れっすん・ぱにっく-3






 数時間後、意外と善戦したマルクは、スタミナ切れでリタイア。
 やはり、小さな身体には酷だったらしい。
 漸くクルト達の教室の番。
 だが、殆どの教室の生徒は脱落し、残るは数人の生徒だけだった。
風にローブをなぶられ、ルフィは空色の髪と服を軽く抑える。
 トーナメント表を見、レムは少し首をかしげた。
「ええっと? 次はシルフィ・リフォルド対ラッツ・ジーニ、と。
 ……誰その人」
 聞き覚えのない名前だが、此処まで勝ち上っているのだから、それなりに実力があるのだろう。
まあ、クルトの破壊活動が知れ渡りすぎて霞んでいるのかもしれない。
「えっと……」
 前に出てすぐ、ルフィは困ったような自信のない顔をして相手を見つめた。
自信が出たのか、相手は声高々に、
「何だ、優等生とか言っても、自信なさげだな」
 と、言う。それにルフィは弱った様な笑みを見せ、
「えと。ま、まあ……はい」
 俯き気味に頷く。
(……余裕満々。それは良いけど隙多すぎだね)
 この時点で、ラッツに対するレムの評価が僅かに落ちた。
『はい、始めー』
 やはり気の抜けるような声を上げ、校長が開始の合図を上げた。


「あ、あの……僕戦うの苦手なんですけど」
 開始の合図が入って、ルフィはすぐにそう呻いた。
 空色の瞳は不安で揺れている。
 レムは鋭い視線を返し、
「棄権したら分かってる? これはテストの一種なんだから真面目にやってね」
 睨み付ける。
「う……は、はい……」
どうやら、棄権する気は無くなったようだ。
「じ、じゃあ……自信ないですけど行きます」
 そう言うと、宙に指先を躍らせた。
 緑色の燐光を発し、宙に魔法陣が描かれ始める。
 ラッツは肩すかしを食らったように呻き、
「優等生って言ってもこんなモンか」
 半眼になった。
 場外でそれを見守っていたチェリオは、もたれ掛かるようにして眠りこけていた少女の体を揺さぶった。
「おい。起きろ」
「あう? ルフィの番ねー…」
 半身を起こし、寝ぼけ眼を擦りつつ、クルトはルフィの描き出す魔法陣に目をやり……
「ぁぁう……寝る」
 ぱた、ともう一度脱力する。
「……少しは心配とかしないのか」
 チェリオは僅かにあきらめの入った声音でクルトを見やり、呻く。
 五月蠅そうに片手を振り、
「あれはルフィの勝ち。あっち見てないし馬鹿っぽいし……お休みー」
 独り言のようにそう言うと、瞳を閉じる。
「は? オイ、こら……寝た」
揺さぶり、意味を尋ねようとしたがもう起きそうにない。
「……はあ」
 少女の重みを感じながら、青年は、深々と、嘆息した。


 ラッツは余裕の笑みを浮かべていた。
 ルフィの描き出す魔術構成が読みとれたからだ。
 その構成から行けば、風の弾を発射させる。ただそれだけの術。
 チンケな術に大仰な魔法陣を描く事に笑みを浮かべながらそれを見る。
 目の前にいる優等生は、相も変わらず自信の無い顔で手を滑らせていた。
 
 この時、ラッツに余裕を上回る程の理性があれば。
 ルフィの表情に何か目的のようなモノを感じて居れば、見れただろう。

 微かに呟く言葉が何かの呪詛で、そして、前方に描かれている魔法陣がそれだけではないと言う事に。
相手に気取られないように後ろ手にさり気なく回した指先で、小さな魔法陣を描き出す。 前方の魔術の構成と連動するような細工をくわえて。
 そして、完成した前方の魔法陣は光を発したままピタリと止まった。
「…………」
 見つめたままルフィは視線を逸らさない。
「な、何だぁ? 失敗か? 優等生さん」
ラッツは吹き出すのを抑えきれないようだった。
だが、ルフィは答えず、静かに跳ね上げた指先で後ろの魔法陣を完成させる。
「……馬鹿だね。あの人」
 それを見ながらレムは小さく嘆息した。 
 クルクルと前方の緑の魔法陣が回転する。
 淡い光を発しつつ、裏返り、傾く。
 無茶苦茶な動きで上下に動いた後、前後に向かって風の弾を発射した。
「うわ!? 暴走しやがったぞ!」
 暴走した魔法陣そのものの動きで辺り構わず打ちまくる。
 そして、何発か打ち込み終わり、ピタリと静止した。
「なっ……お前無茶苦茶制御が下手じゃないか、優等生が聞いて呆れるぜ!」
「…………」
 少年の嘲るような言葉には沈黙で答えた。
 弾痕は、音の割には近くの地面を四ヶ所程抉った程度。
 何故か他の生徒には掠りもしていない。
 奇跡的に。
 ルフィは静かに、……呟いた。
 最後の呪を紡ぐ。
風牙烈(ウイッド。ボムズ)!」
「なっ!?」 
魔法陣がルフィの前へと戻り、明滅。そして号令に応じて光が膨れあがり――――
「ぅわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
強烈な衝撃波がラッツを吹き飛ばした。
 地面にしたたかに打ち付けられ、ラッツは目を回し、地に伏せた。
 傷はないようだ。
 それを確認し、レムは口を開く。
「シルフィ・リフォルドの勝ち」
「ふう……終わったぁ」
大きく安堵の息を吐き出し、ルフィは小さく微笑む。
 横目でそれを見、口の中で呟きながらランクを見る。
「ラッツって人、頭が良くないよね……どんな点数なんだろ」
そして、しばし絶句した。
「……A?」
 ランク付けは「S・A・B・C・D・E」となり、左から順にランクが落ちていく。
 Aというのはルフィと同じランク付けだ。
「どういう眼をしてたらアレがAに見えるかな。
 B……でも勿体ないし、Cだよね」
 呟いて、レムはラッツのランクを書き換えた。
「それにしても、情報能力以前に……
 この人は状況判断能力に欠けてるよ。優等生って言葉の意味分かってるのかな」
 口の中で呆れ混じりの言葉を紡ぎ、ノートに書き込む。
 ルフィが先程見せた魔法陣の暴走。アレは偽装。
 相手の油断を解き、確実に攻撃を当てる為の手段だ。
 恐らくこうして手間取る方法を選んだのは、相手を怪我をさせないようにする為だろう。
 ルフィの実力でなら、簡単にそれは可能だろうが、自分を過小評価する癖があるのが何時もマイナスになっている。
 そして、レムは少し考えるように少年を見、『演技をもう少し上手くする事』
と、小さく書き加えた。

 




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