密林探検隊-4






 目の前に飛び込んでくる光景に、クルトを除く全員が感嘆(かんたん)のため息を漏らす。
 チェリオは栗色の瞳を細め、髪を掻き上げて仰ぎ見る。
「……これはまた、壮観(そうかん)だな」
「ここまで来ると洒落にならないね、校長の(たわむ)れも」
 レムも感心半分呆れ半分、と言った調子で頷いた。
 クリーム色の外壁が、土色と緑色のツタに何重にも覆われ、隙間からしか元の色が分からない。
 かなりの力がかかっているのか、外壁に少し亀裂が入っている。
 今にも、家の悲鳴が聞こえてきそうだ。
「あ、あたしの家が」 
 顔を押さえてクルトが呻く。
「学園の宿舎だけどね」
「……一戸建てだぞ」
「学園一帯の土地を、あの校長……買い上げて生徒の宿舎造ってあるんだよ。
 普通の生徒は、こんな一戸建てじゃなくて、宿舎だけどね。
 人に寄るけど」
「ひいきか?」
「彼女が普通の宿舎に入ったらどうなるかぐらい想像できないの?
 修繕費を考えれば一戸建てにした方が安いからに決まってるだろ」
「―――言えてるな」 
レムの指摘にチェリオは頷きながら家の方をもう一度見る。
 確かに一戸建てで大きいことは大きいだろうが、生徒が大勢居る普通の宿舎が破壊されることを考えれば、成る程確かに被害は少なくて済む。
 少しの間考えを巡らせる内にも、クルトの宿舎…いや、家は樹の幹が握りつぶされるような深刻な音を立てながら微量な振動を続けた。
ビシ、と音が鳴るたびにひび割れが酷くなっているようだった。
 チェリオの気のせいではないのだろう、そのたびに少女の唇から「きゃー」だの「いやー」だのという悲鳴のような声が漏れる。
五月蠅いとは思ったが、放っておくことにしてルフィを横目で眺める。
「…………」
 何処か夢見心地のような瞳でぼーっと家を見上げていた。
 おそらく少し現実逃避に走っているのだろう。ぱたぱたと手を振って正気付かせる。
「おい」
「え…ぁ。チェリオ、何?」
 はっとしたように、だが、まだぽけーっとした表情で首をかしげた。
「いいか、これは現実だ。現実を良く見据えろ」
小さな、良く通るチェリオの言葉をかみしめるようにじっくりと聞いていたルフィの目の焦点が、
傍目から見ても良く分かるほどハッキリと合っていく。
「あ……うん」
ルフィは僅かに青ざめた顔でこくりと頷き、チェリオを見た。
 その後、横目でクルトを確認する。
「ぅわもう最悪、玄関なんか無茶苦茶でそれであたしの靴とか洋服とか本とか人形とか寝間着とかベッドとかもうとにかく絶対全部無傷じゃ済まないわぁぁ!
 ねえねえこれどう思う? 酷いと思わないこんなのって酷すぎるわよねッ」
まだ混乱は続いているらしく、早口でそこまでまくし立て、周りを見る。
「酷いというか…もう家なのか何なのか見分けがつかないが」
「そうなのよ、それなのよもう原型なんて全然つかなく、て」
チェリオの言葉に素早く反応したが、徐々に俯き気味になり、口を閉ざした。
 小刻みにちいさな肩が揺れていた。
「クル…ト? あの」
流石に心配になり、肩に掛けようとしたルフィの手は寸前の所で空振りに終わった。
「え?」
 いきなりバランスが崩れ、ぱちくりと瞳を瞬かせる。
 重力に従い、当然身体が傾いた。
「こんな所でこんな事言ってる場合じゃないのよ! さっさと家に入って元凶を」
拳を固めて顔を上げ、何かを決意したような表情のクルトの視線がルフィに向く。
 少女は手を何処かに掛けるような格好で倒れてる幼なじみの少年を見、キョトンとした表情で首をかしげた。
「なに変な格好で転けてるのよルフィ」
「う…ううん、なんでも、ないよ」
 心の中でいつも徒労に終わる自分の心配に少し涙しつつ、ルフィはゆっくりと首を横に振った。
「そう?」
 何故か意気消沈しながら身を起こす幼なじみを見、クルトは首をかしげた。
 その様子に少しだけ同情を覚えつつ、レムは目を細め、少女を眺める。
「まあとにかく、出入り口は強行突破しかないけど」
「うう、やっぱそうなるのね…家を破壊するのね自分で」
淡々としたレムの言葉に、クルトはがっくりと肩を落とす。
「……そうだね」
 自分の家以外なら良いのだろうか、という疑問もぶつけたかったが、話が横道へそれるのが目に見えていたため、その言葉はレムの口から発されることはなかった。
 道を開く事に漸く意を決したクルトが、手を掲げ、
