「物理的にあり得ると思う?」
―――― それは謎掛け。
「精神的なモノなのかな」
―――― それは問いかけ。
少年はそれに答えず、読みかけの本を閉じる。
手元にあっただけの本。中身には、価値を見いだせなかった。
「で? 用件があるなら率直に」
階段の上からこちらを見やる少女に、溜め息混じりの言葉を返す。
「……いやあのね」
気まずげに口を動かす彼女を見、
「生物の精神が、物理的、精神的に交換が可能かって事でしょ? 質問がしたいなら降りてきてよ」
本を棚に戻して呻く。
いきなり階段上から振ってきた言葉が、意味深な謎掛けだった。
しかも顔を出したのが、そう言う謎掛けを苦手とする少女。
これで溜め息を漏らすなと言う方が無理だろう。
「後、後ろに何故か隠している二人も一緒に連れてきてね」
「あう!?」
ズバリと指摘され、少女はのけ反った。
危うく落ちかけ、手すりにしがみついて体勢を整える。
「用、あるんだよね?」
深い海を彷彿とさせる、蒼の瞳を細め、少年は少女の紫の瞳を見据えた。
「…………多分、説明する前にレムなら分かるとは思うわ」
微かに瞳を伏せ、しっかりと少女は頷く。
その仕草で何か気が付いたのか、軽く片手を挙げ、
「じゃ、二人を連れてきて。クルト。僕は先に何時もの所にいるから」
レムはそう言うと奥へ消えた。
気軽な足取りの少女に続き、注意深く二人は奥へと進んだ。
なにびびってるのよあんた達 ―――
等とクルトからは突っ込まれたが、二人……と言うよりも約一名は、前この場所でとんでも無い目に遭っている。
何しろ、侵入者用の罠が幾重にも張り巡らされているのだ。
それこそ足の踏み場もない程。
さり気なく配線がむき出しになっている床は、踏むと電流が流れてしまう。
本能なのか、道筋を教えられているのか。
別段気にする風もなく、少女はヒョイヒョイ床を踏みしめ、廊下を通る。
今の少年に気に入られているらしいクルトには、罠が降りかかるようにはなっていないのだろう。
あっさりと、拍子抜けしてしまう程簡単に、その場所にたどり着いた。
幾つかの鉄の机と椅子。申し訳程度の小さな窓。
床には、先程と同じく下が見えない程のコードで埋め尽くされていた。
機械油と、試験管から香る、異質の臭い。
ぽこぽこと、何処からかあぶくの音が聞こえてくる。
全ての壁という壁は金属で覆われ、柱もやはり何かの金属で、鋲打ちになっている。
常人であれば、見てしまうだけで威圧感に気圧されそうになる程の、内装だった。
机の上には資料や教科書、両手を重ねるよりも分厚い本などが積まれている。
彼はその中の一つに腰掛け、片手で持つには荷が勝つような重量感のある本を机に置き、詰まらなさそうに眺めていた。
「ああ、やっと来たね。その辺に座って」
ちらりと少しだけ視線を上げ、本を閉じる。
「ん」
三人分の椅子を引っ張り出し、クルトは素直にレムの前に座った。
習うように二人も腰掛ける。
本には特に執着心はなかったのか、少年は顔を上げ、
「話の続きだけど。まあ、無い事はないよ」
何の前置きもせず、率直に言う。
「ほんと!?」
勢い込んで尋ねる少女を見ながら、白い獣耳を煩そうに倒し、
「嘘付いてどうするの」
ほんの少しだけ、肩をすくめたようだった。
「そ、そうよね。で、どんなのがあるの?」
気持ちを落ち着けるように胸に手を置いて、小さく頷く少女を冷たく眺め、
「尋ねるなら、説明くらいくれても良いんじゃない?」
言われた言葉に、嫌そうな顔でクルトは呻いた。
「う……分かってる癖に」
「え?」
虚を突かれたような、そんな目で……青年の姿のルフィが疑問符を浮かべる。
何かに納得したようにレムは頷き、
「……ま、大体はね」
静かな声で言葉を紡ぐ。
「何時から?」
首をかしげ、瞳を瞬かせる少女を見、一旦じらすように間を置き、
「リアクション大きそうだし。結構始めから、って言った方が良い?」
何処か意地の悪い、値踏みするような視線を向ける。
「え゛」
期待を裏切らず、クルトは大きく瞳を開き、間抜けとも思えるほど頻繁に口を開閉した。
恐らく、そんなに早くばれていたとは思わなかったのだろう。
固まっている少女を暫く眺めた後、手袋をはめた手で地面を指さし、
「足音」
端的に告げる。
「あ……」
