密林探検隊-3





 窓を開けると、朝の空気が部屋一杯に広がる。
 周りに置いてある植物たちも、どことなく元気になったようだ。
 紅茶を片手で揺らしながら、ヒュプノサ学園の校長。
 レイン・ポトスールは満足げなため息を付いた。
「いやぁ、良い天気ですねぇ……」
久々に平和だ。
 朝から校庭に大輪の花火や、校長室に地響きがおそってこない。
「ちょっと気が抜けますけど、たまにはこういう平和な朝も良い――――」
 
「校長!! ちょっと話、イイかしらぁっ!!」

校長のため息混じりのつぶやきは、少女の怒声によって打ち砕かれた。
 このとき、彼の短い平和は終わった。
声が途切れる前に、バキバキと空恐ろしい音がして、扉が無理矢理壁から引きはがされる。何らかの呪力により引きはがされた扉は、木くずとなって床の絨毯に散らばった。
 片手を掲げた少女は、無言のまま無表情で歩み寄ってくる。
 始終コロコロと表情を変える明るい彼女はソコにはいない。
 ただ、並々ならぬ怒りを押し込めた鬼神が目の前にいた。
 普段が普段なだけに、否応なしに恐怖が襲ってくる。
「え、え〜っと。まだ、返事もしていないんですケド。
 っていうか、クルト君、扉」
「――話、良いかしら。断らないわよね。
 扉? そんな些細なこと気にしないでイイから」
 引きつった笑みを浮かべる校長に、クルトは満面の笑みで答える。
 しかし、声に感情はこもっていない。しかも、否定させる気は毛頭ないらしい。
「ク、クルト君。おはようございます」
「お早う〜」
「相も変わらず愛らしいんですが、どうしました。
 そんなに怖い顔をして。何か僕がしましたっけ?」
「し・ら・ばっ・く・れ・る・気ぃ?」
温厚な笑みを崩さず応対する校長の襟元を、クルトは笑みを浮かべたまま力任せに掴んだ。
「……ぃゃー。しらばっくれるとか言われましても、僕には何が何だかさっぱり訳が分からないんですけど」
「校長、『ローズ・ゲラウム』って言う植物、ご存じですか?」
 襟首をがくがく揺らされながらも笑みを崩さない校長の言葉に、涼やかな声が割り込んだ。大破した扉の向こう側から、
レムが片手に一枚の紙を携え、無表情で部屋に入ってくる。その後ろから、ルフィ、チェリオと続いてきた。
「……ローズ・ゲラウム?」
「ご存じ、無い。と?」
 疑問符を浮かべる校長。
 心なしか、レムの平坦な口調が詰問のようになる。
 険悪になった空気を振り払うように、ルフィが慌ててフォローに入った。
「えっと……たしか、校長先生がこの間入荷されたの……
 僕、覚えてるんですけど」
 本当にたまたまなんですけど、とルフィは俯きがちに呟いた。
 校長は長い沈黙の後、
「…………あぁ!」
ポンッと手を打って声をあげた。どうやら思い出したらしい。
「でも、それが何か?」
「……まだ言うのね、この口は」
 クルトは笑みを浮かべたまま、首をかしげる校長の襟元を掴む手を離し、締め上げる。
 それを横目で見ながら、冷静にレムが釘を刺した。
「クルト、まだ息の根止めたらダメだからね。確認取らないといけないから」  
「あの〜。確認とったら()っても構わないって聞こえるんですが」
「最終的な判断は、彼女にゆだねます」
校長の涙ながらの訴えに、レムは無情な言葉を返す。
「彼女にゆだねる……って、ゆだねられたら殺されそうなんですけど」
「御愁傷様です。で、確認を取りたいんですが、それを入荷した後どこかに発送したという記憶はありませんか?」
 全然心のこもらない答えを返し、質問する。
「……ああ。そう言えば綺麗な花が咲くって言うので、プレゼントを」
「何処に」
 尋ねるクルトの顔は無表情だ。
「確か、クルト君の所に。あ、いかがでした? 気に入って頂けました?」 
 クルリと振り向く校長に、悪鬼のごとき形相で少女が怒声をあげた。
「き、気に入るか、阿呆―――っ」
「アホ……? ですか」
「……まあまあ、クルト落ち着いて」
 目を点にする校長。本当に校長を殺しかねない少女を、ルフィは手で制す。
「おーちーつーけーなーいぃぃぃっ」
怒りのために顔を朱に染め、少女は呻いた。
「校長。何の花かご存じで送ったんですか? 説明書、読みましたか?」
「いいえ、別に読んでませんけど」
 疑問符を浮かべる校長に、レムは淡々と説明を読み上げる。
「ローズ・ゲラウム。主に砂漠地帯に生息される植物を、緑化運動の一つとして改良」
「それは知ってます」
「環境に適応できるように、微量の栄養。水分で成長」
「お金かからなくていいですよね」
「ただし、成長に制限はなく、郊外で育成すること。
 つまり、校長が送った植物は『花』ではなく『密林』を作るための種なんですけれど」
 冷静に事実を突きつける。校長の動きが止まった。
「……簡単に言うと、あたしの住んでるところが密林になったんだけど。
 勿論、責任とって直す方法教えてくれるわよね?」
腕を組み、ニッコリと微笑みかけるクルトの言葉は、氷のように冷たかった。

 




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