トモダチ-3





 少し考えた後、クルトはうずくまるチェリオから視線を外し、
「んーと、面倒だからぱぱっと言っちゃうと、動きが早くなる薬を飲んだのよ」
要約のつもりなのだろう。やたらと簡潔、かつ大雑把な説明をした。
 理解は出来る。
 出来るのだが……ちと大雑把すぎやしないだろうか、と思いながら何とか復活した青年は眺める。
「何よチェリオ文句有る?」
視線は敢え無く一秒とも保たずに撃墜された。
 虎すら射殺しそうな視線を受け、思わず身を軽く逸らしている青年を見る。
 ような奴はいない。 
「クルト、薬って何?」
 空色の瞳を不思議そうに瞬かせ、ルフィは首をかしげた。
 彼女は良い質問だ、と言わんばかりの表情で人差し指を立て、
「ロカ……なんたらかんたらとかいう薬草をなんとかニカとかいう薬草と混ぜて飲むと、すっごくはやくなるの」
言ってくる。
 どうやら草の名前はうろ覚えらしい。
「かぁむはのんびりすぎて、話すのが少し時間掛かるでしょ。
 だから急ぐ時はこの薬を飲んで接客するの」
 うんうんと頷きながらカァムを見る。
あの遅さは少しという次元ではないが。
 確かに彼女の言う通り、あの話し方では商品の説明を聞くだけで日が暮れる。
「へぇ……ソレは興味有るね」
 そこで初めて、傍観していた少年が声をあげた。
 ごく僅かだが、好奇心の色が声には見て取れる。恐らく知的好奇心だろうが。
 だが、その変化に気が付いてたのはクルトのみ。
 その当人も、少し肩をすくめただけ。
 気を取り直すように少女は頷き、
「そうね。何か長い名前だからすばや草って名付けたの」
「……それはまた。分かりやすいな」
 今時三歳児でも付けないような名前だ。
 分かりやすいが。
「でしょう〜 やっぱり分かりやすいのが良いわよね」
少し引きつったような青年の声に満足げに頷き、
「ああ、草の名前聞いても駄目よ」
興味しんしん、と言った感じの言葉に、そう釘を刺した。
「何で」
 当然不審げに眉を潜め、尋ねてくる。
 不満げな視線を受け、
「んー、まあ薬草は教えてあげても良いわよ。
 でも、さっき見た通りかぁむが調合する際に入れた粉がないと駄目らしいのよ。
 どうも秘伝の製法らしくて教えてはくれなかったけど」
 ため息混じりに言って頭を掻き、カァムを見た。
 それもそうだろう。
 安易にそんな情報をぽんぽん漏らしていては秘伝の意味がない。
 ただでさえ、薬という物は分量の配合が難しいのだ。
 簡単な風邪薬でさえ、分量を間違えてしまうと取り返しの付かない効果が現れたりする。
「ふーん、でも一応薬草は教えて。持って帰って調べるから」
 特に秘伝の粉に気は行かないらしく、フードを押さえて少年は軽く告げた。
「了解」
「それと、本当にマシな名前は無いの? その薬」
 含みのある少年の言葉にクルトは眉を軽く跳ね上げ、
「何か引っかかる言い方だけど。あったけど覚えてないわよ長ったらしくて」
 不機嫌そうに頬をふくらませる。
「……アセイムス・ロワ……。
 身体能力を高め、一定時間、早い」 
 やはり片言、にはほど遠いが僅かに独特のアクセントを使い、カァムは静かに呟いた。
 聞きながら、フードを軽くずりあげ、思考を巡らせる。
「ロワーム方面の古代語でたしか、アセイムスは時を操る神だったかな。
 神の力を借りた薬、か。
 ……確かに効果はそれに見合うね」
大陸や地方によって習慣や制度が違う。
 当たり前だ。何しろ、種族も思考も、時には倫理観すら違う事もあるのだから。
よって、神や宗教と言った物が種族や大陸、地方ごとに違いがあるのは当然だった。
 同じ大陸の中でさえ、片手では足りないほどの神や宗教がある。
 他の大陸を合わせればもの凄い数の神々、精霊、それを祭った宗教があるのは仕方がない事だ。
特に神に関しては、伝説や虚像、根も葉もないうわさ話が混じり合い、どれが本当でどれが嘘なのかも分からなくなっている。
少年が呟いたのはそんな神の一人。
 此処、カルネからはるか南、今は横断する事すら出来なくなった南の海域を越えた場所に、それはあった。
 名前は、確か…ジェウス。
 どのぐらい昔だっただろうか、その場や海域が交易でにぎわっていたのは。
