密林探検隊-2





 ばんっ! べちっ!!
 盛大な音を立ててクルトは扉からはじき飛ばされた。
「いったぁぁぁ……」
 顔を押さえ、うずくまる。
 そのすぐ目の前では扉から飛び出てきた大きな葉っぱが揺れていた。
「あーーーーもーーーー遅刻するってのにぃぃぃぃぃぃぃぃ」
ダンダンダンと決して上品とは言えない言葉を吐きつつ床を踏みならし、拳を固める。
「小さき炎よ集いて……後は略。ってことで火炎!!」
 かなり適当な詠唱に答え、炎が葉を舐め焦がす。
 水分が多いのか、半分も燃えずに鎮火する。しかし、クルトはガッツポーズを作り、
「これなら何とか通れるわね。今行くわよまってて校舎!!」
 意味不明な言葉をつぶやき葉っぱをくぐり、扉の間に体を滑り込ませる。
 そして前方に広がる光景に絶句する。
「あたしの家は何時ジャングルになったのよッ!!
 って、今か。
 ぁぁぁぁぁぁ遅刻しちゃうじゃない!
 ……もういっそのことこの家ごと破壊・切断して強行突破していこうかしら……」
 拳を固め、真剣に考え始める。
 しかし、何かに気が付いたように頭を抱えた。
「けど、でも、夜風が寒いし。
 えーい、もうすすむっきゃない!」
 頭を振り、足に絡まったツタを振り払いながら毒づく。
「だーーーーーーーーーっ、うっとおしいのよこのツル、ツタ、ヒモっ!!」
 焦りのあまり自分が今言ったモノがほぼすべて同じ言葉だと言うことに気が付いていない。
「アンタあたしに恨みでもあるの!? これで遅刻したら……
 校長と仲良くお掃除……お、恐ろしいわ。恐ろしすぎる」
 そこまで言って青ざめた顔で肩を抱く。
「ふ、そんなことになったらチリも残さずキッチリ焼き払ったるわ……
 って、こんなことして時間くっている場合じゃないのよっ!」
 ひとしきり物騒なことを呟いた後、気が付いたようにあわてふためく。
「火力調整は難しいから……えーとえーとえーと……。
 ああ、足に絡み付かないでよ!全く油断も隙もないわねー」
 足下に絡み付き始めたツタを力一杯蹴る。幸い、細めのツタだったのであっさりと切れた。
そこでクルトは気が付いたようにツタを見る。 
「……足に絡み付いて来る……引きちぎる……ちぎる。
 あ、そーだ!」 
そこまで言ってバンッと両手を力強く合わせ、小さく詠唱を呟く。
 手の平、足に淡い光が集まり出す。
「破腕脚!!」
 言葉と同時にダンッと足踏みする。
 ズンッと重い音と共に床がえぐれた。
「ふむ……思い付きの割には結構うまくいったみたいね。掛け合わせ。
 腕力脚力増強完了! よし、待ってなさい校舎」
 グッと拳を握り、
「……あ゛、しまった……床が。まあ良いわ、この植物送りつけてきた奴が悪いのよ。
 見つけ出してぶちのめしてやるんだから」
 そこまで言った後、深呼吸。拳を構えて眼前にあるツタに思いっきり叩き付ける。
 鈍い音、そしてツタがさける音。
「トドメ!」
 蹴りと拳を同時にたたき込む。
 グシャっというツタのちぎれる音と、手にぬめ付く感触。
(うう……ツタの汁が手に付いた)
 悲鳴を堪え、倒れ込んでくるツタを蹴り払う。
 ビシャッ。青臭いにおいが辺りに漂った。
「結構キツイわね。匂い。   
とか呆けてる場合じゃなくて!」
活を入れるため、自分に突っ込みを入れる。 
「玄関は見えるわ。良かったー」 
あの太いツタが三重四重にでもなっていたらあの気持ち悪い粘液が今度こそ体にかかるだろう。
そう言うことにはならなかったのでクルトは心底ホッとした。
(ん?) 
両脇からシュルシュルと妙な音が聞こえ、クルトは顔をしかめて辺りを見回す。
 男性の腕ほどの太さのツタが両脇の柱に絡み付いていた。
 クルトは肩を潜め、嘆息する。
「またツタ……?
 いい加減にして欲しいわね。まあ、伸びちゃう前に玄関を通れば済む―――」
やれやれと首を振る彼女の眼前をシュッと両脇から何かがかすめていった。
「へ?」
 それは玄関を絡めるように何重にも、幾重にも重なっていく。
「何?」
 シュッ、ピッ、ジュッ。しなる鞭のように黒い影が……いや、まるで蛇が玄関をふさぐように絡まっていく。
「何……?」
 後ずさり、目をこらす。
「ツタ……って、何ぃーーーーーーーーっ!?」
その姿を確認し、納得し掛けて悲鳴を上げる。
 さっきから考えまいとしていた事実が目の前に突きつけられた。
(さっきからおかしいわよ。コレ。
 確かに一晩で熱帯雨林なんて出来るわけがないわね、普通の速さなら……
 けど……)
 けれど、このツタの成長速度なら……。
「ま、あたしを此処に閉じこめたいって気持ちは分かるわよ。
 あたしってかわいいし。
 ……自分一人だとなお寒いわね。この台詞」
 一瞬寒風の吹き荒れた部屋でクルトは引きつった笑いをして気を取り直す。
「まあ、分からなくもないけど。
 あたしは忙しいのよ、ってなことでさっきの通りの手は使いたくないわ。気持ち悪いし」
 そこまで言って両手を掲げた。
「……炎よ集い――――」
 詠唱の途中で前に教室で炎を使い、バックファイヤーで死にかけた事を思い出す。
 密閉空間で炎類の拡散する魔術を使ったりすると、威力がすべて消える前に壁、天井をはい回り術者の所に戻ってくる。
「……あたしだって学習はするわよ。たぶん、何とかなるわ……
 ま、せいぜい火傷だけですむ、といいけど」
 普通なら思いとどまるところだが、クルトは頭を振り、
「遅刻するよりマシよね。さあ、覚悟なさい扉!
 さっきの葉っぱより強めるわよ……炎よ集い、我の力なれ」
 掲げた手の平の間から赤い光が漏れる。
「貫く一条の光となり、我に立ちはだかる闇を払え」
 うねる光が徐々に炎というモノを形作り、パチパチと音が鳴り始めた。
「自分の家破壊するのは気が引けるけれど」
 自分の手の平に視線を注ぎ、クルトは学園その他から色々と意義の出そうな言葉を呟く。
 そしてゆっくりとツタに阻まれた玄関に両腕を向け、
「行け…『火炎槍』扉を貫け!!」
 呟いた。
 一瞬赤い炎が揺らいで炎が消滅し、槍の形を取って一気に扉へ突き進んだ。


