チェリオは自分でも分かるほどに苛立っていた。
少年の持っているモノは、間違いなく。
彼にとっては間違えようのない気配が漂っている。まるで、狂気を塗り固めたような気配だ。
魔剣。
もっとも彼に身近な存在。
大人が片手で満足に扱えないそれを四、五歳ほどの子供が片手で軽々と扱っている。
異様だ。
そしてその説明は一つしか思いつかない。
余り喜ばしくない結果だ。
「お前、魔剣に憑かれてるな」
低く呻くように言葉を紡ぎ出す。
ここに入る前、クルトに言った。『自我の確立がなってないと剣に支配される』
その見本がここにいる。
「憑かれてる? ううん、違うよ」
キョトンとして少年は小首を傾げると、ニッコリと微笑んだ。
「僕が望んだの」
『だから力を貸してやったのだ……全てを血に帰す力ヲ』
少年の言葉に重なり、低く岩を擦るような声が響く。
不快だ。とても。
「……本人の意識を少し残してるようだな。悪趣味の極みだが」
吐き捨てるチェリオを見つめ、少年は不思議そうに微笑む。
やはりその瞳は何処を向いているのか分からない。空虚な微笑みだった。
「何言ってるのかは分からないけど、僕が力を望んだのは本当。
恐かったんだよ……ホントに」
左手で肩を抱いて少年はそう呟く。
「この間ね、トレジャーハンターのお兄さんが不思議な剣を持ってるって聞いたんだ。
それで、彼がここに行ったって聞いてとても不安だった。ここってとっても危ないでしょ。お兄ちゃんなら分かってるよね。
だから、危ないって分かってたんだけど様子を見に来たんだ」
「自殺行為だな」
「そう、自殺行為だよ。秘密の抜け穴を通って……あ、秘密の抜け穴って言うのはね、結界のほつれているところ。少し炎でいぶすと獣たちも逃げて結構楽に入れるんだ」
気を悪くした様子も見せず、淡々と話を続けていく。
秘密の入り口とは、どうやら入り口でクルトが見つけた穴のことらしい。
彼は少し俯き、
「そしてここにたどり着いたとき、お兄さん、冷たくなっててね、僕とっても悲しかったの」
少年がたどり着いたときにはもう手遅れだったのだろう。
不意に俯いていた顔を上げ、
「そしたら後ろから恐い魔物が出て来てね、とっても恐かった。死んじゃうかと思った。
でも、死にたくなかった。お兄さんはもう動いてないし、でも、その手の中にあったのが」
「…………その魔剣だった訳か」
「そう。何でも良いから助けてってお願いしたの」
言って少年は恍惚とした表情で手元の剣を優しく撫でた。
剣は人を選ぶという。
しかし、普通は人にも選ぶ権利というモノがある。
……魔剣にも性格や思想の違いというモノがあって問題のある性格の魔剣も多々居る。
人のためになりたいと思うモノもいれば、この世を地獄に変えたいと思う魔剣もいる。
しかし大体の魔剣は使われる存在ではなく、同等の存在として扱われることを好む。
つまり、奴隷としてではなく友達、仲間として使われる方が好きなのだ。
だが、この魔剣のように人間に取り付き、支配する。支配思想のある魔剣が多いことも事実である。
こういう魔剣には力を持って対抗するか、精神支配を掛けても無駄だと教えるしかない。
素質があっても未開発の場合、特に一般人はこの少年のように取り付かれる者が多い。
彼もまた資質があったうちの一人なのだろう。
「そうやって取り入ったわけだな、お前に」
「力を貸してくれただけだよ、この子は。それでね、お兄さん寂しそうだったんだよ。
ほら、悲しそうでしょう」
首を横に振り、地面から頭蓋骨を取り上げ、そっと撫でる。
「だからね、僕考えたんだ。こうやってお友達を増やしたら寂しくないでしょう?」
ニッコリと微笑む。ほめられるのを純粋に待つ子供のように。
「まさかお前――」
「たまに街から誰か連れてきてお友達にするの、凄いでしょう。
コレなら寂しくないよ、ね? お兄さん」
人形遊びでもするように、無邪気にチェリオの言葉に頷いて、頭蓋骨に語りかける。
「コレ僕が考えたの。凄い?」
「違うな、お前が考えたんじゃなく、その魔剣がお前に考えを植え付けたんだ」
「…………この子が?」
チェリオの言葉に眉を寄せ、少し怒ったように頬を膨らませる。
「お兄さんのうそつき。僕一人でやったんだよ! お友達一杯つくって、そしてアレを起こしたの」
「何だって?」
少年の言葉を聞きとがめ、チェリオは僅かに顔をしかめ、聞き返す。
「僕一人でやったんだよ。りとるさいれんすを起こしたの。あの子が呼んでた。苦しいって。たすけてってだから助けてあげたの」
チェリオの問いに彼は誇らしげに胸を張り、答えた。
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