 資料に載っていた、本に連なれていた文字でしか知りうる事は出来なかったが、もう、交易が断たれてから五十年は軽く経過しているハズだ。
 国が悪いわけではなかった。
 民が悪いわけではなかった。
 ただ、運が……悪かっただけだ。
 気候が、そぐわなかっただけだったのかもしれない。
 もしかしたら気まぐれか。
出現したのは突然。
 神の悪戯か、それとも嫌がらせか。
 南と北を分断するような場所で、それは現れた。
 柔らかな旋律を奏で、死の眠りへと導く魔物。
 次々と交易船は沈められる。
 討伐隊もでた。勇者と名乗りを上げる輩もでた。
 ――そして、誰も帰ってこなかった。
 一度も。
 強力な戦力を幾度投入しても、それはいなくならなかったのだ。
 恐らく、ジェウス側も交戦したのだろうが魔物は動かなかった。
 その場を。
 海を両断するように。
 魔物の棲むと言われるその島は、激戦を語るように今は岩肌と荒波が打ち寄せるという。
 元からその姿だったわけではない。
 軽い島程度の大きさはあったらしいが、今では半分程度の無骨な岩壁をさらしている。
 それを抜けた先にはジェウス。
 どのような攻防があったのか、想像するだに恐ろしい。
 そして……
 これ以上貴重な人材を失ってはいけないと考えた国々は、何時の日か、攻撃をするのを諦め――――
 今に至る。
 まあ、妥当な考えだろう。
 失う損害が広がらない内に南の島を諦める。
 理路整然とそう考える少年の頭を掠めたのは、正反対の考え。
(でも…………南も見てみたいけど)
 リスクが付く事はしたくはないが、見られる物なら見てみたい。
 そんな場所。
 しかし、どうして目の前にいる置物のような物体は、忘れ去られそうな程昔の神を知っているのだろう。
「……何で知ってるの。
 今時、あの島の神の事は誰もいや、殆どの人が覚えてないと思うんだけど」
 覚えていたとしても、もうかなりの歳だろう。
 自分の事を棚に上げ、考える。
 後知っている人がいるとしても、熱心な考古学者か歴史学者か……
 そこで、また違和感。
 やはり、何かを思い出し掛けたように胸の内が不快だ。
 僅かに眉を潜め、
 ―――― カァムルダート
 と、横合いから吐息混じりの言葉が微かに漏れる。
振り向くと、少し眉を潜めたルフィがカァムを凝視していた。
「あの、失礼ですけどやっぱり、カァムルダートの方ですよね?」
「ん……」
 こくりと躊躇なくカァムは頷いた。
 驚いたように瞳を見開き、クルトが面白いほど大きく口を開けた。
「はへ? ルフィ知ってるの?」
「うん、父さんと交渉してるの見ていたから、もしかしたらと思ったんだけど」
「え? 何でカァムルダートがこんな場所に。たしかあの種族は……」
ルフィの言葉に少年は急いで記憶の棚を引きずり出す。
 そうだ。先程からの違和感はこれ。
 思い出せずにいたのはこれだったのだ。
 確か、あの種族は……
「ジェウスの最南端に位置する場所に住む種族で商売に関する能力が高い。
 それを生かし、一族単位で行商をしている。
 ……だが動きが緩慢なため、隣の大陸に行く……位だって書いてあった気がするけど」
「ああ、うん。それね〜
 ほら、人間…いや、人間じゃないけど。
 いつでも行動力がある奴は何処にでも行くのよ。
 カァムの親がその属性だったらしくて。
 これでも一族の中では動きが早い方なのよ」
「これでか!?」
 おののくチェリオ。
「確かに資料に書いてあるのより随分動きは俊敏だよね」
「俊敏!?」 
 更に少年がトドメを刺し、のけ反る。
「うん、僕も他のカァムルダートさんたちみたことがあるけど、もっとのんびりしてたよ」
「もっと!?」
 理解不能な単語を聞き、栗色の髪をかき乱し、呻く。
 要するに、カァムルダートでも特殊な部類らしい。
「うんうん、何でも仲間内では「神速」とか言われてたらしいのよ」
「どのあたりがだ!?」
 もはや人智を越えたその会話にチェリオが絶望混じりの声を上げ、『うるさい』とクルトに殴り倒されるのには、一秒も要さなかった事を付け足しておく。 

 




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