「炎よ集い、我の力なれ、貫く一条の光となり、我に立ちはだかる闇を払え!」
 大気を感じ取り、魔を満たす。煌めく紅が、手の火にの中へと集まっていく。
 そして定めるのは、植物の触手達から僅かに逃れる事の出来た壁面。
「火炎――」
 目標を見据え、最後の一言を紡ぎ――
 その刹那。
 白い壁面が盛り上がり、ひび割れる。
そして、間髪入れず、体の芯を震わせるような轟音と共に壁面がはじけ飛んだ。  
「そ……ぅ、うぎゃーーーー!?」
 はじけ飛ぶ壁と共に、水のような勢いでツタが外へ広がった。
思わず詠唱を中断し、クルトはお世辞にも上品とは言い難い悲鳴を上げながら、落ちてくる瓦礫を避ける。
小石や砂利程度の大きさから、拳や、それこそ当たれば一発であの世行きだと一瞬で知覚出来るほどの洒落にならない岩程度の大きさまで。落ちてくるのは様々だ。
 まあ、元が壁なので横幅が大きくても、厚さはそれ程でもない。
 ただし、それは岩と比較した場合であって、クルトの親指の長さ程度の厚さは有るようだった。
当たればタダでは済まないが、何故かクルト以外の全員はちゃっかりその範囲内から脱していた。
 そのため、少女だけ、一生懸命妙な踊りを披露する事になる。
「きゃー。うーーっ。来るな馬鹿ーーーぁっ」
絶叫混じりに避け、魔法で落とし、クルリと身を翻す。
 瓦礫が止んだ頃には、彼女の周りに大量の小石が積み上がっていた。
 息の整わないウチにクルトは涙目で全員の方を向き、
「ぜえはあ…はあ…はあ。何でみんな避難してるのよッ」
「術を放ったら普通瓦礫が飛ぶでしょ。普通は離れてから放つよ。
 まあ、その前に飛んだけど」
「……先に離れておく…気がつかなかったわ」  
レムの静かな指摘に僅かに後ずさり、呻いた。
 少年はそれすらもあっさり流し、
「取りあえず、出入り口は出来たみたいだから行こうか」
 時間が勿体ない、とばかりに少女を眺める。
「そ、そうね。気は進まないけど」
 ぽっかりと開いた穴からは、ヒダの様な様相を見せるツタが垂れ下がっていた。
 心持ち重い足を引きずりながら、クルトは中へと足を踏み入れた。





 湿った自分の白いマントを指でつまみ、険のある声音で青年は呻いた。
「暑い……湿気ってる……息苦しい」
 元々柔和とは言えない顔立ちなのだが、今は輪に掛けて顔つきが良くない。
 それもそのはず、部屋に踏み込んだとたん、マントは水気を含み重くなり、空気は気持ちが悪くなるほど熱気を(まと)っていた。
 これで清々しい気持ちになれと言う方が無理だろう。
「異常な湿度、温度上昇……
 辺りに蔦は絡まっているし、まるで熱帯雨林だね」
特に顔色は変えず、レムは片耳を僅かに跳ね上げ、「これも植物の影響かな」と呆れたように呟いた。
「あの……あの……ふたりとも、そう言うのじゃなくてね。
 えと、他の事を気に掛けた方が良いかと思うんだけど。うん」
ベタ付くローブの襟元を少し気にするように動かした後、ルフィは困ったように眉根を寄せる。
「ああ、あれね」
「……まあ、仕方がない」
 散乱した破片。
 乱れたシーツ。
 破けたカーテン。
 蔦の巻き付いたクローゼット。
 根っこが貫通しているらしいベッドから花が生えている。
 そしてツルや根に覆われ、表面すら見えない床の上で少女がガックリと膝をついていた。
 レムは真っ白に燃え尽きているクルトに目を向け、
「ほらクルト、先に進むよ。先に」
早くして、と嘆息する。
「あたしのお部屋が…ずったぼろ…うう」
「ちょっと、あんまりゆっくりしてると近所にも浸食しちゃうよ? ここみたいにね」
 打ちひしがれるクルトを見、腰に右手を添え、空いた左手を広げて軽く部屋を仰ぐ。
 答えの代わりに、少女は手元に落ちていた穴の空いたパステルカラーの青いクッションをベッドへ放り投げた。
 無言で立ち上がり、変形した部屋の出口にそっと手を当てる。
「いや、ちょっと待った。確かに急げとは言ったけど、精神的な問題で。
 扉を無理矢理こじ開ける事も出来るんだから、そんなことはしなくても……」
「いくわよ……」 
 クルトはレムの言葉を無視し、すう、と呼気を整えた。髪が僅かに浮き上がり、手の平から練られた魔力の光が滲み出る。
 ス、と手を掲げ、詠唱を開始する。
「大気よ、我が手の内で鋭き刃となせ」
言葉に応え、風が三日月状の刃を形作った。
