密林探検隊-8





「ぎゃーーーーーーーー!?」
目前に花が掠めたクルトの唇から、お世辞にも色気のあるとは言えない声が上がった。
 ソレを横目で見、
「女らしくもう少しはかわいげのある悲鳴上げろ」
チェリオは憮然とした表情で髪を掻き上げ、嘆息する。
 素早く後ずさり、
「う、うるさーーいッ」
バクバクと喧しい心臓を押さえ、クルトは赤くなった顔で喚く。
「こっちは命がけ」
 ヒュオッ、空を切る音が耳を付いた。
「…でやった方が良いぞ」
 目前に蔦が迫り、固まった少女に憎たらしいほど余裕に満ちた声が後を継ぐ。
「やったるわよ! 破腕掌ッ」
 忌々しげにやたらと楽しそうな栗色の瞳を睨み付け、素早く(しゅ)を紡ぎ、手の平で()いだ。
 常人の腕力、か細い少女なら容易く腕が折れるような無謀な行為。
 しかし、鈍い音がし、花ごとグシャリと潰れる。
 腕には傷一つ付いていない。
「…………」
 ソレを見つめるレムの方にも花が覆い被さり、胸焼けのするような甘い匂いの溶解液を垂らしてくる。
 だが、何らかの防御策をとっていたのか、それらはレムを避けるように広がり、床に虚しく穴を開けた。
鞭のしなるような音をたてて向かってくる蔦を振り払おうともせず、スタスタと目的の場所まで歩いていく。
 ―――― 一歩。
 少年の周りに絡み付く蔦。
 張られた障壁らしきモノのせいか、濡れるような音をたて、スルリと解ける。
 ―――― 二歩。
 やはり弾かれ、地に落ちる蔦や花。
「これだね……」
―――― 三歩。
自らがぶつかった衝撃で、花びらがはじけ散った。
見つめるのは正面。辺りの景色には意識すら向けない。
 銀の残滓が暗緑を薙ぐ。
 むせるような青臭い異臭。
 少女は、青年に向かって抗議の声をあげた。
「いやーーッ なんてコトするのよ馬鹿ぁっ!」  
「は?」
 とりあえず、剣に付いた気味の悪い汁を振り払い、青年は間抜けな声を漏らす。
ソレはそうだろう、向かい来る蔦をなぎ払って文句を受ければ、誰だってと呻きの一つも出る。
「そんなの斬らないでよ汁が飛ぶじゃない。
 服か緑色になったり青色になったりしたらどうするのよ!?」
「いや…」
「っていうかこのマントお気に入りなのよ! 
 ソレがあんな気持ち悪いのくっついたら!?
 汚れたら弁償してくれるの? 弁償してくれるんでしょうね!?」
「誰がするか。と言うより言ってる場合か馬鹿かお前は!?」
「あーーー失礼ね!? と言いつつ氷槍!」
頬をふくらませながら、横合いから来たしなる蔦を軽くかわし、冷気をまき散らす魔力の槍を素早く放つ。
一気になだれ込もうとしていた蔦が纏めて氷漬けになり、半円球状のドームのようになった。
「……まあまあだな」
 少女の戦いぶりを見つつ、剣で襲いかかってきた蔓をなぎ払う。
「だから汁が飛ぶっていってるのに! 人の話聞きなさいよっ」
 無駄に明るい二人を横目に、ルフィは手の平を掲げ、空色の瞳を細める。
「赤き炎よ 我の手の中に集い 彼のモノを貫く楔となれ」
 軽く開いた掌に力が集う。ソレは徐々に炎の槍を形作る。