床を眺めた後、その視線が少年の白い獣毛に覆われた耳に向く。
「そう言う事。歩き方が違うからね。質問の中身と合わせれば大体察しは付くよ」
「ちぇ、これだからレムって脅かし甲斐がないのよね」
「そんな下らないことのために来たんなら、たたき出すよ」
頬をふくらませ、軽口を叩くクルトに、片手を振り追い出すような仕草を見せる。
「あう。冷たい〜…って、馬鹿やってる場合じゃないのよ。真面目に困ってるんだから」
「先に振ったのは君だけどね」
「うっ」
情けない声をあげる少女に鋭い追撃が加わる。流石に言い返せなかったのか、クルトは沈黙した。
「兎に角、精神を交換する道具? その詳細について知りたいんだよね」
それを無視し、尋ねる言葉に、他の二名は無言で同意する。
「うう、三人とも……シカトだ」
嫌々をするように首を振り、クルトは白い指先で涙を拭う仕草をした。
「やる気無いなら本当に追い出すけど」
氷点下、と言っても差し支えのない視線を受けて、気まずげに首をすくませ、
「……うっ、聞くわよ普通に。重い空気を和ませようとか言う暖かい心遣いじゃないの」
「いらないよ。全ッ然和まないし、話が進まないから黙ってて」
手を組み合わせて微笑みつつ言う言葉を、少年はキッパリと容赦なく切り捨てる。
「うー。そんな力込めて言わなくても……了解」
何処か酷く寂しそうな声で、うなだれながら渋々クルトは口をつぐんだ。
「で、どうして僕に頼ったの?」
「……………」
気が付いたようなレムの質問に、無言の沈黙が答える。
「ああ、律儀に沈黙するのは良いけど、質問には答えてね」
半眼で少女を見やり、呆れたのか軽く片耳を動かす。
考え込むようにクルトはひとしきり唸った後、
「んーとね、その道具とやらが「古代技術」を使ってあったらしい。と言うのが答えかしら。勿論、レムが真っ先に思い浮かんだって言うのもあるけど」
人差し指を折り曲げながら返答する。ちょっとだけ間を置き、微笑んで二つ目の指を折った。
「それはどうも有り難う。ふーん、確かに古代技術付きなら話は変わるね」
有り難う、の部分を機械的に読み上げ、納得したように首を振る。
「レム思い切り棒読みだし」
聞こえないように小声で呟いたクルトの言葉は、僅かにふて腐れたような響きがあった。
「現物ある?」
「どう?」
道具の所在を尋ねられ、クルトは二人を反射的に見回した。
「ここに」
いつの間に取り出したのか、白い手の平にそれを包んだチェリオが、小さく声をあげる。
「あ、直接譲渡はしないでね。渡す事で作用する道具もあるんだから」
そのまま受け渡そうとする少年にストップを掛け、レムは机を指し示す。
思い当たる事でもあったのか、顔を微かにしかめ、
「……ああ、多分そのタイプだ」
苦いものの混じった口調でチェリオは呻いた。
「そう言うタイプのは、一旦地面に置いてから受け渡すんだよ」
「うう、済みません迂闊でした」
更に続く言葉に、気まずげにルフィは瞳を伏せる。
初歩の初歩で躓いた事への自責の念か。
それとも、気が付かなかった事への悔恨か。
硬い音をたてて置かれたそれを慎重に観察した後、手にとって。
「ふーん…… 魔力隠蔽型だね」
透かし見るようにして呟いた。
「なにそれ」
疑問符を浮かべる少女を見、
「罠だと気が付かれないように、魔力を一切関知させないように内側に押し込めるタイプだよ。術も使わずに見つけるのは困難なタイプかな」
彼女にも分かりやすく説明する。
「へぇ……そういうのあるんだ」
感心するようなクルトの言葉に頷き、
「それにしてもこれは巧妙に出来てるね。どういう仕組みなんだろ」
今にもノートを取り出し、詳細なデータを書き出しそうな瞳で道具を見つめる。
つきあいの長いクルトは彼の知的好奇心を理解し、
「レム、分解とか研究は後で幾らでもして良いから。今は解明の方を優先してよ」
ぱたぱたと片手を振って釘を刺す。
ただ「止めて」と言うだけでは気が付かなかっただろうが、「後で幾らでも」の部分が効いたのか、少年の気が現実へ戻った。
「そうだね。あまりに良くできてるから、つい」
名残惜しそうに見ていたが、それを振り払うように鑑定を続行する。
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