トモダチ-2





 いい加減痛くなってきた腕をさすり、少し路地で休憩をする。
 静かに荷物を降ろし、嘆息した。
「重い……」
 確かにもの凄く重い。
 かといって、引きずって歩くわけには行かないので頑張って持ち帰るしか手だてはない。
 憂鬱だ。
 我知らずため息がこぼれる。
 マント、と言うよりもフードの付いた上着のような自分の服を軽く直す。
 白い、いや、クリーム色の生地が路地の薄暗さでくすんで見えた。
「…………」
 少し大きいせいで後ろにズレはじめたフードを、また戻す。
 自分には、白よりも黒の方が似合う気もしたが、そんな物を着てうろつき廻ればそれこそ目立ってしょうがない。
 あまり、目立って良い身分でもない。そう、……無いのだ。
 幾らここが田舎で、辺境の地だとは言っても―――
 ソコまで考えた視線が横に向く。
 隣には何かが居た。
 居た、という表現が正しいのかは分からない。
 『来た』のかもしれないし『在る』のかもしれなかった。
 比較的気配には敏感だと思っていたが、ソレは気取られる事もなく横に当然のようにして座っている。
 座っているのかすら良く解らない。
 のっぺりとした顔。
 開いているかどうなのかも判断しにくい瞳。
 卵のような丸みを帯びた身体。短い手足。
 少年の半分有るか無いか、と言った小さな姿。
 そして背中には冗談のように小さな羽。
 女の子なら、非合理的な形状だが、ペンの後ろに付けていそうな羽だった。
 羽と言っていい物か。羽毛すら見えず、タダ丸みを帯び、立体状で羽に見える程度。
 木彫り細工で簡易化した羽にも見える。可愛い物が好きな人には喜ばれそうだが。 
 もしかしたら飾りかもしれない。
 飾りではないとしても、飛ぶ事は到底不可能だ。
 羽よりも目を引くのが、大きな道具袋やリュック。
 身体の優に三倍以上はありそうな物を背負い、佇んでいる。
 ほっそり、とはほど遠いずんぐりしたそれは、微動だにしない。
 荷物の重さで動けないのか、それとも動く気がないのか。
 先ほどの路商より、よほど綺麗にしてある麻の布の上には、瓶やら本やらが積み上げられている。 
 ……
 …………
 取り敢えずさり気なく、だが迅速に、不自然ではない程度の動きで横にずれた。
 距離を保ったまま、眺める。
 無言。
 ピクリとも動かない。
 と言うよりも、これは生きているのだろうか?
 縫いぐるみのような姿をさらしたまま、ちょこんと鎮座している。
 ―――まるで…
「……置物?」
思わず小さく呟く。
その言葉に反応したのか、ソレはのったりと目だけをコチラに動かした。
少年は、警戒したように軽く身構え、見つめる。
「…………」
 やはり、じぃぃっと見つめてくるだけ。
何となく、居心地が悪い。
 さて、この後どうするかと迷った末、
「あの……」
「こっち、こっちよ〜 って、あぁっ!?」
 口を開き掛けた時、耳慣れた声が、騒がしいざわめきが後ろから上がった。
「レ――」
「恥ずかしいから名前呼んで騒がないでね」
 皆まで言う前に釘を刺す。
はぐぅ、と妙な呻きを飲み込み、手を振っていた少女は沈黙した。
「…………」
 ずんぐりした物体は、彼女の声を聞きつけ、ゆっくり……
 ゆっくり……
 もう、亀が最後尾にいたとしても、追い抜かして表通りに出そうなほどの長い時間を掛け、首をかしげた。
「長い」
それを見ていた青年の口元が僅かに引きつる。
 空色の大きな瞳を見開き、横にいた少年が驚いたように口元に手を当てた。
「……あっ。何でこんな所に……」
「ん? 知り合いか?」
「知り合い、じゃなくて……その…」
 尋ねる言葉に眉根を寄せ、困ったように呻く。
 二人の様子は完全に無視した調子で、クルトは片手を広げ。
「じゃじゃーん。紹介しまーぁす♪
 このずんぐりむっくりしたのがあたしのお友達の『かぁむ』よ!」
 と、満面の笑顔で告げた。
「…………」
 落ちる沈黙。
「無視か」
 突っ込む青年。
 そして――
 …………
 ………………
 先ほどのペースに勝るとも劣らない速度で、
「………こん……にち………は」
 カァムと呼ばれたモノはのんびり、と口を開いた。
 殺人的な遅さに、チェリオは疲れたように嘆息し、
「…………遅い」
げんなりと呟く。
沈黙の長さは、カァムのペースが少し移ったせいかもしれない。
 気にした様子も見せず、少女は笑顔で、
「いやぁ、今日も元気そうね〜 かぁむ」
 ポンポンと気軽にその生物の肩を叩く。
 皮膚は軽い獣毛で覆われているのか、もふもふとした音がした。
「…………」
やはり、アリが巣からでて戻ってくるほどの時間を掛け、ゆっくりと頷く。