 掌からあふれ出る光が、元より白い少年の肌を白く染め上げた。
 手を柔らかく水平に薙ぎ、
「火炎槍!」
 呪力を解き放つ。
 焼けた鉄鍋に水を流し込むような音がし、蔦が煙を上げて縮れていく。
 更にもう一発。
 赤い光が切り裂き、貫き、目標を容赦なく灰にする。
 だが、ルフィは情けない声をあげて辺りを見た。
「ぅぅ……き、キリがないよぅ」
鎌首を上げる花や蔦。両手両足合わせてでも足りないほどの数。
 倒しても即座に別の蔦が頭をもたげる。コレではキリがない。
 そして、植物なのだから、恐らく再生速度も……ソコまで考えて途中で止めた。
 考えれば考えるほど深みにはまる事に気が付いたからだ。
「うーん、持久戦って感じね」
「いや、早くしないとこっちが倒れるな」
 などと二人は呑気に声をあげつつ、シッカリと攻撃をかわし、振り払う。
 誰が見ても、しばらくは倒れそうに見えなかった。
 それらの光景すら完全に無視し、レムは目の前にある茶色の茎のようなモノに対峙していた。
 幾重にも被されたくすんだ樹のような色、肌触りの分厚い皮。
 一通り剥がし終え、小さく嘆息する。
 もう十枚ほどは捲ったはずだが、目的のモノは見えないようだった。
 更に手を伸ばす。
 横や上から、攻撃をしかけられていたが少年の方には届かない。
 周りが少し五月蠅いような気もしたが、気にせず続ける。
「…………ん。発見」
いくらか剥がすと、薄緑色の柔らかな側面が覗いた。
 隣の蔦が引きはがすような激しい音をたてて一気に倒れる。
 倒れた蔦を踏みつけ、クルトは半眼になり、
「レムーーー何してるのよーーーコイツらキリ無いわよーー
 いい加減サッサとしちゃわないと全滅よーーー」
あまり楽しげではない言葉をサラリと吐いた。
 後ろの蔦の一束程が、鋭い断面を見せ、鈍い音をたて斜めに崩れる。
「ふう……めんどい」
 切り裂かれた蔦の向こう側で、整った顔を僅かにしかめ、チェリオが汚れた剣を軽く拭い、ため息をつく。
「火炎弾 火炎槍 氷槍!」
「お…」
 青年の挨拶とも思えぬ挨拶が終わらぬうち、小さな火炎の弾がはじけ、槍をなした炎が貫き、勢いのまま天井まで吹き上げられた破片がトドメに凍らされる。
 殆どヤケに近い攻撃の嵐だった。
肩で息をしながら開いた両手をゆっくり閉じ、
「はあはあ……し、しばらくは平気かなぁ?」
 ルフィは少し胸をなで下ろした。
 サリサリと氷にヒビが入るような音が聞こえる。
 冷たい欠片が鈍い光を反射しながら、地に降り注ぐ。
 良く見積もっても、長くは持ちそうになかった。
「あの、えと……ふう……早く、何とかしないと、キ、キリがないですよレム先生」
 息を整えながら、自分より年齢から行けば少し下の師を見る。
 レムは無感動に頷き、
「そうだね」
 手に持った《それ》の栓を外した。
「つかぬ事を伺うんだけど、レム、ソレは何?」
 少女はレムの手に握られている袋を眺め、呻いた。
 鈍いくすんだ茶色。涙型のフォルム。
 ドコをどう見ても袋だ。
 少年は軽く持っている袋を振り、
「見ての通り、水袋(リウド)
 いちいち聞かないでよ、と言うように端的に答えた。

