りとるサイレンス-20






「当たったら痛そうだが……かわせば問題はない」
「かわせる? 甘く見られたモノだな。かわせるか、ためしてみるがいい!」
 少年は剣を振り上げ、チェリオに向かって魔力を放つ。
 辺りに力を振りまきながら、向かってくる固まりをかわそうと一歩横に踏み出したチェリオの動きが止まった。
「何……っ?」
 彼が動くと同時に魔力の塊もその動きにあわせ、方向を変える。
「ちっ……追撃型の魔法かっ」
「ジ・エンドだな」
 少年の無情な宣告にチェリオは一瞬笑みを浮かべ、
「……それはどうかな。試してみるか……?」
 チェリオは剣を投げ捨て、素早く腰からもう一振りの剣を抜き、魔力の塊と向かい合う。
「……ハッ!!」
 呼気と共に刃を一閃する。
 彼の背後で爆発音が響いた。
「何だと……我の魔力を斬るだと!」
「…………」
 動揺の声を上げる少年の言葉を無視し、彼との間合いを一気に詰める。
 そして気が付いたときには、チェリオと少年との距離は1メートルも離れていなかった。
「くっ、この」
「いい加減……に、諦めろ!」
 襲いかかってくる少年の剣を受け、彼の手に持っている剣を蹴り飛ばす。
「ぐっ……剣……が………ぁっ」
 苦しげに呻き、彼の体がかしぐ。
 どさっ
 軽い音を立て、地面に崩れ落ちる。
 元凶の剣から離され、コレで少年は本来の性格に戻ったはずだ。
 しかし……
「…………」
(……………生きてはいる)
 地面に体を投げ出した少年にチェリオは手を当て、脈を確認して、小さく嘆息した。

 

 チェリオは二人を抱えて奥に進み、僅かに外の光が漏れる広間で休息をとった。
 少年が気が付いたのは、それから半刻もしないうちだった。
「ここは――」
「……遺跡の中だ」
 起きあがり、不思議そうに呟く少年を見て、無愛想に返す。
 彼は頭を押さえ、呻き、ハッとしたように顔を上げる。
「いせき……僕は……そうだ。トレジャーハンターさんが心配で! あの人はもしかして魔物に……?」
「…………」
チェリオの沈黙を肯定ととったか、俯くと、
「そっか、やっぱり駄目だったんだね。あなたは?」
 悲しそうに微笑むと、名前を尋ねてくる。
「チェリオ・ビスタ」
「チェリオさん、か。ありがとう僕のこと助けてくれたんでしょ」
「別に……そこらで拾っただけだ」
「…………あはは。あれ、その子誰? あなたの妹?」
 僅かに苦笑いをし、彼はチェリオの隣で寝ているクルトに目をやると不思議そうに尋ねた。
「ま、そんなトコだな」
「似てないね」
 キョトンとして首を傾げるとおかしそうに笑った。
(当たり前だ)
「で、お前の名前は?」
「レクス・レイマンド」
「……今頃お前の親が心配しているだろうな」
「うん。本当。お兄ちゃんに会えて良かったよ、お母さん達に言ってごちそう作ってもらわなきゃ。
 あ、でも僕がしかられるのが先かなぁ…………あはは」
「…………」
「…………お兄ちゃんって無口だね」
「……悪いか」
「ううん。そんなこと無いよ。でも、あれ?」
 何処までも無愛想なチェリオの言葉に少し微笑み、その笑顔が戸惑いに変わる。
「どうした?」
「なんかね……目が霞むよ……何でだろう」
 チェリオの問いにレクスは不安げに答える。
「……疲れたんだろ。少し眠った方がいい」
 チェリオは僅かに沈黙を挟むと彼を見つめ、そう告げた。
「そっか……うん、ありがとう」
 ほっとため息をつき、安心したようにニッコリと笑う。
「礼は要らない」
「……うん、お休み。チェリオお兄ちゃん」
 チェリオの言葉に頷くと、瞳を閉じてまた眠りについた。
「……お休み……か」
 チェリオは、何処か遠くを見るような眼差しで彼を見つめ、呟いた。
 その言葉が終わる間際、
 ザ……ッ
 静かに寝息を立てる少年の体が砂塵と化し、固い地面に崩れ落ちる。
「…………」
 長い精神支配と魔力支配による肉体の崩壊。
 さして珍しいことではない。
 長期に渡って乗り移られると魔剣の持つ魔力に耐えきれず、支配から解かれると常人の肉体は崩壊する。
 チェリオも幾度かそう言うモノを見た事がある。
 そう、今のように。
 だが、幾ら見ても、これだけは慣れることが出来なかった。
 見習いの魔剣士が乗っ取られるとき、もっとも恐れられている事だ。
 無論……チェリオとて例外ではない。
 しかし、精神や魔力に耐性のある彼よりも幼い子供の方がそう言ったことに影響されやすい。
 少年は、魔剣による支配が長すぎたのだろう。剣から手が離れると長くはもたなかった。
 あの事を覚えていなかったのがせめてもの救いだ。
「……礼されるようなモノじゃない。助けてないんだからな」
 小さくひとりごち、積もった少年の砂塵をかき集め、小さな袋につめると懐にしまい込む。
「…………さて、呑気に寝てるこいつ(クルト)を連れてアイツをたたきに行くか……そして……」
 隣に立てかけていた剣を取り上た。そう、少年――レクスを死に追いやったあの魔剣だ。
「お前にはもう少し仕置きが必要だな。……後でじっくりしごいてやる」
 口元に笑みを浮かべ、小さく笑う。

 

《ぐぁ……人間ごときに》
 苦しげな魔剣の言葉に冷たい笑みを浮かべ、剣に手を触れる。
 念じるように瞳を閉じると体に流れ込もうとする魔剣の力を自分の力で包み込み、押し返す。剣から苦痛の言葉が漏れ出た。
「苦しいか? まあそうだろうな……俺の気に当てられたら大体はこうなる。
 まだ反省が足りないな。俺に刃向かう気が起きなくなったら使ってやる」
《何故破壊しない……我は負けたのだぞ! 何故壊さない》
 呪詛のように繰り返される魔剣の言葉をチェリオは冷たくあざ笑い、
「悪いな。俺は使えるモノは使う主義でね。
 お前の馬鹿にしていた人間に使われる。壊されるより苦痛だろう?」 
《ぐっ》
「まあ、意固地な魔剣でも持って三日……刃向かわなければ苦しまなくて済む。良いな」
 剣をしまう前に死刑執行人のように冷淡にそう告げる。
 小さく吐息を吐くチェリオの視界に、僅かに赤い光を放つ炎の魔剣がうつりこむ。
「…………何か文句でもあるか?」
 何かを言うように赤い光を放っていた魔剣はチェリオの言葉に小さく明滅した。
「やりすぎ……って言いたいのか。お前は……
 でもな、ああいうのは最初に叩いておかないと後々厄介だからな……それに、お前も最初はああだっただろ」
 きぃーん……耳鳴りのような金属音が剣から漏れ出る。
「……一緒じゃない、か。
 昔、人を炎で消し炭にしようとした剣は何処のどいつだったか……
 ああ? お前じゃないって?
 ……分かった分かった……」
 遺跡の地下の一室で魔剣士と魔剣のたわいも無いやりとりがしばらく止むことはなかった。





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