「げん、き」
 ふこふこの片手をぎこちなく、のっそりとゼンマイ仕掛けのように上げる。
そこで――
「もう少し素早く話せ素早く!」
 チェリオが切れた。
「やれやれ、気が短いんだから」
 等と、一番切れやすそうにも見える少女が肩をすくめた。
「…………」
 その光景を見ながら、少年はまたズレはじめたフードをなおす。
 何か、を思い出せないような気がした。
先程から、心に軽い引っかかりを感じる。
 記憶の引き出しが、外れない。……そんな違和感。
それに、ルフィの言葉も気になっていた。
 早くしろ、と言われてもそうそう簡単に速度が上がるわけでもない。
 もたもたと少女を何か言いたげに見つめ、
「…………上げ…る………クルト…持って……くる」
 手を動かし、カァムは路地を指す。
「ん、わかったわ! 何時もの奴ね」
 要領を得ない合図だったが、ソレを受け、クルトは任せてよ! と言うように片目を瞑った。
 軽い足取りで路地の間を行き交い、そう経たぬ内に戻ってくる。
一瞬、見えた両手には何かの草。
「とってきたよ!」
 こく、と頷き、ソレまでの動きが嘘のような速さで草を受け取ると刻み、粉を振り掛け、混ぜる。
 早いと言っても、常人から見るとまだゆっくりだったが。
 コロコロと団子状に丸め、一本線のようにも見える口を開き、毒々しい色をしたソレを一気に飲み下す。
 ぐびり、という音が聞こえた気がしたのは、視覚的な物によるモノか。  
「美味しい?」
 草はどう見ても舌を慰めるような色ではなかったが、クルトは聞く。
「おいしくない」
 当然、カァムは首を左右に振った。
「いやまあ、見れば分かるわよ」
 だったら聞くな、と言う突っ込みは誰からも発せられない。
 クルトとカァム以外は沈黙したまま。
 横で硬直していたチェリオが僅かに後ずさり、
「な、なんだ? き、急に喋りはじめたぞ!?」
 呻いた。
 その言葉に反応し、少女は軽く青年を睨み付け、
「失礼ね、かぁむは元から喋ってたじゃない」
驚く声を一蹴する。
「いや、そう言うのじゃなくてだな」
 少々ずれた言葉に彼は額に手をやり、軽く頭を振った。
 その仕草を見、カァムは身体を少し揺らす。 
 言葉だけではなく、動きまで先程の比ではない。
 先程の動きが亀なら、今は光だ。ちょっと大げさかもしれないが。
「んん〜? ……コトバの事を言ってると思う、クルト」
「言葉じゃない? じゃあ何かしら」
 紫の瞳を細め、真顔で悩む。 
流石に頭痛を覚えたか、チェリオは眉を寄せ、大きく嘆息した。
「ハエも倒せそうにない奴が、いきなりゴキブリ並の素早さになったぞ。
 ある意味越えてるんじゃないか?」
 あまり良いとは言えないたとえをあげる。
 それにいち早く反応したのはクルトだった。
「ヤメテ! っていうかそんな表現しないでぇっ!」
頭を抱え、瞳を潤ませて勢いよく首を左右に振る。
 恐らく彼女の頭の中では、最悪の名前を冠する生き物が飛び交っているのだろう。 
その恐ろしさは三本の指に入り、ほぼ共通事項のように殆どの人間に強烈な拒否反応と嫌悪感を芽生えさせる。
 害虫、とは言えないほどの恐怖感。もう、ここまで行けば魔物かもしれない。
いや、多くの女性にとっては魔王だ。
 実害はなくとも精神に与える傷は並大抵の物ではない。
 滅多に攻撃を喰らわないクルトにしてもそれは同じ。会った瞬間ほぼ致命打だ。
そんな事は(つゆ)とも知らないチェリオが、眉根を寄せた。
「……何故ソコまで怯える」
 などと無神経極まりない発言。
 当然ながら、反射的に……もう『癖』としか言いようのないレベルの速さで下された肘が、チェリオの鳩尾にめり込んだ。
 うずくまる青年を横目で見ることすらせず、少女は口を開く。
「兎に角、早くなったって言いたいワケね」
「うん」
 穏やかな表情で微笑んだルフィが頷く。
 こちらも全然気にした様子も見せない。
 もう、日常の一コマに過ぎないのだろう。全く持って穏やかな会話だ。
「…………」
(……段々僕もこの光景に慣れつつあるね)
 目の前で繰り広げられている会話より、そっちの方が怖い。
(仲間には入りたくない…) 
風景の一部と化しているカァムを横目で見、フードを押さえながら少年は陰鬱なため息を吐き出した。
彼は気が付いていないようだったが、この状況でもそう言う事を普通に考えられる時点で……

 ――― 一般人から見ればもう、ある意味立派に手遅れだった。

 




戻る  記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system