りとるサイレンス-19





「リトルサイレンスを起こした? ……アレは曲がりなりにも魔物。一個人の、ましてお前のような子供が何の下準備もなく起こせるようなものでは…………」
 そこまで言って、チェリオの視線が少年の魔剣に移る。
 もしかしたらその魔剣は最初からリトルサイレンスを起こすつもりで少年に乗り移ったのではないだろうか。
 いや、勘ぐるなら、ここに入ったというトレジャーハンターも最初から乗り移られていた?
「そうか……そいつがお前の意識を完全に乗っ取らなかったのはそのためか」
「…………何言ってるの?」
 しかし疑問が残る。リトルサイレンスが復活した今……この少年の意識を残す必要は無いはずだ。
(…………リトルサイレンス…………)
 闇系列に属すと思われる……人の年月を食べる魔物。
 クルスシティに向かう前、遭遇した黒い影。
 あれが本体……? ならもう封印は解けていてもおかしくない。
 復活していたとしたら、そのぐらいの力があるはずだ。
 そしてこの少年。いや、魔剣がココにとどまる必要も皆無。
 どこぞの吸血鬼のように日の光に当たると灰と化すという難儀な体質なら分かるが、魔剣というモノはそれ程ヤワなモノではない。活動は昼夜問わずに行える。
 取り付かれた人物の意識を使い、街の中で生身の人間の振りをすることなど造作もない。
(なら、何故コイツらはココにいる)
 ……まだリトルサイレンスは完全に復活したわけではない?
 チェリオの顔を見つめ、少年は小さく微笑むと剣を掲げる。
 彼の体に絡みつくように、黒い魔力の塊がうねっていた。
「……お兄ちゃん……気が付いたみたいだね? そうだよ。あの子はまだ力が戻っていないんだ。可哀相でしょう。
 だから協力してあげてよ……お兄ちゃんの力をあの子に頂戴」
 僅かな沈黙の後、切っ先を向けたままチェリオは鋭く問いかける。
「……お前じゃなく、魔剣に聞く。何故アイツを呼び覚ます? 何が目的だ」
《力……全てを破壊する》
 端的に少年の唇から低い……言葉が漏れ出た。
「破壊活動が目的か。そう言うのは知り合いに一人で十分だ。他の所でやってろ」
『……殺す』
 ギィン……ッ
 言葉が終わるか否か、風切り音と共に鋼の打ち据える音が当たりに響き渡った。
 チェリオは無表情で佇む。意識して避けていると言うより、反射的に腕が動き、相手の剣技のことごとくをうちはらう。
 彼は僅かに顔をしかめ、剣で相手の攻撃を受け止める。
 とうてい目の前の少年が繰り出したとは思えないような鋭く、殺気に満ちた剣だった。
 相手と向かい合い、チェリオは少年の様子をうかがう。瞳に意志の光は無く、自分の意識で動いているとは思えない。
「……何故邪魔をする。魔剣士よ」
 少年の唇が動く、そこから紡ぎ出された声は、小さく高い少年でも、岩のような言葉でもなく、しわがれた老人の声を彷彿とさせる声音だった。
「ようやく本性を現したか……魔剣」
(まだ間に合うか……? しかし)
「お前と私は変わらぬ存在……何故邪魔をする! お前の望みは同じではないか?」
「阿呆。人を勝手に同種にするな。世界を滅ぼしたいなら一人でやれ。
 俺は手を貸さない、元より貸す気もない。俺の手の中にある剣も同じ意見だ」
「腰抜けが」
「腰抜け? 人に言う前に自分のことを考えてみるんだな。
 お前は人に取り憑かなければ破壊と言う名の行動も起こせない無力な存在……
 思想の違いはお互い様だ。
 何故お前を倒すか? 依頼遂行の邪魔になるからに決まってるだろう!」
「くっ……我を腰抜け呼ばわりするかっ! 下等な人間が!」
 少年に取り憑いた魔剣は憎悪の眼差しで彼を見つめ、吠える。
「下等かどうか、その身を持って試すがいい」
 僅かに嘲りを含め、チェリオは相手の攻撃を弾くと、切っ先を少年の喉元に定めた。
「お兄ちゃん……」
 突如として少年の瞳に光が宿り、怯えたように声を漏らす。
「……ほぉ……。そう言う姑息な真似をしてココの屍を築き上げた訳か」
(成る程、意識を完全に取り込まないのはこういう意図もあって、か)
「しかし、俺にはそう言うモノに対して耐性があってね。もう少し良心がある奴にそう言うことをするんだな」
 少年の表情が恐怖に凍り付く。
 無表情で狙いを定めたまま剣を振り下ろし掛け、
『あんたね、もうちょっと優しさとかそう言うモノがあっても罰は当たらないと思うんだけど?』
 一瞬、見知った少女のとがめるような言葉が頭をよぎり、剣を振り下ろす腕にためらいが生まれ、僅かな隙ができた。
 ドゥッ!
 そこを見逃さず、相手の魔力の塊がチェリオの体を吹き飛ばす。
「ぐ……っ」
 数メートルほど飛ばされ、よろめくと片膝をつく。
「ばかめ! 口ほどにもないな」
 少年は哄笑を上げ、勝利の言葉を口にすると剣を振り上げ、魔力を収束し始める。
 黒く、周りを飲み込むような膨大の力の固まりが彼の剣に集まっていく。
「ごほっ、ふっ……そうだな」
 小さくせき込んだ後、チェリオがそれを見つめ、口元に笑みを浮かべる。
「ふふふ。魔剣士よ、自分の無力さが自分でおかしいか?」
「いいや、お前を倒すのはそう難しいことではないが……
 お前なんかより数百倍恐ろしい奴が身近にいるのを思いだした。
 よくもやってくれたな……死なない程度に仕置きしてやるから覚悟しろよ……」
 口元に笑みを浮かべたまま、ゆらりと立ち上がると剣の切っ先を相手に向け、告げる。
「何……!?」
 驚愕を隠そうともしない……いや、隠しきれなかったか少年は悲鳴に近い声を上げる。
「ほぉ……俺が無事なのがそんなにおかしいか? よっぽどお前の周りに居たヤツは軟弱だったと見えるな。己の底の浅さを思い知れ」
「思っていたよりはやるようだな! しかし、コレを喰らって平気でいられるか試してみるがいい!」
 自分の頭ほどもある黒い魔力の塊を掲げ、朗々と告げる。
「確かにそれは痛そうだな」
 現状を理解しているのか居ないのか、チェリオは呑気にそう呟いた。 





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