密林探検隊-7





「え…?」
 誰何(すいか)の声をあげたのは誰だったか。

 刹那の間。

 反射的に大きく紫の瞳が開く。
 
 その瞳に映り込むのは、巨大な花。
 赤と白が華やかに散りばめられた鮮やかな――
 鎌首を上げる大輪の花。
 瞳に映り込む。
 感嘆、感動、驚愕。
 それらを越えた悪寒が背筋を走った。
「大気よ  我が手の内で  鋭き刃となせ」
 少女から紡がれるのは悲鳴でも絶叫でもなく、歌うような呪。
 馴染みのある感覚が身の内に膨れあがる。大気の流れ。風のささやき。力のうねり。
 それらが手の内に集まり、刃という形を取った。
「風の刃!」
 呪力の解放と同時に、ずばん、と砂の詰まった麻袋を棍棒で叩くような音がする。
白と赤の花びらを散らし、裂けていく。
 流れ出るのは花の蜜だろうか、甘く、心までとかしてしまうような甘露(かんろ)の香り。
 透明な滴が裂けた花びらの間から滲み出る。
「風よ!」
直感、だろうか。クルトは矢継ぎ早に次の呪力を解放していた。
 自分でも良く解らない冷静さで、先ほど一緒に切り裂いた蔦から抜け出、上に立ち上がったまま……いや、乗っていると言った方が正しい―――
 乗ったまま手を掲げる。
裂けた花は、自らの重みに耐えきれず、傾き。襲い来る風圧に為す術もなく吹き飛ぶ。
僅かに足下が傾ぐが、特に気にもならない。
 ビシャ、と言う果実が潰れるような音を誰もが期待した。
 だが、予想に反して何かが潰れるような音の代わりに、何かが煮溶けていくようなジクジクとした音が耳を付いた。
『な…』 
嫌な煙を上げ、溶けている。
 壁、床が、茎が。  
全員。反射的に壁に叩き付けたクルトでさえ、絶句した。
 先ほど裂かれたせいで、蔦の動きが鈍くなっているようだった。
「な、なにこれ……」 
 ぶらぶらと揺れる蔦を少々手間取り、自分の身長ほどの高さまで降りたところで少女は口を開く。
「レム!」
「……ちょっと待ってよ。今調べてるんだから、そうせっつかないで」
 本を片手に呻く少年を見、蔦に手を掛け一気に飛び降り、
「せっつくわよ。下手すれば死んでたじゃない今のは」
 そう言って頬をふくらませる。
「死んでないだろ」
聞こえないつもりなのか、大まじめで蔦を眺める青年の声は、数歩離れたルフィの耳にもハッキリと聞こえた。勢いよく振り向く少女の髪が、ふわりとたなびく。
「結果論で物を言うなぁッ!」
 叫びと同時に反射的に足が上がり、チェリオの顎を踵が捉えた。
 スローモーションのように、ゆっくりとした動作で青年が後方へ倒れていく。
 その不自然なまでの遅さに、何か馬鹿にされているような気がし、上げた足を無造作に地面に降ろした。
 どす、と言う鈍い音に混じってくぐもった声が聞こえた気もしたが、とりあえず無視をする。
(うう……どうしよ)
 ―――このままずっとチェリオと話をしていたら、そのうち、つい癖で他の人でもカウンターや肘鉄を見舞う身体になるかもしれない。
 とかなんとかちょっと深刻な危機感を覚えつつ、分厚い本を眺めている少年に視線を戻す。
「けどおかしいね……この本には……」
「あれ、レム。ソレって結構古い本よね」
 彼は少女の問いに生返事を返しながら懐を探る。
「そうだね。新しい辞典は……これか」
 そう言って、物理的に収納不可能そうな大きさの本を、さして大きくもない袋から取り出した。
 恐らく、コレも空間を操作して無限に物が入るとか言う魔道具なのだろう。
「レム。アンタって歩く辞典よね」
「歩く辞典はどうかと。ああ、あった」
『どうかと思うけどね』と呟き掛け、目的の文字を見つけページをめくる手が止まる。
「やっぱり書いてある事は大差…ん?」
