交わらぬ色-2






  澄んだ空気。
 頬を撫でる爽やかな風。
 昼下がりの午後、外で散策に出掛けるには丁度良いくらいの気温。 
「ふあ……ねむ」 
 そんな中、気だるげに伸びをし、青年は木立の下で寝ぼけ眼を擦った。
「……ねむい」
 欠伸混じりに呟いて、もう一度二度寝の体勢にはいる。
此処に知り合いの少女でもいれば、強制的に叩き起こされるだろうが、幸か不幸か今は居ない。
 腕を枕にしようとし、カツンと硬質な何かが肘先に当たる。
「ん? 何だ」
 閉じかけた目をうっすら開き、そちらを渋々眺めた。
柔らかな草に包まれる様に手の平に収まる程の何かが置かれている。
 先程の感触から言って、柔らかいモノではない。
「何だ?」
邪魔そうにそれを腕で振り払い掛け、踏みとどまる。
「下手に装飾品の類で壊してもアレだな。もしもあの女の代物だとしたら目も当てられん」
 一瞬知り合いの少女の憤怒の表情が脳裏によぎり、肩を抱いてブルリと身震いをする。
「恐ろしい。投げるのは止めておくか」
 間違ってあの少女のモノだとしたら死活問題だ。
 多分殺される。絶対殺される。
 紫の破壊神を思い出し、青年の背筋が冷えた。
「魔道具だとしても、衝撃を加えて暴発させるのも危険だな」
 まとわりつく眠気を頭を振って引きはがし、そうひとりごちる。
 半身を起こしながら、それを取り上げた。 
 銀製の楕円形の型枠に、鮮やかなスカイブルーの宝石がはめ込まれたものだ。
「……ただのペンダントにしか見えないがな」
欠伸をかみ殺し、空いた手で乱れた栗色の髪を軽く直す。
「あれ? チェリオどうしたの?」
 気怠そうに頭を掻く青年に、柔らかな声が掛かった。
「ん? ルフィか。いや……ちょっと落ちてた」
視線をそちらにやり、全くの無感情な声でそれだけ告げる。
 何時の間に来たのか、向かい側からローブを着込んだ少年が向かってきていた。
「落とし物?」
 分かりやすいとは言えない青年の言葉を難なく理解し、彼の目の前まで来た少年は、不思議そうに首をかしげた。
「あぁ……硬くて邪魔で寝にくい」
 面倒くさそうにそう言って、ペンダントをルフィに見せる。
「また此処で寝てたんだ。クルトが『アイツは何処行ったー』とか言ってたよ」
 樹と青年を交互に見、ルフィは苦笑気味な笑みを浮かべた。
「掃除は面倒だと伝えろ」
「またそんな事言うからクルトが怒るんだよ〜…」
 本気で怠そうな声音で、言われた言葉にがく、と少しだけ肩を転けさせ、ルフィは整った眉を寄せる。
 それを見ようともせずチェリオは首を横に振り、
「アイツは血管の切れが早すぎる」
 溜め息混じりに呻いた。
「……そ、そうかな〜」
「そうだ」
 考え込むルフィに即答し、深々と頷く。
 いまいち煮えきれない声を漏らした後、
「ううーん……あ、そのペンダントちょっと見せて」
気が付いたようにペンダントを見た。
「ん」
 宝飾類に関して、特に価値観を見いだして居ないチェリオはあっさり差し出す。
「持ち主の人は分からないけど、鑑定くらいなら出来るから」
 そう言って控えめに微笑むと、目を閉じ、小さな詠唱と共に軽く念じ始めた。
「……んーっと」
 柔らかな深緑色の光が宝石にまとわりつく。
「何か分かるか?」
「まだ良く解らないけど……発動は……」
 目を瞑ったまま青年の質問に答える。
 その言葉が途中で遮られた。
「発動? と言う事はもしかして魔道具か!?」
「そう……あ」  
 頷き掛けた少年の肩がピクリと動く。
「どうした?」
 僅かな動揺を感じ取り、訝しげにチェリオは尋ねる。
 口の中で小さく呟いて、
「発動まで後、三…… って、何かカウントダウンしてるよ!?」
 慌てたように術を解き、ルフィはバッと顔を上げた。
 白い手の平から宝石を奪い取る。
「……捨てるぞ」
 振りかぶり、投げようとした青年を見、
「でももう間に合わな―――」
 少年が絶望的な声を上げて……
目を焼くような純白の閃光が辺りを白一色に染め上げた。
「……っ」
「ま、まぶし…い」
網膜に支障をきたしてしまいそうな程の光量に、反射的に瞳を庇う。
 そして、数刻経った頃、漸く光は収まり―――
「くそ……今のは何なんだ」
「目が痛い〜 ってあれ……」
口々に言葉を零し、己の異変に気が付いた。
「え……?」 
目の前にいるのは鏡で見るような、自分の姿。
「なんだ…?」
 奇妙に視点の変わった視界。
 取り敢えず、二人は……

