りとるサイレンス-10





 夕刻、暗い森の木々を縫いながら忍ぶ……
 などとは無縁の騒がしさで二人は遺跡への道を進む。
「おまえな。俺を殺す気か? あそこが二階だったから無事だったようなものの……」
 少し汚れた白いマントをはたきながらチェリオは先を行く少女を睨み付け、唸る。
 ……普通の人は二階から落ちたら怪我をするのだが、彼は違うらしい。
「何よ。アンタが勝手に落ちたんじゃない! あんなタチの悪い冗談飛ばす方が悪いのよ!」
 クルトは叫びながらドカドカと前進する。
 二人の口論に引き寄せられたのか、数匹の魔物が前方を塞ぐ。
 が――――
「お前ガキになっても馬鹿力は変わらないんじゃないか?」
「なにぃ! 自分の非力さ棚に上げといてよく言うわねっ!!」
 二人の口論を止められるほどの障害ではなかった。
 ぽかーん。
 目を点にしたまま魔物達は固まる。ココまで完全無視されたのは初めてだったのだろう。
 飛びかかるのも忘れて二人の口論を見つめている。
「なんだと?」
「何よ?」
 睨み合う二人。間から火花が散っている。
 ガルルル……
 やっと気を取り直し、魔物達は威嚇のうなり声をあげた。
「誰が非力だって?」
「アンタに決まってるじゃない。こんな可愛い少女に蹴られて落ちるなんて、非力じゃなくて何だってのよ」
  ガルルル……
 魔物は少し姿勢を低くし、牙をむく。
「お前が馬鹿力なだけだろ」
「なぁにぃぃぃぃぃ!!」
しかし無視された。
「ぉーし……良いわよ。そこまで言うなら馬鹿力になったろーじゃない」
 クルトは険悪な表情でそこまで言うと両手を宙に掲げる。
 ガルルルルるっ!
 威嚇のうなり声をあげる魔物達。
「お、い……何…する気だ」
僅かに危険を感じ、チェリオは顔を少し引きつらせる。前方の魔物は眼中に入っていない。
  
「力強き大地よ……我にその力を分け与えよ。
         我は汝の子なり 大地よ! 我に力を!」 

 ズッ……。クルトの詠唱が始まると同時にジリジリと後ずさるチェリオ。
 彼女の詠唱の間に風は唸り、木々が軋む。
「砕腕掌!」  
 クルトの叫びと同時に少女の腕が光に包まれた。
 光が消えた後にはそれまでと変わらない姿の彼女。しかしチェリオは本能的に危険を察知していた。
「何だ?」
(これは触れるとヤバイ)
 と、彼の本能が警鐘を鳴らしている。
「ふふふふふ〜チェリオ力、強いんでしょ? あたしと勝負してみる?」 
クルトは微笑み、チェリオに向かって腕を振るう。
 ぐがぁっ!!
 さすがに無視され続け、切れたのか魔物の一匹がチェリオに向かって飛びかかる。
「くっ!」
 魔物から、と言うより少女からの一撃を機敏な動作で避ける。
 ごがっ! 
 彼女の拳は哀れな魔物に突き刺さり、勢い余って魔物と一緒に前方に鎮座していた大岩を砕く。
 そのガレキに埋もれるように魔物は倒れ込んだ。
 後ろで見ていた魔物の中の数匹が怯えたように後退る。
「ちっ……ハズレか」
 心底残念そうにクルトは肩をすくめ、溜め息を吐く。
「何……っ!? 何だその馬鹿力は!」
「なーによぉ。アンタが馬鹿力馬鹿力って言うから馬鹿力になってあげたんじゃない」
 驚愕の声を上げるチェリオに向かってニヤリと笑みを浮かべる。
 手をゆっくりと固めて不気味なまでの満面の笑みでチェリオに向かって拳を放った。
 慌てて避けるチェリオ。彼の後ろにいた魔物がまた身代わりになった。
「ちょっと待て! お前この間までそんな術」
 ヒュッ! 制止しようとするチェリオの頭上をクルトの拳がかすめる。
「あーもうっ! 逃げないでよっ!」
「逃げるに決まってるだろ!」
 無茶なクルトの要求にチェリオは避けながら叫ぶ。
「確かにこないだまでは覚えてなかったわねっ。この間の図書館……役に立ったみたいだわ!」
 ヒュッ!
 今度は頬をかすめた。
「ほぉ……なるほど。お前でも学習はする……っとっ!」
 チェリオの言葉にクルトの怒りの拳が後ろの樹にめり込む。
 クルトは彼に当てるつもりだったのだが。
「……まあ素人は素人か」
 肩をすくめ、クルトに足払いを掛ける。
 「うわきゃ!」ぼてっ。あっけなく転んだ。
「あいたたたた」
 転んだ拍子に顔でも打ったのか涙目になりながら顔を手で押さえる。
「漫才してる場合じゃない。さっさと行かないと夜になるぞ」
 冷たく告げるとマントをひるがえし遺跡の方向へ進んでいく。
「ぅぅ……わかってるわょ」
クルトは頭を振るとトテトテと後へ付いていく。
 チェリオはあたりを見渡し、不思議そうに呟いた。
「ン? 何してるんだこいつら」
「……さー」
 破壊された木々。砕け散った岩。えぐれた地面。
 そして横たわる累々たる魔物の姿。
 まるで地獄絵図のような風景だが全て二人の口論のとばっちりを受けた哀れな犠牲者達だった。
しかし当人達は不思議そうに首を傾げ、あたりを見渡している。
 残っている魔物に闘志はもう無く、怯えたように二人を見ると慌てて逃げていった。
「まーいいわね。ここら一帯の魔物は何故か壊滅してるみたいだし」  
壊滅した本人はラッキーとばかりに頷く。
「そうだな」
 チェリオは同意すると後ろを見ないように足早に歩き始めた。






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