ずっと機械の複雑な文字盤と睨めっこをしていたレムが、顔を上げた。
「反応は、あっちからあるみたいだね」
そう言って、指で指し示す。
丁度家の中心部だ。
「その辺りは確か……台所、ね。テーブルとか有るから気を付けてね」
テーブルの原型が残っていれば、だが。
この分では、恐らく五体満足ではないだろう。
(ああ……お気に入りのテーブルクロスが。昨日せっかく生けた花瓶が)
等と少々呑気な事を考えながら歩みを進める。
絡まり、分かれ、ねじれる蔦や根。
それらが足場を悪くしている。
効率が良い、とは言えない速さで歩むクルトの足が止まった。
その視線が天井を向く。
心なしか呆然とした紫水晶の瞳。
三人も、習って見上げた。首が痛い。頭に血が上る。
だが、それよりも問題なのは――――
「……花瓶をはめ込んだら結構良いアクセントになるかしら」
何処かうわごとのように、少女が呟く。
それを聞きとがめたのか、それともただ単に言葉を紡いだだけか。
チェリオは腕組み、ある一点を眺めたまま唇を開いた。
「――いや、鍋の方が実用的だろ」
「使えるわけ無いでしょあんなの」
二人の会話を聞きながら、視線を宙に向け。レムは、もういい加減にしてくれ、とばかりに軽く頭を掻いた。
苦笑気味にルフィが微笑む。
「そう、だよね……」
圧倒されるような大きな、大きいとしか言いようがない蔦。
蔦なのか、茎なのか、根なのか。巨大すぎてそれすらも判別がつかない。
およそ、クルトの胴体くらいの太さはある。
それが天井の高さまで持ち上がり、ゆらゆらと揺らめいていた。
いや、それだけでは驚かなかっただろう。誰も。
その先端には、まるで串で突き刺された調理前の鶏肉や野菜のように。
突き立っている。ナニカ。
いっその事、モズの速贄だ。
元テーブルは丸い木の側面に巨大な穴が空き、蔦の進入を受け入れている。
淡い緑色のテーブルクロスは勿論のごとく穴がうがたれ、引き裂かれた繊維が蔦に絡まっていた。
それらがユラユラと左右に揺れているのだ。
驚愕を通り越して、寧ろ滑稽で笑いを誘う。
「確かに図体は大きいけど、反応はもう少し先だね」
レムは上げすぎで痛くなった首をさすり、嘆息した。
「って、これじゃないのか〜…」
と、クルトは残念そうに声をあげ、『でも、鍋も結構良いのに』と言う言葉の中身を飲み込んだ。へたに彼を刺激して、説教を長々聞かされるのはゴメンだ。
だが、何を考えていたのかは見抜かれていたようで、小さく睨み付けられるハメになった。軽く肩をすくめる。
気まずさから、少し瞳を逸らし、唇をとがらせて尋ねる。
「で、どの位先にあるのよ」
少年は軽く『テーブル』と言う名のオブジェを身に纏う蔦を指し、
「その太い蔓から」
「うん」
「三歩ほど先」
そうを告げ、三本だけ指を立てた。
「…………」
沈黙が部屋を支配する。
たっぷり十秒は固まった後、クルトは口元を引きつらせた。
「いやあのだって、ええっ!? 思い切り近いじゃない!!」
「だれも遠くだなんていってないよ。近くだっていったでしょ」
「言ったけど」
言った。
確かに言った、が。
ここまで至近距離だとは言わなかった。
それは少しじゃなくて『無茶苦茶近い』と、言うのでは無かろうか、そんな事を思いつつクルトは目の前の蔓を睨み付けるようにして見上げた。
不意に、辺りの景色に違和感を覚える。
ザワリ、と音が聞こえた気がした。
視界が揺れる。
耳鳴りのような、不愉快な音がする。
耳元で紙袋を無茶苦茶に丸め、擦り、振るような。鼓膜をざわめかせるような音だった。
ガクガクと、地面が震え、脈動する。
まるで地鳴りの様な……湖面が揺れるような。
辺りの景色がうごめくような、不気味な違和感。
「おい!」
耳元で大きな声が響いた。
五月蠅いほどに。
「…………あ」
そこで漸く意識が覚醒する。
地震ではなかった。
揺れているのだ。蠢いているのだ。
本当に。
地面の蔦が大きく脈打ち、ゆるゆるとうごめく。
壁に張り付いていた根や花も、ゆっくりとその身を動かし、浸食されていない壁を自分たちで埋め尽くそうとしていた。
「な、な…何なのよ一体!? いや、ちょっと待って!」
悲鳴を上げかけて気がつく。
長く揺らめく目の前の蔦。
それは先ほどと同じ。
問題なのは、穿たれたテーブルが軋み、妙な音を立て始めている事だった。
ぎしり。
小さく入った亀裂が、広がっていく。
ぎしり。
穴の空いたテーブルクロスも、二つに裂け、剥がれ、落ちかかっている。
ぎしり。
茶色いテーブルの間から、肌色の木の繊維が見えた。
その音も、唐突に止まる。そして、続くのは木が裂ける様な鈍い音。
少しの間をおいて、小さな振動。
見えたのは暗緑色に空に散ったテーブルの欠片。肌色のコントラスト。
確信できた事は一つ。
間違いない。
蔓が大きくなったのだ。
朝方、少女が見たように。
「あーあ……鍋も花瓶もコレじゃおけないわね」
それを見ながら、クルトは後ろに組んだ手の平で頭を支え、まだ呑気な台詞を呟いていた。
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