沈黙が、落ちた。
「昔の事よ。五年くらいね……」
だが、昔の事、で切り捨てられる事柄ではなく、現在もその状況に近い。
しかし、言葉に出す気はなかった。
この事を知っているのは、自分を含めレムと校長。三人で良い。
言った所で混乱させるだけだし、何の解決にもならない。
特に、心配性であるこのルフィという少年と、妙に自分に絡みたがるチェリオという青年には言うつもりは微塵も無い。
懐かしむように僅かに瞳を伏せた後、微笑む。
「……そうか」
毒気を抜かれたようにチェリオは頷き、小さく嘆息した。
「そうね……こういう事は、やっぱり」
「アイツか」
嫌そうに呻くチェリオにウィンクを送り、
「正解。レムに聞いた方が手っ取り早いわ」
レッツゴーと言うように、クルトは元気よく手をあげた。
地下の研究所に着いて、症状と考えを打ち明けたとたん、
「…………魔術の暴走にそっくりぃ?」
獣耳を持つ少年は、僅かに口元を引きつらせ、呻いた。
「ってレム。そんなあからさまに疑わしげで嫌そうな声上げなくても」
何処からどう見ても歓迎ムードではない少年を眺め、クルトは困ったように頬を掻く。
「はいはい。真面目に聞いてあげるよ……こっちは研究で忙しいって言うのに。
大体、魔術系統なら僕よりもっと適切な人がいるでしょ。身近に」
書き記していた書類の手を止め、不機嫌そうにインクをペンからふき取ると、言いながら呆れたようにクルトを眺めた。
「うっ…だって…ゆ、勇気がいるもの……あの先輩に聞くの」
的を射ていたのだろう。
口をとがらせ、よそを見ながら詰まったような言葉を漏らす。
興味なさそうにそれを眺めた後、
「ま、イイケド」
そう言ってレムは吐息を漏らした。
「先輩…って誰だ? って、ぅ」
「先輩……って… う゛」
尋ねようと声を掛け、振り返ったクルトの顔を見て二人はうめき声を漏らした。
酷く憔悴したような、幽鬼のような表情で、振り向いたからだ。
「聞かないで。……お願い」
何処か気怠げな含みを持った言葉に、気圧されたように二人は頷く。
「そぉ。有り難う助かるわ」
振り向いた時と同じようにフラリとレムに向き直る。
その様子を確認した後、
「な、なんなんだ一体」
「さ、さあ……」
二人で顔を合わせ、首を捻った。
ひとしきり、なにやら本を眺めた後、
「……そうだね」
軽く口元を抑え、思案するような目でレムはチェリオの瞳を見た。
何処か気怠げな呟きを聞きとがめ、
「所で聞くけど徹夜何日目?」
素知らぬ顔をしてさり気なく呟いた。
「三。まだ四まで言ってないから平気だよ」
意外とあっさり返ってきた答えに、半眼になりながら腕組みする。
「寝なさいアンタは」
「だから、立て込んでるって言ったでしょ。
まったく、忙しいのにややこしい用事を持ってくるんだから」
非難じみたクルトの言葉に、白い犬のような耳を五月蠅げに伏せ、溜め息混じりの言葉を吐き出す。
「ややこし……って、何か分かったの?」
更に言い募ろうとした少女は、その言葉を聞きとがめ、疑問符を浮かべた。
答えず、ちらりと青年に視線を向け、
「魔術の暴走。それも軽度の症状に似ている……
しかし、全てが符合する事はなく、一例に過ぎない」
言葉を紡ぎ、口元から手を外す。
意味が飲み込めず、クルトは首を大きく傾ける。
動きに合わせ、紫水晶のツインテールがフワリとゆれた。
「それがどうかしたの? って言うか毎度毎度ややこしく言うんじゃないわよアンタも」
ふて腐れたようにレムの顔に指を突きつけ、頬をふくらませる。
乙女のするような顔つきではない。
そんな行動には目もくれず、ただ、淡々と少年の唇からは言葉が漏れていく。
「……校長先生が何か……」
「へ?」
その台詞に力強く突きつけた指が力を無くし、地面へとずれた。
言葉は途切れず、続いていく。
「何か知ってると思うけどね」
「なっ、なんですってぇ!?」
「ええっ!?」
「校……」
衝撃的な言葉にレム以外の全員が悲鳴のような驚愕の声をあげる。
原因を作った本人は、何の感慨も感情もなく、ただ、冷たく二人を見つめていた。
「……騒がないでよ五月蠅いね」
先程と同じように、煩わしそうに耳を伏せる。
「だ、だって! ねえ、ルフィ」
反射的に隣にいた少年にクルトは視線を移し、
「そ、そうだよ。ねえ、チェリ……」
触発されるようにルフィも隣の青年に視線を移そうとして、止まる。
軽く腕を伸ばしてみる。指が虚しく空を掻く。
薄暗い天井を眺めても、無機質な鉄の板がコチラを鈍く照らしている。
正面に立ったレムは、何処を見るともない視線で二人を眺め、
「居ないね」
海色の尻尾髪を軽く手の甲ではじき、呟いた。
「居ないわ! あれさっきまでここに……」
弾かれるようにクルトも辺りを見回す。
だが、何も、ない。
「えぇっ!? だ、だってさっき声が耳元で」
混乱する二人とは違い、一人冷静に氷のような瞳を細め、
「……想像が当たっているとすれば。あそこかな。
予想が、色濃くなってきたわけ、か。そしてその信憑性も」
片耳を軽く立て、少年は自分に語りかけるように口の中で呟いた。
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