 ばんっ!
「うわ、びっくりしたぁ」
 勢いよく開かれた扉を見、ルフィは大きく目を見開く。
「はぁ、はぁ」
 クルトは仁王立ちになり、大きく教室の扉を広げて居た。
「あ、クルト。おはよう。
 もう、遅かったね。でも良かったなんともなく……」
「おはよう、それはともかく今何時!? いや、後何分!?
 遅刻? 遅刻なの!?」
ぱあっと顔を輝かせ、駆け寄るルフィの言葉を制し、クルトは詰め寄った。
「え? あ、あの。じ、じかん?」
「ああ、やっぱり遅刻……頑張って苦労してここまで来たのに」
 キョトンとして口元を押さえるルフィを見、クルトはへなへなと座り込む。
「ギリギリセーフ、だな。後一分」
「ふぇ?」
 頭上からかかった声に顔を上げる。
「あ、チェリオ……おはよー」
 上を見上げると、チェリオの栗色の瞳が見えた。
「ん」
 クルトのふ抜けたような挨拶にチェリオは片手をあげる。
 短い挨拶を終え、
「って、遅刻してない? 間に合ったのね……やったぁ!」
 拳を握り、ガッツポーズ。
「え、うん。ギリギリセーフだね。
 僕、間に合わないって思ってたけど。チェリオの言うとおり間に合ったからよかったぁ」
 瞳を潤ませるクルトを見、少し首をかしげながらもルフィは笑みを浮かべ、答える。
「……チェリオが?」
「え、うん。クルトなら、きっと這ってでも来るって」
「う゛っ」
ルフィの言葉にうめき声を上げる。反論できない。
 もしかしたら這ってでも来たかもしれなかったからだ。
 クルトの背後から涼やかな声がかかる。
「次の授業、始めるよ」
 慌てて振り向くと、青い髪の少年が佇んでいた。
「え、あ、そう? ……でもなんで後ろから……」
「ちょっと貼らないといけないプリントが―――ん?」
クルトの問いに答えかけ、白い獣毛に包まれた犬耳がピクリと動く。
「どうしたの?レム」
 クルトの問いに答えず、レムはしゃがみ込む。
「……あのー。レム、アンタ何処触ってんのよ」
 足の方に腕を伸ばす彼を見てクルトは首をかしげる。
「あ、あの……ちょ、ちょっと」
 クルトより慌てて赤い顔をし、ルフィがジタバタと腕を動かす。
「クルト、何かあったね?」
クルトは驚いたように首をかしげ、
「あら、レム。アンタ何時のまに読心術を使えるようになったの?」
「読心術じゃなくて、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「何よ」
「これ、何処で拾ってきたの?
 凄くセンスの良いアクセサリーだね」
 目を細め、そう言って立ち上がったレムの右手には不気味にうごめく細長いツタが握られていた。
「げ……」
 クルトは思わず一歩引き、うめき声を上げる。
「え……?」
 呆けたようなルフィの声と、チェリオの視線がクルトに突き刺さった。

 




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