りとるサイレンス-27





壁際に走り寄り、クルトはまず……。
「何すればいいのよ」
 悩んだ。
 勢いで来たは良いものの何をすれば倒せるのかが分からない。
 かといって適当に当てていったら確かに倒せるかもしれないが遺跡も一緒に倒れることになりそうだ。
「……それはまずいわ。変な魔物と一緒に心中なんて神が許してもあたしがゆるさん」
「ついたか!?」
 悩む少女の背中に剣戟の音に混じってチェリオの言葉が掛かる。
「ついたわよーーーー。で、なにすりゃいいのーーーーー!?」
「取りあえず結界破って隙間からでも良いから火炎系列呪文たたき込め!」
 何で火炎かは分からないがとにかくやってみようと思ったが、ふとあることに気がつき、チェリオに向かって問いかける。
「……どうやって破れってのよーーーーーーーー」
「お前の得意分野だ。任せる」
 と、投げやりな返答が返ってきた。
「まさか……考えてなかったとか言わないでよ!?」
「言ったらどうする」
 愕然とするクルトの言葉にまたしてもあっさりとした返答が返ってくる。
「阿呆かーーーーーーーーーーーーーーーー」
「とにかくやれ。やらないと死ぬぞ。
 ここの遺跡は丈夫だから少し派手にやっても大丈夫だ」
 そこでチェリオの言葉がとぎれ、キンッと金属音が聞こえた。
「ただし、バックファイヤーで自分もやられないように気をつけろ。後は任せた」
「やりすぎは禁物、って言いたいんだろうけど」
(あたし結界破ったことないんですけど)
 肩で息をしながらも、取りあえず色々と試してみる。
「えーっと……実験その一。取りあえず火炎呪文を……」
 一瞬最大出力で放とうと考えたが、ふと気がつきこけおどし程度の火炎を放ってみる。「火炎弾!!(微弱)」
 ぼぅっ!!
 結界に当たり、包み込むように舐めこがず……はずが、一度砕けた形だった火球が球状に戻り、
「どぁぁぁぁぁぁっ」
 そのまま跳ね返ってきた。
 慌てて身を低くしてかわす。
 パシュッ。
 後ろを見るとリトルサイレンスが尻尾を空で斬っているところだった。
 どうやら当たる寸前に尻尾で叩き消したらしい。
「ぅぅ……参ったわね……」
(威力弱くしておいて良かった……)
 はーっと安堵のため息を漏らす。
 あのまま何も考えずに最大出力で放っていたらと思うと恐ろしい。
 危うく自分の魔術で死ぬところだった。
 しかし、これでは魔術で強引に破壊という事が出来なくなった。
「あー……むかつくーーーーーーー」
 怒りを乗せて、結界に蹴りを入れる。
 ばぢっ!
「……ったぁぁぁぁ」
 衝撃の後、したたかに腰を打ち、涙目になって結界を見つめた。
結界から少し離れた地面にはじき飛ばされたらしい。
 クルトの顔が呆然とした表情から、怒りの表情へと変わっていく。
「さっきからあの手この手で防御固めて……
 ぜっっっっっっったいに崩してやる。ほえ面かかせてやるんだから!」
 地面に爪を立て、土をえぐり取り、結界にぶちまけると宣言した。




「どうやら逆にやる気になったらしいなアイツ。お前の結界で」
 背後の雄叫びを聞きながら、チェリオは小さく口元をゆがめる。
《く……っ》
 チェリオの言葉にリトルサイレンスは歯がみした。




「魔術攻撃ダメ。物理攻撃ダメ。後はなんかあったかしら」
 クルトは必死に知恵を絞っていた。
「ぅぅぅ……えーっと。授業とかあたしあんまり聞かないから……」
 そこまで唸ってポンッと手を打つ。
「そうよ!授業を思い出せばいいのよ。授業内容……確か結界を破る方法は前にどっかで聞いたはず……
 どこかで―――」


