パーティ・ザ・デンジャラス-3





 散々綺麗にされて、漸く彼女らから解放された。
 黒を基調としたフォーマルなスーツ。
「ふう……」
 我ながら似合わない、と思いながらため息を吐く。
 外観的には似合わなくはないのだが、少女的な顔立ちのせいでいまいち決まらない。
 まあ、しょうがないが。
 今の服は形式的な格好で堅苦しい。
 だが、場所が場所だけに服装を普段着にするわけにもいかず、我慢する。
 それに、こういう社交界に顔を出すのは慣れていた。
  メイドの案内で、長い、長い廊下を抜け、無駄に広いホールを過ぎ、大きな扉の前に通される。
 重々しい音をたてて扉が開く。
 まるで会場のようだったが、一応談話室の様だ。 
 出迎えたのは亜麻色の髪をした少女。
 柔らかそうな細い亜麻色(あまいろ)の髪。瞳は灰色がかっていて、大きい。
 髪飾りを付け、清楚な白いドレスを纏っている。
 歳は、ルフィと同じか、少し下程。
 美少女と言って差し支えがない顔立ちだったが、何処か見下すような色が瞳には見えた。
 出迎えた、と言っても椅子に座り、遅かったと言ったようにメイドの少女を一瞬睨む。
 僅かにビクリと横にいた少女の肩が動いたのが確認できた。
 横目でそれを見、助け船を出すように会釈をする。
「初めまして。この度はこの様な席におもてなしをいただき、大変光栄に思っております」
 少女の視線がメイドの少女からルフィの方へ向く。
 見下すような色と怒りの色が瞬時にかき消えた。
「あら……御免なさい。では貴方がリフォルド家の」
「ええ。シルフィ・リフォルドです」
 頷いて、礼儀正しく名乗った。
 物心付く前から仕込まれた礼儀作法は伊達ではない。
 思考が一瞬にして社交用に切り替わる。
 隣にいたメイドが驚いたように見つめていた。
「私は、知っていらっしゃるとは思うけど。
 アリアス・レイ・マウスンですわ」
 彼女は柔らかな自分の髪を軽く撫で上げ、笑みを浮かべる。
 自信に満ちた笑み。
 自分を知らない者は誰もいないとばかりの。 
「ええ、存じています。ご高名の貴族マウスン家のご令嬢。
 アリアス様ですよね?」
 穏やかに微笑み、頷く。
 婚礼の気はなくとも、此処で波風を立てるわけにはいかない。
「うふふ。お世辞がお上手ですこと。
 貴方様の事はかねがねお噂で伺っておりますわ。
 先程ははしたない所をお見せして申し訳ありません。
 お疲れでしょう、明日から始まる宴は長く掛かります。
 今日は早くお休みになった方が宜しいですわよ」
 機嫌が直ったのか、微笑を浮かべ、言ってくる。
 微笑むとその愛らしさが良く解る。
 特に動揺を示さず、
「有り難う御座います。
 じゃあ、お言葉に甘えて名残惜しいですが、そろそろ失礼します」
 柔和な笑みを向け、少年は頷く。
 ごく一瞬、すこし気色ばんだような空気が僅かに感じられた。
 今ので何の反応も示さなかった事が、気に入らなかったらしい。
 流石に顔には出ていないが。
「では、また明日。御機嫌よう」
「ええ。御機嫌よう」
 形式通りの挨拶をこなし、扉を閉める。
 小さくため息を吐き出しながらルフィは天井を眺めた。
 いつもながら、ああ言う空気は疲れる。
 気を取り直し、にっこりと微笑んで横にいるメイドを見、
「あ、僕が休む部屋に案内してもらえないかな? 忙しかったら別の人に頼むけど」
  尋ねる。少女は拳を握り、
「はい! 大丈夫です。何があろうともご案内して見せます!」 
「あ、あはは……えっと……
 ま、魔物と戦うんじゃないんだから、そんなに意気込まなくても」 
 未知の遺跡に挑むような顔つきのメイドの少女に、軽く手を振っておちつかせる。
「は、はい。シ、シルフィさまのお部屋はコチラです!」
 やはり無意味に力の入った声で案内する少女を見、ルフィは心の中で小さく苦笑した。  




 扉の重厚さから予想は出来ていたが、通されたのはやはり無駄にだだっ広い空間だった。
 先程の待合室とはいかないまでも、四人家族が余裕でくつろげる程のスペースがある。
 当然、一人に宛うには広すぎる個室だ。
 天蓋つきの豪奢なベッド。床一面覆い隠す程の分厚い絨毯(じゅうたん)
 壁に掛けられるのは名画の数々。
 それだけでは飽き足らないのか窓枠や鏡枠は純金製。
 お金は莫大に掛けられていたが、センスが良いとは、今ひとつ言えない。
 ため息で、銀の燭台に灯った蝋燭(ろうそく)が揺れた。
