ヒョゥンッ……
隣で尻尾が振り切る。
悲鳴も何も聞こえなかった。悲鳴を上げるまもなく壁に叩き付けられたのか。
倒れた少女は――微動だにしない。
《まずは一人。加減はしてない。生身の人間では生きてられまい》
「貴様……」
静かな魔物の言葉にチェリオはギリ…ッと唇をかみしめる。
《次はお前だ》
「……上等だ。掛かってこい……そして、死ね」
目を細め、魔剣を突きつけて冷たく告げた。
「なんて事すんのよアンタはーーーーーーーー!!」
後ろから掛かった大音量の絶叫にチェリオとリトルサイレンスの動きが止まる。
ズカズカズカズカズカズカズカ
チェリオの後ろからドカドカと歩み寄り、
「ぬわぁんてことすんのよこの馬鹿モンスター! ビックリしたじゃない!!」
涙目になったクルトが憤怒の表情でリトルサイレンスを怒鳴りつける。
一触即発の空気は一瞬で霧散した。
「……………」
《……………》
チェリオは思わず目を点にし、ぼーぜんと突っ立って少女を見つめた。
対峙しているリトルサイレンスも攻撃態勢を解き、驚いたようにクルトを眺めている。
「ぉぃ……ビックリしただけか?」
(あんなに力一杯殴られといて)
冷や汗をたらし、恐る恐る尋ねる。
「ぇ? うん。ちょっとビックリしただけ。
少し痛かったけど」
「少し?」
頭を掻き、たははーと笑うクルトを見つめ、顔をしかめる。
確かに大きな傷は見当たらない。
「うん。まあ、転けたのよりは痛くなかったけど。
あ、でも服がボロボロ」
困ったように首を傾げ、悲しそうにボロボロになった服をつまむ少女を見てチェリオはしばし絶句した後、呻く。
「……打たれ強いにも程があるだろ……」
その後に続いて魔物から驚愕の言葉が漏れ出た。
《化け物かお前は》
クルトの額に青筋が浮かぶ。
「化け物に化け物って言われたくないわね! ふんっ」
腰に手を当て、半眼になって魔物を睨み口を尖らす。
《……そうか。障壁を張ったか》
しばしクルトを見つめて(?)いた魔物は納得したように呟いた。
「は?」
「張ったのか?」
間の抜けた声を上げるクルト。チェリオは少女に向かって半信半疑で尋ねる。
「張ってない」
困ったように眉を寄せ、答える。チェリオは少し考えるように口元に手を当て、
「そう言えばさっき能力付加の術を唱えてたな。アレに風系列の術とかあったか?」
「……んーと。そう言えば脚 力増強の術に風系を使った気がするわね……
でも、あたしは障壁なんか張った覚えはないわよ」
首を傾げ、疑問符をとばしつつ答える。
「恐らく術の干渉と同時に障壁が張られる仕組みなんだろ。
ちょっとした副作用と言うところか。
…………って事はお前、たまたま…………」
そこまで呟いて、チェリオの顔が引きつった。
「み、みたいね……日頃の行いが違うと、こういうラッキーな事が起こるのね」
自分が先ほど置かれた状況にようやく気が付き、微笑みつつ、クルトの顔も僅かに強張る。
(ラッキーなヤツは体が縮むことは無いと思うが、言わないでおくか)
《……運の良いヤツだ……》
気を取り直したのか、落ち着いた口調でリトルサイレンスがつぶやいた。
「くーーーやしいぃぃぃ。こんな馬鹿魚鳥に叩かれるなんて!」
「そのまま突っ込むとさっきの二の舞だ。お前は何もするな」
地団駄を踏む少女に向かってチェリオは冷たい口調で告げる。
「うーーー。何もせずにボーっとあたしが黙って静かに見物できる体質だと思って言ってるの!?
信じられないわアンタって……」
「自分がしとやかでないことを威張るな」
おののく少女に向かって半眼で突っ込みを入れた。
キンッ!
話の区切りをねらってリトルサイレンスが尻尾を打ってくるが、流石に懲りたのかクルトは前に出ようとはしない。
むなしくチェリオの剣にはじかれる。
チェリオは小さく息を整えると正面を向いたまま後ろのクルトに話しかける。
「いいか、良く聞け」
「うん。良く聞く」
こっくり頷き、まじめな顔で返答する。
「聞いた後忘れるなよ」
「……努力はするわ」
チェリオの疑わしげな問いかけの後、やや間をあけて答えが返ってきた。
「その間は何だ」
「努力はするわ」
もう一度聞こえた同じ言葉に、視線だけ少女の方を眺めると、頬に一筋の汗が見てとれた。
取りあえず見なかったことにし、
「こいつは本体じゃない。影だ」
リトルサイレンスは静止したまま動かない。
隙をねらっているのか、それとも話が終わるまで待つつもりなのかは分からない。
チェリオは淡々と言葉を続ける。
「たとえこいつを倒しても、また復活する。
お前は本体を探し出せ。
俺たちの目の前に現れないと言うことはまだ力が戻っていない証拠だ」
「やることは分かったけど……」
クルトはポリポリと頬を掻き、
「一体この広い遺跡の何処を探せってのよ」
肩を落とし、嘆息する。
チェリオはリトルサイレンスの動きに注意しながらも、辺りに視線を巡らせた。
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