『今日はですね、皆さんに結界の破り方を教えたいと思います』
 生徒を見回して、レイン・ポトスールは授業を開始した。
『はい、そこで眠ってるクルト君。結界の破り方にどんな方法がありますか?』
『ふぇ……』
『クルト……当てられてるよっ……ほら、起きないと』
 ルフィの言葉にコシコシと目をこすり、
『やぶるんなら力ずく!』
 きっぱりと言い切る。
『……他に方法とかは……?』
『無い!』
レイン校長の問いにクルトは首を振り、答えた。
『はい、クルト君結構です。
 確かに結界はより強い魔術で打ち破ることは可能です。
 しかし、それには多大な労力が必要なのでおすすめできません』
『労力……って、疲れるの?』
『はい、それはもう。
 たとえを言うとコップ一杯程度の結界でしたらコップ三杯分ほどの力が必要になります』
『……変なの……』
『変ですね。これには理由があるんですよ。
 コップ一杯程度の結界なら、コップ一杯の魔術しか受けきれないと思いがちですが、それは間違いです』
 カツカツとチョークで黒板を叩き、
『コップ一杯の魔術しか受けきれない……ではなくて、コップ一杯の魔術なら何十回か防げると言うのが正解です。
 一、二回くらいならそれ以上の威力の魔術にも耐えられるはずです』
よほど結界が下手でなければ、と付け加えるのも忘れない。
『結界を破るには倍程度の魔術を使うか、結界を無効化する魔術を使うしかありません』
 ぴーっとチョークで結界と魔術を赤と白で描いていく。
『せんせー質問ですー』
 クルトが不意にガタッと席を立ち、手を挙げて質問する。
『はい。何ですか? クルト君が質問するなんて珍しいですね。
 というか何時もねているので貴重ですねぇ』
 ニコニコと微笑みながら言ってくる。クルトは半眼になり、
『……質問、やっぱいいです』
 ガタリと椅子に座り直して教科書をたてた。
『やだなー。冗談ですよ。
 質問、なんです? 教えてくださいよ〜』
 懇願する校長。とても教師と生徒の会話とは思えない。
『本当にその二つだけ?だとすると凄い不便なんですけど。結界破るとき。
 特に攻撃跳ね返してくる結界だったらどうするの?』
『危険ですが、魔力を衝撃波として結界を壊す方法があります』
『それ下手すると死ぬわよ』
『死にますねぇ普通の人は。魔力の使いすぎで』
『他は?』
『これもちょっと危ないと思うんですけど……』
 レイン校長は気の進まない顔をして話し始めた。
『……出来れば使わない方が良いと思うんですけどね』
『緊急用のためよ。人生何があるかわかんないじゃない』


「あった……思い出した。ケド」
 ちょっと疲れそうな気がする。
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないけど。
 あたしあの系列苦手なのよね……仕方ないか。緊急事態だし。
 ……どーか失敗しませんように」
 小さく嘆息して、瞳を閉じると詠唱に入った。
『水よ……我を包む盾となれ! 水結界』
 スゥッと体の回りに半円球状の薄い膜が出来る。
 しかし、クルトは詠唱を続ける。

『風よ……我を守れ! 風結界』

 水の結界法をベースに風で結界を張る。
 それと同じように、『土』『炎』の結界も張っていく。

『炎よ……我を守れ! 炎結界』

『大地よ……我を守れ! 地結界』

「アイツ……何をしてんだ?」
 結界を張る彼女の意図が分からない。
 しかも四元素を混ぜ合わせるという無茶苦茶な方法。
 一歩制御を誤れば術が暴走しかねない不安定なもの。
正確な方法でも不安定なのに、彼女の結界は『水』を除いて後は正確な詠唱ではない。
「無謀ここに極まれり…… って奴だな」
 離れたここからでも彼女がギリギリの均衡で安定を保っているのが伺える。
《あのニンゲン……まさか……》
 とまどうチェリオとは違い、リトルサイレンスの気配が動揺に変わった。
 慌てたようにクルトの方に向かおうとする魔物を剣で遮る。
《く……っ……退け!!》
「よくわからんが……どうやらアイツの方法がお前にとって不利なのは分かった」
 スッと目を細め、
「ここから先、通れると思うな」
 剣を突きつけたままチェリオはつぶやいた。

 ――ぅぅ。あたしは炎と風以外は専門外よ。
 しかも防御魔法なんて苦手の苦手なのに……

 などと文句を言っている場合でもないので少女は泣き言をこらえ集中する。
「……これだけすれば良いわね。せぇぇぇぇぇのっ!!」
 大きく息を吸い込み、結界に向かって結界で体当たりをかけた。

 ドゥゥゥン!

 周りに這った結界がミシリと不快な音を立てるが、いちいち気にしても居られない。
「よっし、まだまだぁぁぁ!!」

 ドンッ!!

 パリン……クルトの張った外側の一枚が砕け散った。
「自分で張った結界ながら脆いわね。しかし、また張り直せば済む事よ!」
小さく詠唱を唱え、また結界を張り直すともう一度体当たりを始める。
 
 ドンッ……

「成る程。攻撃呪文がダメならそれと同質のもので攻撃をしかける……
 アレで破る気か、アイツ」
《く…………しかしニンゲンの魔力があの結界が破れるまで持つか?》
「…………さぁな」
 リトルサイレンスのあざ笑うような言葉に、チェリオは投げやりに言葉を返した。



 幾度結界を張り直したか、体当たりをかけたか分からないが、とうとうクルトはその音を聞き取った。
 ドンッ……ミシッ……
 軋むような音が相手の結界でし始めた。
「よ……っし。もう少し……後ちょっと……っ」
 だいぶ疲労が激しかったが気力を振り絞り、体当たりをかける。
「せぇぇぇぇぇぇぇぇっの!」
 ドン……ッ! ピシリ……
 今までと同じような体当たりの音。そして今までにはなかったヒビのはいるような音が自分以外の結界から聞こえた。
 よく見てみると空間の歪みに少し穴が開いている。
 そこから黒い気があふれ出ていた。
「やったぁ!!」
 肩で息を切らし、ガッツポーズ。 
《何……っ!?》
「良くやった。やれ!」
 驚愕するリトルサイレンスの言葉と同時にチェリオが魔物を動かさないように剣で押しとどめ、クルトに言う。
「分かってるわよ! 喰らえ……火炎――」
 クルトが手に現れた炎を中に投げ入れるより早く、黒い影がそこから飛び出した。 





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