 眠れない。
 この部屋でくつろぐのは至難の業だ。
 先程腰掛けようとしたベッドは沈み込み、あわや溺れるところだった。
 柔らかすぎるのも考え物だ。
 今は椅子に腰掛け、手渡された服を眺めている。
 座っている椅子も当たり前のように大理石をくり抜いて作られたモノ。
 元が石のため、座り心地は固く、冷たい。
 長時間座っていると痛くなるだけではなく、冷えそうだ。 
 普通の木の椅子の方が良い。
「どうしようかな……」
 窓の外を眺め、黙考する。
 日は傾き、藍色の光が朱と混じり合い、幻想的な風景を創りだしていた。
「こんな事で呼ぶのも、うーん」
 困ったように自分の空色の髪を指で弄ぶ。 
「メイドさんの迷惑に……やっぱり自分で外に出た方が」
 用事があるのだが、下らない事なのでこんな事でメイドの手を煩わせたくはない。
 だが、客人が夜中外に出掛けていく事の方がよほど迷惑だろう。
「やっぱり、申し訳ないけど呼んだ方がいいかも……うー」
 口の中でぶつぶつと呟きながら銀のベルを手に取る。
 長々考えたあげく、出た結論はやっぱりこれだった。
 やはり、勝手に外に行くのはマズイだろう。
 メイドには迷惑を掛けてしまうがコチラの方がマシだ。
 そう思いつつベルを振る。
 他人から見ていれば、呼ばれて困るメイドが世界に居るとは思えないが。
  澄んだ音色が辺りに響く。
 その音を聞きながら今日自分に宛われたメイドの詳細を思い出す。
 確か、自分とあまり変わらない歳のはずだ。
 配属されて日は浅いものの、シッカリと実務をこなしているらしい。
 頭も良く、特に歴史の事に関しては教師も舌を巻く程の理解力を見せる。
 と、執事から渡されたメモには書き記されていた。
「……どんな人かな」
 ちゃんと事前情報は貰っていたが、実際に会った事はないので、少し不安もあった。
 コンコンと控えめなノックの音。
「あ。はい、開いてます」 
  沈みはじめた思考を振り払い、いつも通りに返答する。
 数秒、躊躇うように扉が静かに開いた。
「あっ……あの…… ご、ご用でしょうか!」
 緊張を隠そうとはしていたが、隠しきれない様子の女の子が顔を出す。
  淡い栗毛色の髪を持つ、あどけない少女。
 ボリュームのある髪の毛を二つに分け、三つ編みにしている。
 瞳は濃いブラウン。小柄、といってもルフィと背丈はそう変わりない。
 手には何故か掃除用のモップを持ち、僅かに顔を紅潮させ息を切らしていた。
 どうやら掃除中だったらしい。
(悪いコトしちゃったかな…)
「どうぞ。中に入って」 
 そう思いつつも、流石に「もういい」と言って帰すのは更に気の毒なので、部屋に招き入れる。 
「は、はいっ!」
 少々ドモリながらも、彼女は勇気を振り絞るように部屋に足を踏み入れた。
「あと、モップはそこら辺に立てかけてね」
「えあ、は…っ!? は、ははははいっ」
 少年の言葉でようやく気が付いたのか、自分のモップを眺め、真っ赤になって言われた通り慌てて扉の側に立てかけた。
「そ、それであの……」
 絨毯の足ざわりに恐る恐る歩み、正面に立ってルフィを見る。
 思い出したようにルフィはポン、と手を打ち、
「あ、そうだ。僕はシルフィ・リフォルド。
 一応自己紹介」
 微笑む。
「えあう……は、はいっ! わ、私はカルネ・リーシャです!」 
 何処か気をのまれたように少女は呻き、名を告げる。
 それを聞き、軽く空色の瞳を驚きに揺らして、
「カルネ? この大陸と同じ名前だ、良い名前だね」
 満足そうにルフィは頷いた。
「は、はいっ……じゃなくてあの……」 
 笑顔を眺め、少女も名を褒められ嬉しそうに一瞬口元を緩めるが、ハッとしたように頭を振り、表情を真剣なモノへと戻す。
「ん?」
 何か葛藤でもしていたようなその雰囲気にルフィは首をかしげ、不思議そうにカルネを見た。
「えっと…その。な、何かご用でしょうか?」
「そう言えば……用があったんだっけ、うん。
 ああ、御免ね呼び出しておいて」
 尋ねられ、思い出す。
 すまなそうに頭を掻くと、カルネはこの世の終わりが来たような顔で、
「い、いいえ!?」
 ブンブンと千切れそうに頭を振った。
「んーっとね、申し訳ないんだけど頼みたい事があるんだ」
「は、はいっ。な、何なりとお申し付け下さい」
 思案するようなルフィの言葉に、真剣な眼差しを向け、何かを覚悟するように彼女は首を縦に振った。