「おい、待て。まさか…」
「……うわわっ」
 チェリオの顔が僅かに引きつり、ルフィがしゃがんで頭を抱える。
「風の、刃ぁっ!」
少女の甲高い声と共に、先ほどにも負けぬ轟音が辺りを轟かせた。
カタン、と硬質の音が少し響き、振動は収まった。
変形していた元扉とおぼしき物が、綺麗な断面を見せて積み木のように地面に散らばっていた。
「び、ビックリしたぁ」
「……吃驚した、で済ませるな。ルフィ」
「ちょっと、無茶苦茶だよ! 幾ら吹っ切れたからって下手に暴れて家ごと倒壊したら僕達までお陀仏でしょ。何考えて―――」
「何よ、これ」
「え?」
 クルトの言葉に一旦文句を飲み込んで、レムはドアの先を見、絶句した。
「うわぁ…な、なにこれ」
 習って覗き、口元に手を当てルフィは目を丸くする。
「…………」
チェリオは驚いてるのか良く解らない顔で、その先を見つめたまま微動だにしなかった。 肌をはい回るような暑さ、そして青々と茂る大きな葉。
 力強く根付く幹の様な茎。
 重なり合う葉で辺りは薄暗く、まるで本当の熱帯雨林のような様相を見せていた。
 クルトが朝見た物は、辺りの家具が見えるだけまだ可愛げがあったが、今では家具の端すら見えない。
 代わりに存在するのは雄々しく伸びた根と、開放的に広がった葉っぱだけだ。 
青い若葉が扉を塞ぐように重なっていた。
 ソレを少女は片手で振り払う。
指先に何らかの呪力を込めていたのか、先ほどの影響か、葉っぱは刃に裂かれたように乱れ散る。
 あまりの荒れようにクルトは肩をすくめ、もう気を取り直して機械を取りだしはじめた少年を見た。
「こりゃ酷いわ。レム、対処法は?」
 レムは片耳を軽く立て、
「対処法、は有る事にはあるけど。まず、核となっている根を捜さないとね」
腕を組んで、樹海の迷路を眺める。
「核(コア)?」
 首をかしげる少女へ僅かに視線を移し、
「大元の根っこだよ。そこから水分、栄養が全ての茎に行き渡る。
 兎に角、ソコさえ潰してしまえば良いんだよ」
 空色の瞳を瞬き、ルフィは嬉しそうにポン、と手を打った。
「そっか、管を全て断ち切れば、全滅しちゃうんだ」
「植物の割に意外と脆いな」
 聞きながら、呆れたようにチェリオはボソリとつぶやいた。
 クルトは眉根を寄せ、
「……どうやって潰すのよ」
 片手を腰に添え、空いた手で茎を指さし、嘆息する。
 彼女が朝見た時よりも確実に成長しているため、すでに小さな茎でもクルトの腕くらいにはなっている。大きい茎では軽く頭の大きさを越えていた。
 少年は海色の瞳を細め、機械の調整を行い、
「それは見つけてから教えてあげる」
 垂直に伸びたアンテナを茎に向ける。
「……ナニソレ」
 クルトは半眼で機械を眺めた。
 その疑問に答えるように、レムの唇から誰にともなく説明が紡がれる。
「図鑑の記述に寄れば、有る特定の周波を出すらしいんだ。だから、それを拾ってるの」
「…………」
 首を地に着くほど傾け、少女は渋面になる。
 2つに結い上げたツインテールがしおれた草のようにも見えた。
「別に分からなくても困らないから理解しなくても良いよ。
 まあ、コレが有れば大雑把だけど、確実に核の場所が分かるって事」
 沈黙を理解できない、と取ったのか、かみ砕いて説明する。
 そのとたんクルトは顔を輝かせ、
「レム。ナイスよ! 頼りになるっ」
バシバシと背中を叩き、歓喜の声をあげた。
 乱暴に叩かれた背中を軽くさすり、
「痛いよ。まあ、取りあえずはあんまりフラフラしないでね」
 と、釘を刺す。
 少女はぷう、と頬をふくらませ。
「フラフラしないわよ、しっつれーね」
 腰に手を当ててムッとしたような顔をした。
 それにコクコクと頷きながら、青年は口を開き、同意する。
「そうだ。失礼だ」
「あら、チェリオが加勢してくれるなんて珍しいわね」
「コイツは『あんまり』じゃなくて『四六時中。始終』フラフラしている」
クルトの言葉を無視し、人差し指を立て、一字一句強調しながら言葉を紡ぐ。
「おい」
 手の平を水平にし、半眼で少女はビシッと空を切る。
 ルフィは困ったように眉根を寄せ、
「…………チェリオ。もぉ」
二人のやりとりを見ながら小さく笑みを浮かべ、嘆息した。

 




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