交わりし力-3






  吐息が乱れる。
 足はもう崩れ落ち、膝を付いている。
 体が上手く動かない。ただ、腕を押さえて震えるだけ。
 結い上げたツインテールが、風もないのに浮き上がっていく。
「あつ…いよ……何……コレ」
 腕が、熱い。焼けるように…
 痛くは……ない。
ただ、腕が、松明のような熱を持っていた。
 パチリパチリ、と聞こえるのは自分の幻聴かもしれない。
 だが、確実にその熱は広がっていく。
 酷い熱に自分が自分である事すら忘れかける。
(どうして腕が熱いの……? 誰か 誰か この熱を抑えて……よ)
 腕の熱い固まりは外に出ようとはしているモノの、圧迫されたように動けずにいる。
 それは徐々に広がっていき、逃げ場が失われているようだった。
「体が……あつ……ぃ」
 熱が逃げ出したのは腕の近くにある、体。
 息が切れていく。
 意識が朦朧(もうろう)としていく。
「駄目……収まっ…て……おねが……」
 だが、少女は自然と熱が外へ放出されないように意識を総動員していた。
 何故かは分からないが、外に今だしてはいけないような気がした。
『先生! 先生!? 校長先生! クルトが、クルトが変!
 腕が腕が熱いって! どうして? どうして!?』
『落ち着いて下さいよルフィ君。何がどうしたんですか』
 薄れそうになる意識に、聞き慣れた声が耳にはいる。
 取り乱したように声はうわずっていた。恐らく、泣いているのだろう。
(ルフィ? ああ。そうだ……あたしは授業で魔術を使ってて急に腕が)
 そこで、今置かれた状況を把握した。
『いけない……魔術が暴走し掛けている! クルト君 意識をシッカリ保って下さい!』
 少年の声が、耳に入った。僅かに取り戻せた意識で、顔を少し上げる。
 いつもなら穏やかに微笑んでいる少年。
 確か……レイン校長。その少年の顔色が蒼白になっていた。
 その姿が、少しおかしい。 
 周りからは、離れろ。もう、制御は無理だと言う言葉が聞こえてくる。
『いやだ。やだ……やだやだやだ! 僕はクルトの側にいる!
 放してください! 放して! クルトクルト!』
 聞き慣れた幼なじみの、悲痛な叫びが聞こえてくる。
 ばきり、と嫌な音が近くの樹から聞こえてきた。
 恐らく抑えきれなかった魔力が樹を直撃したのだろう。
正直、ルフィが離れていて良かったと安堵した。
 恐らく今の状態では確実に周りを巻き込むだろう。
浸透する熱は、深部に達し掛けている。
 どぐ……っ
 熱い痛みが胸を突いた。
「ぐ……」
 呻きが唇から漏れた。
 体勢が崩れかける。
 痛みが治まるわけではないが、痛んだ胸を掴む。 
 悲鳴が一層大きくなった。
「あ…たしは……」
(熱い…何でみんな逃げるの。……これから何がどうなって)
 分かる。 
 聞かなくても分かる。
 魔術なら何度か行使した事がある。その時の感覚とはまるで違う。
 身体が浸食されるような嫌な感覚。
 自分は制御に失敗したのだ。
 そして、その末路も授業で最近習ったはずだ。
 良ければ昏倒。悪くて術を使おうとしていた身体の部位が砕け散る。
 最悪の場合―――
 周りを巻き込み、暴発する。
確実な、死。
 周りの反応は、気絶でも無く。
 部位が破壊されてしまうような衝撃も、腕には見られない。
 だとすれば……
「……く…ぅ……」
動く事すら困難になってきた身体を動かし、辺りを見る。
 周りに見える生徒や先生。その全てが恐れおののき、絶望が色濃く瞳に映っていた。

 ―――ああ。死んじゃうんだ あたし

周りの反応を見て、気が抜けたような、感情が抜け落ちたような感覚に陥る。
 妙に納得した。
 あるのは、無気力感。 
 校長である少年の瞳も、諦めと苦悩が入り交じっていた。
 ざりざりと鼓膜を打つ騒がしい騒音が耳障りだ。
『クルト、クルト、クルト! 何でみんなそんな顔をして……僕はそんなの信じない。
 だってだって そんなの そんなのあんまりだよ!
 諦めないで お願いだから諦めないでよ! 
 お願いだからお願いだから僕を一人にしないで!』 
 泣き叫ぶような声と共に、腕が……小さな白い腕が遠巻きになった人混みから伸ばされる。そこで止められたのか、直ぐに引き込まれた。
「ルフィ……く……」
(馬鹿…ね…… 友達なんて……一杯)
 心の中で毒づきつつも、その言葉で一気に思考が戻った。
「…………や…だ」
(諦めるなんて……あたし何を。あたしらしく無い…わね)
 求める意味はない。
理由もない。
 しかし、生を望むのに深い理由は存在しなくても良い。
失う意味も無い。
 そして、理由があろうと、その理由で納得する事など到底無理だった。
「いや…だ。こんな…こんな…こんなところで…こんな」
 その欲求は言葉に出す事に強まっていく。
(……こんなこんな理由で……死にたく……無い)
 反発するかのように、一層熱が激しくなった。
「う……うぁ……」
 苦痛が激しくなる。身体が燃えていないのが不思議だった。
 だが、それに近いのだろう。辺りの空気は張りつめている。
 腕が妙に震える。自分の腕ではない様に。
 血管が脈打つように大きく脈動する。
 恐らく、暴発の兆候だ。その位の察しは付いた。
 この震えが全体に回った時は――――
(今まで操れた炎。なら…抑える事が出来無いはずが)
 諦める気はなかった。まだ手遅れではない、そう信じたかったのだ。 
 腕に力を込める。
 コレさえ押さえ込めば、おそらくは……
「う、ううう……ぁぁ……」
 意識せず、苦痛のうめき声が上がる。
 ガクガクと震える腕を押さえつけ、歯を食いしばる。
 風もないのに、烈風に煽られる様に髪が吹き上げられ、激しくなぶられた。
 視界を乱され、目を細めながら、腕に掛ける力を更に強める。
 次は腕が、折れる。
 頭の中で冷静な自分が囁いている。
 構わず力を込め、ありったけの叫びを上げながら、意識を叩き付ける。
「しず…まれ…大人し…く…」
 声が、漏れる。がむしゃらに何か、得体の知れない力を押さえつけようとする……自分の、うわごとに近いことば。
「あたしの中で……暴…れる…なーーーーーーーーーッ!」
喉が裂けそうな程の大きな絶叫を上げ、少女は腕を隣の幹に叩き付けるように振った。
 轟音と振動が、辺りに響く。
 大きく体が揺さぶられる。腕が痺れ、動かない。
 渦巻く様な力は、殆ど抜けていた。
 意識はヤケに鮮明で。澄み切っている。
 重い頭を動かし、横を見ると、恐らく力が向かったのだろう。樹が根本から消失していた。
「はぁ…はぁ…」
 身体が、酷く怠い。
 切れ切れに息をしながら、少女は辺りを見回した。
 凍ったように、その場にいた全員が止まっている。
 それに興味が無くなったようにクルトは俯き、
「あたし……あたしは……まだ 
 ―――死ねない――の―」
 ―――死んでなんて…やれないのよ―――
誰にも聞こえないような小さな言葉を、呟いた。





戻る  記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system