りとるサイレンス-12





「……阿呆な事で無駄な時間を浪費したな」
「……そーね」
 この間通行が出来なかった扉の前に佇み、二人はボソリと呟きあう。
 扉と言ってもかなりの昔誰かが破壊したのだろう。
  大人の身の丈ほどの大きな空洞がぽっかりと空き、普通に通行したところで何の差し支えも無さそうなのだが……
 しかしこの間クルトが身をもって証明した事で何らかの障壁が張られていることが確認できた。
  クルトはググッと拳を握りしめ、
「しかーし! 今日は満月。アンタの言うことが確かなら今日は顔面強打! な〜んて屈辱を味あわなくて済むのねっ」
 気を抜くと飲まれそうな暗闇を見据えて元気いっぱい言い放つ。
「そうなんだが……ちょっとオイ。待て行くな!」
 チェリオが制止の声を掛けるまもなく掛けだした少女は止めるまでもなく止まった。
 いや、止まらざるを得なかったと言う方が正しいが。
 ビタンッという衝撃音と共にクルトは小さく「ぅぅ」と呻くと顔を押さえて座り込む。
「……遅かったか……」
 大きく嘆息し、チェリオは何かをこらえるようにこめかみを手で押さえる。
「いったぁぁぃ〜〜」 
 ウルウルと瞳を潤ませて座り込んだままチェリオを見つめる。
「壁がぁぁぁぁ〜〜〜〜」
 片手で額を押さえながら涙目で壁をしきりに指さして訴える。
「だから待てと……」
 呆れたようなチェリオの言葉に素早く反応し、
「遅いのよ! いうのが!! いつもいつもっ!」
  そう非難し、ギンッと殺気のこもった瞳で睨み据える。
「先走るお前が悪い」
「一歩でも二歩でも先をよんどきなさいよ! アンタ剣士でしょ!」
「敵の一歩二歩先は読むがお前のような鉄砲玉の行動を読むほど俺は趣味人じゃない」
 小さく呟いて、くだらなさそうに嘆息する。
「ぬわんですってぇぇぇ……ン?」
 チェリオに怒りのキックを叩き込もうと身を起こし掛けたクルトが何かに気が付き小さく声を上げる。
「どうした? 虫か?」
「穴が空いてる〜〜♪」
 クルトの目線を追うとナルホド。隅の方に小さな穴が空いている。
  小さいといっても子供が楽に通れそうなほどの大きさだ。



「虫歯か?」
  首を傾げて問うチェリオ。クルトは半眼で呻く。
「アンタわざとあたしのことからかってるでしょ?」
「ああ」
「ムキーッ!!」
  あっさりキッパリ言い切るチェリオに手をわななかせ、立ち上がり掛けるが、フッと表情を元に戻し、
「……って、いちいち反応しててもキリがないわね。後で覚えとけコノヤロウ。
 取り敢えず、中を覗いてみるわ」
 一瞬怒りのこもった瞳でチェリオを睨んだ後、這いつくばりながら穴の方へ近づいていく。
「何か見えるか?」
「うんー……中に入れそうかも……障壁もないみたいだし」
 チェリオの言葉に曖昧に答えながら辺りを見回す。
「本当か!? でも真っ暗じゃないか?」
「うん。暗いけど。でも赤い光が見えるわね」
 闇になれない目を瞬き、顔をしかめて小さく漏らす。
「小さい光が、いち、にー……四つ……? 何かたまに消えたり点いたりしてるけど」
 いいながらまた進む。もうすぐで完全に中に入り込める。チェリオ側から見たら彼女の足しか見えないはずだ。
 チェリオの思案するような声が聞こえた。
「……赤くて小さい?」
「そーよ。あ、また二つ増えた」
 軽く答えるクルト。それと同時だろうか、彼女の体が急激に後方に引きずられたのは。
「うわきゃ!? チ、チェリオアンタ一体何すんのよっ!」
  足首を掴まれ、物凄いスピードで引き戻されながらクルトは悲鳴を上げる。
「引きずるなぁーーーー服が擦れるーーーー!」
 彼女の怒声は無視され、気が付いたときには元いた場所にうつ伏せに倒れていた。
 もちろん足首はチェリオが掴んでいる。 
「あんたなにすんのよ!! 摩擦で火事になったらどーするのよ!」
 事実クルトの服は勢いよく擦れたため、熱を帯びている。
 恐らく後もう少し長い時間擦れていたら火事になっていただろう。
「おー……間に合ったか」
 チェリオは彼女の言葉を無視して額の汗を拭い、小さく吐息を吐く。
「は? 何よ間に合ったって。こっちは危うく顔にかすり傷が付くトコだったのに!」
 涙目になって顔をさする。奇跡的にも顔に傷は付いていない。
「餌になるよりマシだろ」
「…………何のよ」
 むくれるクルトの言葉には答えずに、顎で先ほどの穴を指し示す。
「何……げ」
 疑問混じりのその言葉が数秒経たずに悲鳴へ変わった。
 彼女の足先へ、黒い鎌のようなものが突き立っている。
 それは何かを求めるようにガリガリと鋭利な刃先を地面に口惜しげに何度も食い込ませていた。
「多分魔物か凶暴化した動物だな。あの穴から入る獲物を待ち伏せてたんだろ。
 さっきお前が見た赤い光はそいつらの目だ」
 狩るものは鳥、犬。むろん人間も例外ではない。
「ナルホド。やはりただでは行かせてもらえないらしい」
 腕を組み、頷くチェリオ。彼女の足下ではしつこく何度もガリガリと爪が地面をひっかいている。
 それにクルトは顔をしかめながらつま先で砂を掛けつつ、
「じゃあ正面突破しかないけど。あそこ通れないじゃない」
 むーっと呻く。つま先では効果が薄いと思ったのか、今度は両手で土を掘り返し、壁穴を埋めに掛かる。
「……取り敢えず動物虐待は止めておけ。話がしづらい」
 この場合怪物虐待だが。
「えー……取り敢えず埋めときたいんだけど。迷い人が間違えて入り込んだら危ないじゃない」
  作業の手は休めぬまま不満げに声を上げる。
「…………よっぽど小さくない限り入らないぞ」
 子供が楽に通れるといっても、穴は子供サイズのクルトが通れるほど。
 小柄な女性でも侵入は難しいだろう。成人男性は問答無用で却下だ。
「子供が迷い込んだり」
「その前にココに来る間で魔物にやられて終わりだな」
「罪もない動物が迷い込んだり」
  チェリオはしばし沈黙し、ボソリと呟く。
「―――お前実は食われ掛けた怒りをぶつけてるだけだろ」
「うん」
 その言葉にクルトはキッパリと頷いたのだった。




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