「つまらない事だから、言うのも気が引けるんだけど」
「な、何でも仰って下さい!」
 言葉を濁す少年の言葉を、力強く後押しする。
 何故か決意のこもった口調で。
 机の上に何着か置かれた服を取り、
「うん……そのね。この服どう思う?」
 首をかしげ、少年は空色の瞳で真っ直ぐカルネを見た。
 きらびやかな装飾の施された服。
 恐らく部屋着に使えと言う事なのか、堅苦しさはスーツより無い。
 だが、スーツより、という条件が付くが。
 細かな刺繍があちらこちらに縫いつけられ、手に取るだけで金の飾りがカチャカチャと音をたてる。
 それを眺め、
「……え? えっと……高そうだな〜と」
 思わず正直な感想が口からこぼれた。
 庶民のカルネには手の届きそうにない高級な素材がふんだんに盛り込まれた服だ。
「…………」
 沈黙するルフィを見て、漸く自分の失言に気づき、カルネは慌てて頭を垂れた。
「ご、御免なさい!」
 メイドの少女を凝視していた少年から、くすくすと、手では抑えきれなかった笑い声が漏れる。
 口元に小さく笑みを浮かべ、穏やかにルフィは首を横に振った。
「あ、ううん。正直で良いと思うよ。他にはどんな感じに見える?」
 もう一度尋ねられ、
「飾りが多すぎて派手、とか…堅苦しそうだな、と」
 やはり真っ正直に答えてしまった。
「…………」
「す、すみません!」 
 流石にこれはマズイと思ったのか、カルネは蒼白になった顔を歪め、泣き出しそうな声で謝罪しはじめた。
 だが、ルフィはげんなりとその服を見、
「…………やっぱりそうだよね〜。はあ」
  深々と嘆息した。
「え?」
 泣きそうだったブラウンの瞳が、キョトンとする。
 鳩が豆鉄砲を喰らっても此処まで驚かないだろう。そんな顔。
 呆然とする少女の顔を困ったように見ながら、服を取り上げ、 
「うん……あのね、僕にはこの服合いそうにないから、こっそり替えてもらえないかなと思って。頼めないかな?」
 人差し指を自分の唇に当て、「内緒」と言うように、悪戯で叱られる前の子供のような顔になる。
「あ、えっと……生地がもう少し上質な方が良いんですか?
 もう少し鮮やかとか、そんな感じの」
 材質が気に入らない、と思ったのかそう尋ねてくる。 
 聞いていた少年の顔が、見て分かる程曇っていく。
「え? あの……じゃあ。えっと」
「あの……部屋着だから、普通のがいいんだけど」
  慌てる少女に、眉を寄せつつそう告げた。
「普通? じゃあ生地が上質で刺繍が盛り込まれてて」
「ううん。えっと、それも違う」
 考えながら指を折る少女の言葉にルフィは首を振る。
 微かに眉根をよせ、
「じゃあ、どう言うのが良いんですか?」
 意外と注文が多いのかもしれないと思いつつ、カルネは尋ねた。
 悲しそうに服と少女を交互に眺め、
「うん…… 普通の人が着るような服が良い」
 呟くような声で、彼は言った。
「はい?」
 思わず間の抜けた声を漏らすカルネを無視し、
「僕、こういう服って性に合わなくて。
 せめて寝間着と部屋着ぐらいは普通のが良いな、と。
 ああ、そうそう。外に出る時用に幾つか生地が良いのを用意してくれると助かるんだけど……」
  ため息混じりに言葉を吐き出し、頭を掻く。
「え? ええ……あの構いませんけれど。良いんですか、その様なお召し物で」
「他の人や貴族の人がどうかは知らないけど、僕は堅苦しい洋服、苦手で。
 情けないけど……」
 念を押され、情けなさそうに、それに見合った声で言葉を紡ぐ。
「ふふ」
「うぅ。笑われた」 
 肩をふるわせ、笑いを堪える少女を見、ルフィはますます情けなさそうな顔をする。
「す、すみません」
 謝るカルネを眺め、微苦笑を漏らし、
「本当の事だから、怒らないけど……あぁ、そうだ。
 ついでにもう一つお願いして良い?」
「はい?」
「ティーセット持ってきてくれないかな。
 今日は少し疲れたから。
 あ。カップは此処にあるから、ポットとお茶請けだけで良いよ」
「その位お安いご用です」
 頼まれた言葉に素朴な、愛らしい笑みを浮かべる。
「あ。忘れるところだった。えっとね、お茶請けは二人分」  
「え? 誰かいらっしゃるんですか?」
 首をかしげるカルネの言葉にルフィは曖昧な笑みを浮かべ、
「うん、その予定かな……」
 ―――― そう言った。

 




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