 嘆息混じりに紡ごうとした言葉を飲み込み、本に視線を這わせる。
少し、違和感があった。
「どうしたの?」
「品種の改良……多数の失敗を重ね実用化に伴わな……は廃棄」
 口の中で言葉を吟味するレムを見て、クルトは眉根を寄せる。
 ひとしきり口の中で呟いた後、
「ローズ・ゲラウム……ローズ・ゲラウム。
 待てよ……」
 軽く片耳を倒し、少女を見た。
「ん?」
「クルト、届いた花がどの辺りに置かれたか心当たり無い?」
「そうね……えーっと、キッチンの近くは間違いないんじゃない?
 ほら、核が此処の近くだし」
 荒れた床、散乱するテーブルの破片。
 そして転がる瓶。
 一目で目的の品だと分かる。
「これだね」
 手を伸ばし、割らないように手早くラベルを眺めた。
 僅かににじんだ青いインク。だが、読めない事はない。
 ――――《ローズ・ゲラム》 製造月日はおよそ五十年以上前。
 ラベルのネームを確認し、素早く2冊の本を流し読む。
 間違いない。
「ローズ・ゲラウムは緑化運動の一つとして作成された植物」
「それで?」
 尋ねる少女の言葉を聞きながらページをめくる。
 もう、間違いなかった。
「様々な種と配合。改良を加える。
 その過程により、切り捨てられるモノもある」
「……えっと……姉妹品?」
 頭を捻りつつ、答える少女の言葉に相槌を打ち、
「そう。この本に寄れば《ローズ・ゲラム》はそれにあたる」
「ふーん、それで?」
「よりよい品種を選別する過程で削除された植物。
 その理由は様々。水を取り込みすぎる、肥大しすぎる。すぐに枯れる。
 ―――または、人に危害を及ぼす」
「なにぃ!?」
 そこで流石にクルトの声があがった。
「この植物はもう廃棄されて、出回っていないハズのモノ。
 想像はつくと思うけど、校長センセイの《ローズ・ゲラウム》という言葉を聞き違えて、業者がたまたま近くにあったこの《ローズ・ゲラム》を送ってきたんだね。
 通信の状態が悪かったのか、発音が悪かったのか、相手の耳が遠かったのか」
 伏せていた瞳を上げる。
 本を静かに閉じ、肩をすくめ、
「廃棄し忘れてたんじゃない? きっと。
 大体の構造は変わらないけど、《ローズ・ゲラウム》より厄介なモノ貰ったね」
 やれやれ、と言うように手を広げる。 
「いやだって、あたし達無事だし!? だからへいきかなって」
「今まではね」
「いま…まで」
 クルトの声が引きつり、渇いていく。
 言葉を続けるようにルフィは唇を開いた。
「は……?」
 腕を組んだまま、青年は蔓を見、
「ってコトはもしかすると、だ」
「核は根が張って動けないんだよね。大きいから」
 後で抗議されないように、とりあえず事実は告げておく。
 言葉に、少女は引きつった笑みのまま、
「えーっと……餌は適度に脅かしておびきよせよーってコトかしら?」
「ご名答」
レムが答えるか否か、ザワリと辺りの蔓が脈打ち、鎌首を上げる。
「そして、この植物の欠陥は、ある程度までは自力で肥大した後、更なる高栄養を求めるコト」
「で、その高栄養ってのは……」
 クルトは天井を眺め、頬を掻き、それに続くようにチェリオがポツリと呟いた。
「生物…か」
「えとえと、兎に角。花には触らないようにしないと!」
 ぐっ、と拳を握りしめるルフィの後ろに影が差す。
 少年は冷たい瞳のまま、ソレを見つめた。
「それは良いけど君の真後ろにいるよ」
「っ……わ!?」 
 反射的に飛び退くルフィの影を、噛み付くように花が跳ねる。
 床からたなびく煙が不吉な音をたてていた。

 




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