「待って、待って待って待って待って待ってーーーーー」
部屋の一室で悲鳴を上げながら、ルフィは少女達の魔手から逃れるため必死に身を捻っていた。
白い腕が脇を掠めていく。
危うく捕まるところだった。
「ほ、本当に自分で……き、着替えられますから……」
メイドの少女達は真剣な瞳でルフィの服を脱がしに掛かっていた。
大体の場合、貴族や商人は着付けも相手に任せきりだ。
此処まで嫌がるのも珍しい。
今までにない反応に、彼女たちの動きが止まる。
漸く諦めてもらえたか、と安堵の息を吐き―――
腕が捕らえられた。
安堵の笑顔が凍る。
同時に服を抱えたメイドの少女が戻ってきた。
「持ってきました」
それを見、しばし思考が停止した。
「綺麗ですよ。早くお召しになってしまいましょう」
手にあるのは何故かきらびやかなドレスが数着。
「あの……それは一体……」
引きつった笑みを浮かべ、尋ねる。
「見ての通りのドレスですよ。でも、シルフィ様って男の方じゃなかったかしら……」
「そうだった気もするけど、でも勘違いじゃ無いのかしら」
口々に、メイド達は勝手な事を言いながら頷きあった。
「では、着替えましょう。とても良くお似合いになるかと思いますわ」
「ええ、肌も白いですし、お化粧が映えそう」
そして、瞳に妖しい光をたたえ、にじり寄ってくる。
目が本気だ。
自分の顔を少し恨めしく思いながら、首をゆっくり左右に振り、
「スイマセン……僕、その……男なのでそれはどーかと」
丁重に断る。
『ええ!?』
ルフィを除く全員が驚愕の声をあげた。
予想は付いていたが、やはり女と間違われていたらしい。
先程の会話とドレスを見れば、誰がどう見ても分かるが。
自分の頬に手を這わせる。
……白い、滑らかな肌触り。
男性的、とはかけ離れた柔らかな弾力性。
日焼け一つ無く、その白さは白磁を思わせる。
目の前の少女達より白いのはどうだろう、と少年は自分でも心の片隅で思ったりするが、悲しくなるので意識の隅に追いやった。
「し、失礼しました! すぐに服を替えて参りますっ」
ドレスを持ってきた少女は、慌てたように頭を下げ、バタバタと去っていった。
ちらりと視線を他のメイドに向けると、怯えたように肩をすくめている。
小さく吐息を吐き出す。
その仕草にすら一々反応し、ビクビクと震えていた。
流石に可哀想になり、ルフィは微苦笑を漏らして、
「……別に、怒ってないですから。その……」
手を軽く横に振り、言う。一応これは本音だ。
悲しい事だが、この様な勘違いは初めてではない。
元々小さな頃から少女じみた顔立ちなので、間違われる事にも慣れている。
彼女たちに悪気はないので、怒る気すら起きない。
意外な返答だったのか、もの凄く驚いたようにコチラを見、目をパチクリさせている。
何故か泣きそうな顔だ。
崖から滑り落ちたところを奇跡的に助けて貰った、そんな表情、
何処か救世主を見るような眼差しを受け、心持ち身を退く。
「あ、あの……?」
「お、お嬢様には言わないでくれるんですか?」
半泣きの顔で見つめてくる。
首をかしげつつ、相手が泣く前に頷く。
「へっ? あ、ええ。別にそんな怒るような事でもないですし」
「あ、ありがとうございます!」
今にも肩を両手で掴まんばかりの勢いで感謝の言葉を告げてくる。
「え? あ、はぁ……」
目を点にしたまま取り敢えず生返事を返す。
「そんな低姿勢にならなくても。悪気はなかったんだろうし」
続けられた言葉にメイド達はいきなり背を向け、
『な、なんて人間が出来た人なの!? お嬢様とは大……いえ、こほこほっ』
その中の一人が横にいたメイドの少女に軽い肘鉄を食らい、むせる。
『でも、この人が結婚候補なら私達の明日は輝いているわ』
ひそひそ話のようだが、意外と大きい声なのでコチラまで漏れてくる。
どうやら彼女たちの間では根も葉もない噂が広がっているらしい。
しかし、お嬢様というのは恐らく自分を招待した者だろうが、この怯えられよう。
よほど厳しいのだろうか。それとも―――
ちょっとだけ、これから先の……三日間の事を考え、気分が重くなった。
ばんっ、少し喧しい音をたて、扉が開く。
「お遅れして誠に申し訳御座いません! お召し物をお持ち致しました!」
今度は男物の服を持ってきた少女が、ゼエゼエと息を切らして地に着きそうなほどの勢いで頭を下げた。
あまりの切羽詰まった表情に、両手を宥めるように動かし、
「え、えっと……そんなに急いでないから。顔を上げてくれると……嬉しい、けど」
「さっきのは気にしなくて大丈夫」と小さく付け加える。
「……えっ!?」
やはり神を仰ぎ見るような眼差しを向けてきた。
「勘違いは誰にでもある事だし、その気に病まなくても…」
刺さるような視線を受け、しどろもどろに言う言葉に更に瞳の輝きが増す。
息苦しいほどの圧力を浴び、ルフィはとうとう沈黙した。
「…………」
「す、済みません! 顔をジロジロ見るなんて不作法な真似を!」
気分を害したと感じたか、勢いよく何度も頭を垂れる。
放っておけば土下座すらしそうな勢いだ。
「あ、いやあの…怒ってないです怒ってないですけど。
そんな風に謝られるとちょっと居心地が悪いというか……なんというか」
土下座をされてはかなわないので気持ちが緩和するように、柔らかく言葉を紡いだ。
『…………』
少年の言葉にメイド達が絶句した。
恐らく謝られるのが居心地が悪い、等と貴族に近い者の口から初めて聞いたのだろう。
驚いたように…いや実際に驚いているのか。こぼれ落ちんばかりに目を見開いている。
「えと……あ、あの。いい加減着替えないとマズイかなとか思うんですけど」
居心地悪そうに少年は体を動かした後、思い出したように言った。
着替え時間をルフィ自身は気にしないが、あまり遅くなると彼女たちが叱られるだろう。
メイドの少女は慌てたように服を見、
「あ、いけない。は、早くしないと怒られますね」
服の何着かを手にとって、ルフィの方へと手を伸ばす。
「あ、あの? 着るくらい自分で出来ますから……」
それをかわし、首を振る。
が、
「いいえ、私達にお任せ下さい、バッチリ仕上げて見せます!」
「ええ、そうですとも。私達に万事お任せ下さい!」
なにやら異常なほどの熱意を持って自分の胸をどん、と叩いた。
先程の気合いなど、殺気のような現在のやる気の前では雀の涙だ。
「あう……その、謹んでお断りとかしたい気が。
いや、もう恥ずかしいんで。自分でってわ!?」
全て言い終わる前にメイド達が群がってきた。
「体の隅々まで綺麗にして差し上げますわ。動かないで下さい」
「髪の毛も柔らかくて……手首も白くて細いです。
さあ、格好良くして差し上げます!」
端から見たら危ない言葉を口にしつつ、獲物を捕まえるように手を広げる。
「自分で出来――――ますからあぁぁっ!」
ドタバタと喧しい音をたて、抵抗する。
だが、少女達相手に実力行使と言うわけにはいかず。ルフィは敢え無く彼女達の餌食となった。
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