『な、なにーーーーーーーーーーー!?』

 悲鳴を上げた。





「と言うのが昨日の放課後の話なんだが」
 見慣れた少年、ルフィは何処か大人びた仕草で髪を掻き上げ、腕を組む。
「うん、もうみんなに気が付かれないようにするのが大変だったよ〜」
 それとは対照的に、眉を寄せ、チェリオは頬を掻く。
 世の中の支軸が何処か一本ずれてしまったような崩壊感に見舞われ、少女はグラリとよろめいた。
「だ、大丈夫?」
「気をシッカリ持て。図太さがお前の取り柄だろう」
 心配げに駆け寄る青年と、半眼になって冷たく言ってくる少年を交互に見……
「ふ、ふふふふ」
 しばしの沈黙ののち、肩をふるわせ、笑い始める。
「…………」
 思わず後ずさる二人を何処か据わった目で射抜き、
「良いのよ、良いのよ。分かってるんだから。
 もう、冗談にしてはタチ悪いわよ二人とも。
 今ならまだ悪ふざけって事にしてあげるんだからさっさと白状しなさいよ」
ふっと顔を笑顔に変え、優しく微笑む。
 気のせいか、何かへの拒絶感を感じる雰囲気で。
「僕達は本気だよ。クルト、信じてくれないの?」
 悲しそうなチェリオの言葉に、先程とは一転。
 晴れの天気が嵐に転じるような口調の変化。
「信じてくれない……ですって?」
唇を軽く噛み、青年の胸ぐらを掴み挙げる。
「……えと」
 戸惑う彼に鋭い視線を送り、掴み上げる力を強め、
「ええもう分かってるわよ、それはもう。嫌になるくらい! 大体十年ぐらいのつきあいなのよ。二桁なのよ! 
 これで分かんない方がどうかしてるわよ、仕草に、口調に、性格に、癖まで……ぜんぶ……」
 一気にまくし立てた。そこで、力が緩み、少女の表情に影が掛かる。
「ぜんぶ……一緒なんだもん、分からない方が馬鹿じゃない!
 でも、一日、変だとは思ってたけど……分からなかった、のよね」
微かな、自嘲気味の呟き。 
「クルト……」
「うむ、お前の脳味噌は元からお天気だという事だ」
 特に表情も変えず、少年は頷く。
「…………」
「ま、お前の他は異変に誰も気が付いていないようだったが」
 俯き気味の少女に気が付いたように視線をやり、付け足すようにそう言う。
「相変わらず紛らわしいフォローなんだから」
 それに苦笑しつつ、クルトは肩をすくめる。
「取り敢えず。現実逃避はこの位しておいて、何で言ってくれなかったのよ」
「ああ、その話か。有り体に言うとだな。
 俺達も状況を把握出来たのはついさっきという事だ」
「へ?」
 腕を組み、明日の天気を話すような口ぶりの少年――いや、チェリオの言葉に少女は間の抜けた呻きを漏らした。
「いやもう、頭の中混乱しちゃって、落ち着いて話が出来たのはついさっき。
 何とかなりきって演じてたんだけど、その間もまだ現実感が無くって」
 言葉を継ぐようにルフィがそう言い、眉根を寄せる。
 要約すると、二人とも今まで混乱の絶頂に居たらしい。
「……あー…そ、そう。あの、それから……聞きたい事があるんだけど」
 散々迷ったあげく、クルトはある聞き逃せない言葉の意味を聞く事にした。
