二人が目的の場所に着く頃には日は沈み、闇に浮かび上がるように青い光を放つ満月が顔を出していた。
周りには雨ざらしになり、ほぼ原型を失いつつある遺跡。
いや、遺跡だったもの達が石くれとなって散らばっている。
「あっちだったよねー」
先頭を進むクルトがトテトテと無造作な足取りで遺跡へと向かう。
「そうだ。取り敢えず一応危機感は持って置け」
チェリオは緊張感の欠片もない彼女に半眼になりつつ忠告しておく。
「…………」
しばし沈黙してチェリオを見つめていたクルトは風船のようにぷうっと頬を膨らませた。
「何かあたしが危機感も警戒心も抱いていないとてつもなく鈍いヤツに聞こえるんだケド」
「…………反論できるか?」
かなり長い沈黙の後、
「えーと! そうよ! 敵の攻撃をかわせる!」
自信満々鼻高々な彼女の言葉にチェリオはしばらく沈黙し、
「そのぐらい出来て当然だ」
サラリと受け流した。
「ぅぅー」
「と言うよりそれは危機感とは違う」
「むきーー」
「猿になるな」
地団駄を踏む少女を横目で睨み、呟く。
地団駄は収まったもののクルトは唇をかみしめたまま、頬をまだ膨らませていた。
「……他に魔物が居ないとも限らないしな。余り物音を立てるな」
「むーーーーーーー」
冷たい瞳で制するチェリオを思いっきり不服顔で睨み付ける。しかし効果のほどは上がらない。
「いい子だから大人しくしてろ」
ポムポムと頭を軽く叩かれる。完全に子供扱いだ。
まあ、今は子供なのだが。
ただし心は可憐なる乙女の十五歳。このまま黙って頭を撫でられたら男が――いや、女がすたる。
取り敢えず睨みながら無言でチェリオの手を振り払ってアピールする。
「……そうだな」
振り払われた手を少し見つめ、分かってくれたのかしみじみと頷く。
「そうよ」
ふくれっ面で呻く。チェリオはクルトをしばし眺め、
「確かにあんま叩いてこれ以上背が縮んだら困るな」
と、肩をすくめる。
全然分かっていなかった。
違うわーーーーーーーーっ!!
クルトは思わず叫びそうになりながらも胸中で絶叫をあげる。
心の中でクルトは思いっきり地団駄を踏んでいた。ついでに地面にはチェリオが居る。
(こ・の・男はぁぁぁぁぁぁぁぁ)
現実では目をつむり、拳を固めて怒りをこらえる。
次に目を開いたときにはチェリオの姿は目の前から消えていた。
「ぁぇ!?」
慌ててキョトキョト辺りを見回す。
「……チェリオーーーーー」
取り敢えず小さく呟いてみる。声は反響もせず、ただ沈黙があたりを満たした。
孤独感に背中を押され、焦りが恐怖を産む。涙目になってさっきより大きく呼びかける。
「チ、チェリォー?」
「……ぉぃ」
不安げにあたりをオロオロ見回していると……ふと、真上から憮然とした声が聞こえた。
「お前な、気付けよ」
恐る恐る見上げてみれば、呆れたようなチェリオが背後に立っていた。
「…………うにょをぁぁっ!?」
クルトは理解不能な奇声を上げ、転がるような勢いでその場から飛び退く。
「……………」
「……………………………」
しばし沈黙がその場を支配した。
取り敢えずどう反応したらいいのか分からなかったのか、
「…………………行くか」
その空気を振り払うようにチェリオは遺跡へと歩みを進める。
「ちょっとまって〜〜〜えぇ」
白いマントがかなり遠くに見えた頃、置いてけぼりにハタリと気が付き、慌ててクルトはヘロヘロとその後を追いかけた。
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