りとるサイレンス-26





 天井。床。壁。柱。

(あの壁は……)
 チェリオの視線が止まる。 
妙だった。
 よく分からなかったが……とにかく妙だ。
 何もないが、何かがゆがんで見える。
(壁がゆがんで見えるのか……?)
 違う……壁に異常は見られない。 
 ただ、感覚的に歪んで見える。
(空間が歪んで見える……?)
《……無駄だ、お前達には》
「あの壁の怪しいところ」
 何事かを言おうとしたリトルサイレンスの言葉を遮り、視線を少女の方に向け顎で示す。
「怪しいって……」
「よく見ろ。怪しいぞ」
「確かあっちは…」
クルトは少し顔をしかめ、考える。
「見ただけで気分が悪くなるあの壁のこと?」
 どうやら感覚的にはとうの昔に気がついていたらしい。
 しかし、脳みそがついて行っていないのが問題だ。
(コイツは……鈍いのか鋭いのかわからん……)
「よく見ろ。具合が悪いんじゃないだろ。
 集中……とにかく目つぶって壁のことを考えて見ろ」
「それって新手の拷問?嫌がらせ?」
 よほど嫌なのか壁の方から目をそらし、呻く。
「良いからやれ」
「…………わかったわよ。やりゃぁいいんでしょ、やれば」
 クルトは不承不承ながら、目を閉じ、壁の方に顔を向ける。
「んー……?」
 闇の中にもやが見えた。
 糸と糸とが寄り集まったようなもやだ。
 捨てる前の裁縫の残り糸をまとめて丸めた姿がそれと重なる。
 それは絶えずうごめき、小さくなろうとしているのか必死に寄り集まる。
 しかし、何かがいけないのか決して固まることはできない。
 クルトがゆっくりと目を開くと目を閉じたときと同じ部分に黒いわだかまりが見えた。
「ふふーん? ア・レ・か〜〜。よっし! チェリオ、潰してくるわね!」
「アレだ。空間が歪んでる」
「空間が歪んで見える……?」
(あれ? あたしが見たのは黒っぽいのなのに)
 よく見ると確かに壁の方に歪みのようなものが感じ取れた。
「確かに歪んで見えるわね。ってことはあの黒いのは……」
「黒い? ……ああ、アレか……
 多分本体の気だ。下手にふれるなよ」
「成る程。確かに、只今力を吸収中……って感じね」
 頷き、感心したようにつぶやくクルト。
 その言葉をリトルサイレンスが遮った。
 先ほどまでの余裕は何処へ行ったのか、声に動揺の色が濃い。
《見えるのか!? 何故見える!》
「いや、何故って聞かれても……ねぇ」
「……歪みと一緒に感じ取れただけだしな」
 二人は顔を見合わせ、困ったようにもう一度リトルサイレンスに顔を向けて口々に言う。
《そう言うことではない……何故ニンゲン共に我の結界が……》
「結界……ああ。あの歪んでるの?
 ダメよー。結界作るなら相手に見えないようにしないと。
 歪んだ空間からアンタの気配漏れだしてバレバレじゃないの」
 クルトは魔物の言葉にポンッと手を打ち、やれやれと首を振って嘆息する。
 「阿呆。敵に入れ知恵してどうする」
隣でチェリオが憮然と突っ込みを入れた。
《……幾ら歪みが出て我の気が漏れだしても微量。
 常人に感じ取ることはできないはず……
 お前はともかく何故貴様まで……》
「……誰が『お前』で誰が『貴様』なのよ?」
「コイツに聞くな。聞くだけ無駄だ。答える気は無いはずだ。
 特に闇に属する魔物はプライドが高い奴が多い」
《…………》
 チェリオの言葉に反論せず、リトルサイレンスは戦闘態勢に入った。
「取りあえず、行け。俺はここで食い止める」
「りょーかーい。
 食い止めきれなかったらあたしが直接アンタをつぶしに行くからねvチェリオ」
「敵を止めてやると言ってる俺に向ける言葉か。それが」
 にっこり笑顔で言う少女にげっそりとした言葉を返す。
「嘘つきは嫌なの」
 クルトは周りに星でも飛びそうなほどにっこりと微笑み、両手を組む。
 あきらめたようにチェリオは壁を視線で指し示し、呻くようにつぶやいた。
「…………何でも良いから行け」



クルトが地を蹴り、走り出す。
《させるか!》
 それと同時にリトルサイレンスの尻尾が伸びた。

 ギュンッ!

 鋼と鋼が擦れるような耳障りな音。
 少女の背中に届く前にチェリオの剣が尻尾を止めていた。
 しかし、頭部の方はノーガード。
 少し頭を伸ばせば彼の頭を食いちぎることができる。
 そう踏んだリトルサイレンスは鎌首をもたげ――――
 チェリオは表情も変えず、それを見つめたまま素手でリトルサイレンスのひれの部分を掴み、片手で地面へと叩き付ける。

《何……ッ!?》
 ドゥンッ。
 とっさのことに反撃出来ないことと、身を乗り出したせいでバランスが崩れたせいもあり、リトルサイレンスはそのまま地面に叩き付けられた。
 その間にクルトは振り向きもせず、壁の方へ走っていく。
 
《……まさか……そのような原始的な行動を取るとは》
「意表をつくのもまた戦術だ」
おののくようなリトルサイレンスの言葉に不敵な笑みを浮かべ、チェリオは魔物に剣を向けた。





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