 白状すると、さっきから聞きたくてしょうがなかったのだ。
「ん?」
「どうしたの?」
「えっと…… 『お前一人の身体じゃない』とか言うのはどういう意味だったのかな、とか」
 不思議そうに首をかしげる二人に、しどろもどろ視線を逸らし、尋ねる。
「え。聞いてたの!?」
「出歯亀か。盗み聞きはみっともないぞ」
 口々に言う二人の台詞をバッと、両腕を振り回して一蹴し、
「あーーう、そんなのどうでも良いの! アレどういう意味!?」
「ん? そのままの意味だろ。コイツが使っているのは『俺』の体なんだから」
「そ、それは。確かに」
『?』
 詰まったような呻きを漏らす少女を見、二人が訝しげな顔になる。
「じ、じゃあ『もう、誤魔化すのはこれ以上無理だよ……』とかは?」
「えっ? 僕、チェリオみたいに振る舞えないから、もう限界かな、って」
「…………」
「他に意味でもあったか?」
「どうかなぁ」
絶句するクルトを見て二人は首をかしげる。
「な、ななななな何でもないわッ。そ、そうよね。うん」
思い切り勘違いした気恥ずかしさから、瞬時に赤くなった顔を隠すようにブンブン首を振り、頷く。
「赤くなったり蒼くなったり忙しいな」
「具合でも悪い? 大丈夫?」
 労るようなルフィの言葉に手を振り、
「へ、平気。そ、そう。平気なのッ」
大丈夫だ、と言うように微笑んだ。微妙に引きつり気味に。
 ルフィは心配そうにクルトを見つつ、
「う、うん」
 納得は出来ないようだったが、深く突っ込んでは聞かなかった。
「あ、そうだ。戻るアテはあるの?」
「あるなら何時までもこんな姿でグダグダしていない」
 クルトの疑問に、不機嫌そうな声音でチェリオが肩をすくめる。
「まあ、そりゃそうか。全然アテ無し?」
 尋ねる言葉に、
「んーと、出来る限り調べたんだけど全然」
「こっちもお手上げだな」
 異口同音に口を揃えた。
「うう、参ったわね〜…本当に全然?」
 あまりの手がかりのなさにクルトは顔に手を当て、呻く。
 しばし虚空に視線を彷徨わせていたルフィだったが、ぽんと手を打ち、 
「あ、そうだ。鑑定の最中に少しだけ分かったんだけど。
 どうも、古代の技術が使われてたみたいなんだ」
 気が付いたように言葉を紡いだ。
「……そうね」
眉を寄せ、少女はひとしきりブツブツ一人で呟いた後、顔を上げる。
「何かアテがあるのか?」
「無い事もないわね。マトモに付き合ってくれるかどうかは微妙だけど……
 ま、あたしが頼めば何とかなるでしょ」
チェリオの疑問に答えず、そう言って自分を納得させる。
 窓の外を見、空の色が紅からくすんだ藍色に変わっているのを見、
「早く行きましょ」
 時間が惜しいとばかりに扉を引き、二人を呼んだ。
「ど、何処行くの?」
「何処に行くんだ?」
 不安げに尋ねるルフィと何処か憮然とした声音のチェリオの言葉に、
「ふふ、ついてくれば分かるわよ」
口元に笑みを浮かべ、少女は片目を瞑った。

 




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