 ――――水袋(リウド)
 それは旅人の必需品。水は食料に続いて生死の分かれ目を大きく二分するという。
 皮をなめし、柔らかくして適度な大きさに切り抜き、内側に水が漏れないように動物の皮脂を塗りつける。
 更に、水が漏れないように厳重に縫いつければ丈夫で長持ちする携帯の水入れの完成。
 それが水袋だ。
 勿論素人が上手く作れるモノではなく、職人の技と技術が必要となる。
意外と安値で手にはいるので、市民にも良く愛用され、小さな水袋はピクニックの飲みモノ入れとしても好評だ。

 レムの言葉を聞いて、知識として残る情報が頭に文字となって去来する。
 彼の手に持っている革袋は小さめの方だろう。よく見かけるモノよりは幾分一回りか二回りほど大きさでは劣る。
 半分以上は入っているのか、たぷたぷと水音が聞こえた。
 いや、そんな事はどうでも良い。 
「……だからソレは一体何よ」
 もう一度聞く。
「水袋」
 やはり帰ってきたのは端的な答え。
「いやだから、あの」
「無駄話してる暇ないよ。そろそろタイムリミットみたいだし」
 呟くように言って水の重さを確かめるように軽く振った。
「たいむりみ……うわきゃ!? ち、再生したのね!?」
 顔をしかめたクルトの頬を掠め、茎が行き、過ぎる。
「ととー…いや、違うみたいね〜」
 その攻撃の合間に、冷気を感じ取り、クルトは僅かに頬を引きつらせた。
 目の前には、氷を身に纏った蔦がユラユラと揺れていた。
 ばじゃっ。
 その光景を尻目に、レムは水袋を逆さにする。
 根に滴る水。流れる雫。
 鎌首を上げたまま止まる蔦。蕾を優雅に開いたまま、静止する花々。
「ふえ!?」
 構えを解かぬまま、クルトは妙な声をあげた。
解けていく。
 そうとしか言いようのない速さで急速に蔦がしぼみ、萎れていく。
 蒼は茶となり、白はくすんだ焦げ茶となる。
 時を巻き戻すような速さで、蔦は地面へと引き寄せられるように縮み、花は首を落とし――――
 そして、静寂が辺りを満たす。
「何……何よ。っていうか今のは何よレム!?」
「まあ、落ち着いて」
「そ、そうだよ良く解らないけど落ち着いて」
「落ち着け」
 今日何度目かの静止の言葉は、クルトを覗いた全員の唇から発される事になった。



レムの切り出しは、こんな言葉だった。
「まあ、植物は植物なんだよね」
「いや、だから何」
 訳が分からずクルトは半眼になる。他の二人も良く解らない、といった顔だ。
「核というのは根。栄養を光から葉は取り入れ、水は根がくみ上げる」
「じゃあさっきの水は逆効果じゃないの?」
 少女の疑問に軽く人差し指を立て、
「甘いね、元々砂漠地帯に植える為の植物。
 水は殆ど届かないし、届いたとしても幾重にも重ねられた自分の皮で奥にまで浸透しない」
 ぱちん、と小さく指を弾いた。
「だから、さっき僕が掛けた量は大洪水か、大雨が続いた状態と変わらないんだよ」
「つまり、水の取りすぎで根腐れしちゃうの?」
 そう言う意味で有れば納得がいった。
 だが、納得は行くが腐るようにした理由が思い当たらない。
 その答えもレムが用意していた。
「そう言う事。定期的に雨が降るようになったとしても、厚い皮に守られていればしばらくは生えていられる。
 数日以上続けば、他の植物や動物が棲める状態になった証。
 不自然に大きな植物は邪魔になるだけ、必要が無くなったら枯れるようにしておく」
「良くできてるな……コレが人食いでなければ」
 足下に絡み付いた枯れた植物の残骸をつま先で払い、チェリオは感心したように呟く。
「そうだね、事実コレは廃棄された」
「でも、コレでもう無いはずだよね。この植物とおなじものは」
「多分ね、そんなに大量に残ってたら困るよ」
 笑顔のルフィに、レムはため息混じりに答え、
「…………………あたしの家が」
 少女のか細い一言。
 …………
 クルト以外の全員が黙したまま床や天井を眺め、一番被害の無さそうな所に視線を納める。
辺りの惨状は来た時よりも酷かった。
 いっそのこと、蔦があった時の方がマシだと言えよう。
 壁は砕け、ヒビが走り、溶けて変形し、怪しい色合いになっている。
地面という地面は穴が空くのが当たり前だと言うように陥没、破砕されていた。
 天井には傷が少ないモノの、枯れた太い蔦や花が垂れ下がり、不気味な姿をさらしている。
 ……ドコを捜しても、マシな部分は見つかりそうもない。
「何処で寝ればいいのよこれから」
 少女の嘆くような声に、答えるモノはいなかった。


 後日。
 校長宛に、短くつづられた目眩がするような請求と報告書が届いたというのは……
 風の、噂――



《密林探検隊/終わり》




戻る  記録  TOP

 

 

inserted by FC2 system