーちゃんは居なくなっていた。
インターホンを何度押しても無反応で隣に住んでいた彼の家族の気配も感じなくて。
もう会えないんだって気が付いた。
素直に行ってらっしゃいを言えなかった自分を自己嫌悪しながら。誰も居ない家の前でずっと泣いていたのを覚えている。
+−−−−−−+
冷たい外気が頬を刺す。彼が転校してきた日も、こんなに寒かったかな。
数日前の事に思いを馳せる。確かあの時朝からいきなり背中に飛びついてきて――
「おっはーよ。あーすか!!」
びく、と肩が跳ねる。衝撃を覚悟したけど無かった。
「どうしたのよ明日加」
「あ、な、なんだ……」
見慣れた女友達の顔に胸をなで下ろした。そ、そうだよね。そうそう都合良く来る訳無いか。
どうしてか、少しだけ残念な気持ちになる。
「どうしたの」
「え。ええ、と。な、何でもない」
誤魔化し気味にはーと息を長く吐き出すと、今の気持ちみたいに白い呼気が長く尾を引いてゆらゆら揺れる。
「そういやさ。アレどうしたの」
「へっ。ア、アレ?」
レイの事かな。無意識ではじき出した候補の初めが彼しかない事に頬が熱くなる。
「先輩だよ。告白失敗したんでしょ。だめもとでもう一度する?」
へ? だめもとで何をするって。
「……誰それ」
先輩って誰だっけ。必死に脳から単語をひねり出そうとしてもなかなか出てこない一文字。
せんぱい、こくはく、しっぱい。
「…………明日加?」
眠たさが若干残る脳に妙にクリアに響く低い声。女友達がもの凄くコワイ顔をしている。
「えっ」
「明日加ちゃん。誰ってあんた。告白しようとした相手を掴まえて」
告白。コクハク。検索結果照合、そうだバレンタイン!
「あっ、そ、そうそう。そうだった。そういう事もあったね!?」
あまりにもその日から色々あり過ぎて忘れていた。
「……そういう事もあったねってまだ一週間も経ってないでしょうに。ま、明日加が告白しようとしてた相手って恋愛対象じゃ無かったっぽいから無理ないけどその対応も酷いぞ」
「れんあい……たいしょう、じゃ、なかった?」
「そうだよ。気が付いてなかったの!? 明日加は恋に恋するタイプだから、ありゃ憧れかなーとか思ったら案の定。でも告白できなくて良かったじゃない憧れって分かっただけでも収穫収穫」
「う、ん。失礼だもんね」
「それはともかく。転校生の話よ」
「えっ」
どき、と身体が震える。
「明日加とどんな関係。恋人?」
「違う。恋人じゃない!」
気が付けば、口が勝手に答えていた。さっきと違うのは胸が酷く痛む事。
「明日加?」
彼女が不思議そうに見ていて。それが酷く居心地が悪く……唇を噛んだ。
「違うもの。違うんだよ。恋人なんかじゃ」
「ご、ごめん明日加そんなイヤだったの!?。軽く聞いてごめ――」
「イヤじゃないから嫌なの。こんな関係ワケ分かんないよ」
ワケ分からない。本当に分からない。
ただ、こんな曖昧な関係を続けたくなかった。
「ごめん。私、変だね。先行くよ」
なんにもしらない友達に擦るみたいな言葉を当てても、残るのは自己嫌悪。
「う、うん。明日加……悩みあったら相談しなよ」
「ありがと」
足早に去る私の耳に、動揺したような彼女の声が聞こえたけど。
振り向かずに一言だけ礼を言い、モヤつく気持ちを誤魔化したくて校舎に走った。
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