密林探検隊-6





 振動がまた響いた。
 がくり、と少し身体は傾くが、先ほどのような混乱はもう無い。
 レムの瞳が僅かに細まった様に見えた。それを尋ねるより早く、
「少しマズイね」
 そう漏らす。
「え? 何がマズイのよ」
「まだ大きくなるらしいよ。この地響きはその前兆」
 キョトンとするクルトに、少年は淡々と言葉を紡いだ。
「そ、それはまずいわね」
 少女の言葉を横合いで聞いていた青年は、僅かに顔をしかめ、呻く。
「まず過ぎだろ」
 ルフィは自分の唇に考えるように人差し指を当て、
「でもあの、ここ、もう一杯一杯みたいだから、
 これ以上大きくなったらパンクしちゃうんじゃ……」
 僅かに引きつった笑顔で呟いた。
 青い、海色の髪を持つ少年は、何の含みもなくあっさりと頷く。
「だろうね」
「って、こと、は…よ」
そこで初めて、少女は自体の重さに気がついたのか、言葉尻が徐々に重くなっていく。
 腕を組み、栗色の髪を少し斜めに傾けてチェリオはボソリと合点がいった、とばかりに頷いた。
「家が中から壊れるって事か。はじけ飛ぶんだろうなきっと」
「まず過ぎだわーーーーーーーーー」
反射的に裏拳(うらけん)を青年の顔に見舞い、ハッと気がついたように茎を見た。
「いや、こんなコトして時間くってる場合じゃないわね」
「お前、な」
 完全にとばっちりを受けたチェリオは赤くなった顔を片手で押さえ、呻く。
 痛い事は痛かったが、倒れるほどの力でもない。
 と言うよりも、コレで倒れたら情けなかった。
「ああ、ゴメン手が勝手に。後、さっきは「おい」とか呼んで貰って助かったわ」
 クルトは手をパタパタ動かし、自分の手の甲を僅かにさする。
 どうやら彼女自身にも少しダメージがあったらしい。
「そう思うなら攻撃するのは止めろ」
「いや、そんな下らない話してる場合じゃないのよ。だから」
 あまり下らなく無い様な気もしたが、下手に刃向かうとまた鉄拳が来そうなのでチェリオは仕方なく口を閉ざした。
 とりあえず、ゆらゆらとまるで根性のない干物か草のように揺れている蔦らしき物体を無視し、横を通り抜ける。
「クルト、一応気を付けといた方が良いと思うけど」
「何が?」
 冷たい瞳を向ける少年の言葉が分からなかったクルトは立ち止まり、瞳を瞬かせた。
 その時、彼女は失念していた。
 周りにあるのがただの草ではない事に。
 目の前の蔦に、先ほどまでテーブルが突き刺さっていた事に。
 ヒュン、と空を切るような鋭い音がした。
 床板を突き破って生まれ出た、触手のようにも見える蔦は、少女を絡め取り、天井近くまで一気に引き上げた。
 滑らかな曲線を描きながら、紫水晶の髪の毛が揺れ、深緑色のマントが大きく広がった。
 一秒も無かっただろう。
 一瞬の出来事だった。
「ああッ、クルトが攫われた!」
 僅かだが、固まっていたルフィは少女が連れ去られた方を見、悲鳴のような声をあげた。
 少しの間をおいて、悲鳴が後を追うように聞こえる。
「きぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?」
慌てるルフィとは対照的に、二人は何処か呆れたような表情でそれを眺めていた。
「言う前にこうなるしね」
「アイツも次から次へと器用だな」
「二人とも! 冷静にしてる場合じゃないよっ。クルトが、クルトが攫われたんだよ!!」
 オロオロと辺りを見回し、言う少年に、ゆっくりとチェリオは視線を向ける。
「少しは落ち着け」
「そうだよ。落ち着いて」 
(うう、二人は落ち着きすぎだよぅ)
「きゃーーーーーー助けてーーーーーーーー!
 誰かーーーーー!! 離せーーーーーッ いやーー触んないでよ気持ち悪いッ」
ジタバタと暴れる少女の肢体には、幾重にも彼女の腕ほどの太さの蔓が重なっていた。
 暴れるのが邪魔だったのか、取り落とし掛けたのか、スルリとうねる蔓に、自由だった足まで絡め取られる。
「うぅ……」
 身動きが取れなくなり、彼女は小さく悔しげに呻いた。
「た、助けないと早く」
「はいはい、だから落ち着けって言ってるでしょ」
 バタバタと右往左往する少年に冷たい眼差しを向け、小さく嘆息する。
「君は彼女が絡むとどうして冷静になれないの?
 何時もの君なら、すぐにこの程度の事は分かるはずだよ。今の状況が」
「だ、だっ…でも…冷静になんて…僕には」
「何度も言わせない」
「は、はい」
 静かだが、強い声音。
 気圧されるように頷き、小さく呼吸を整える。
 1、2、3。
 深呼吸の回数が増すごとに、波立つ気持ちは徐々に静まる。
 霧のように霞み、揺れていた視界は静寂に包まれ、鮮明になっていく。
 どうやら、指摘された通りよほど慌てていたらしい。
ゴチャゴチャに絡み合う思考が解け、今度は楽に考える事が出来た。
 もう一度、見上げる。
ゆっくりと風に吹かれるように、蔓は左右に揺れる。その身は深緑色で、特に刺のようなモノも見えない。
 幼なじみの少女が静かになったのは、動きが塞がれたからだろう。
(特に、締め上げる気もないみたいだから、しばらくは大丈夫)
 辺りを見回す。
 絡み合い、壁を侵す蔓や花。無惨に砕け散ったテーブルや床。
 破壊は故意ではなく、出てきたところにたまたま障害物があった、タダそれだけのようにも見えた。
(無駄に家具を壊したりもしていないよね。そう言えば……)
補食をする植物だったら、何故クルトだけを掴んだのだろう?
 いや、そもそも。補食する植物なら、事前にレムが言うはずだ。
 忘れていたとしても、自分たちが入り込んできた時点ですでに襲われてもおかしくなかった。
 ―――つまり、考えられる可能性は。
「えっと……もしかして、クルト……
 その辺りに生えてる木と間違えられてる?」
そう、ソレだ。
 普通の木ならいざ知らず、蔦などの芯がシッカリとしていない植物は、軸となる添え木を使い、天高く伸びようとする。
 横に立ったクルトが、間違えられてもおかしくないかもしれない。
 クルトの方が明らかに背が低い、とか。天井高く持ち上げたら意味がない、等の引っかかりも少しあったが。
 独り言にも似たルフィの言葉に青年はこく、と軽く頷き、
「つまりだ。あまりにも阿呆過ぎて言う言葉もない」
 白けたように首を振る。
「タダ掴まれてるだけだよ。多分ね」
 どうでも良さそうに天井を見、レムも小さく言葉を紡いだ。
「ふざけるなーーーーどうでも良いから降ろせーーーーッ」
それに反応するように、少女の怒号が上から降ってくる。
 レムがため息混じりに肩をすくめた。
「そんな事言われてもね。大体普通は注意するでしょ自分で」
「そうだぞ。無防備なお前が悪い」
「あんた達、か弱い乙女に無茶苦茶言わないでよ!」
 暴れたのだろうか、僅かに蔦が揺れる。
どの辺りにか弱い乙女がいるんだろうか、今時のか弱い乙女は一撃で扉ごと向かいの部屋の巨大な蔦を粉砕するのだろうか、等の疑問は浮かんだが、誰も声には出さなかった。

 




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