れっすん・ぱにっく-4






「よおっし、頑張るわよー♪」
睡眠を取れて元気になったクルトが校庭に立った。
 それだけで、ザザ、と生徒達が数歩後ずさる。
 そして、不幸にもその相手を受けるのが―――
 先程叩きのめされたラッツだった。
 何故彼が此処にいるかというと、自分で名乗りを上げたからである。
 それがどうして通ったかというと、代わりになろう、と言う者が現れなかったからだ。
 どうやら彼はクルトの事を良く知らないらしい。 
「ふふ、さっきは負けたけど、今度は可愛い女の子か。
 叩きのめすのは気が引けるけど、しょうがない」
 などと自分の髪を掻き上げ、嫌みったらしく言ってくる言葉に、クルトが不快そうに顔をしかめた。
 勿論、他の生徒達は更に数歩下がり、怯えと称賛の入り交じった眼差しで見つめている。
「んんー。アンタねー、乙女を甘く見ると火傷するわよ」
そう言って、少女は人差し指を左右に振る。
「君の事は調べたよ。何しろ学園一の落ちこぼれらしいじゃないか」
 自慢げに胸を張るラッツの言葉を耳に入れ、
「……本気で馬鹿だね……あの人
 学園一の落ちこぼれが、本当に落ちこぼれとは限らないのに」
レムは呆れたように瞳を閉じてひとりごちる。
「そう? 何なら試してみる? 手加減無用、掛かってこい!」
 不敵な笑みを浮かべ、クルトは声高らかに告げた。
『では、開始!』
 その台詞に、校長の言葉が入り交じる。
 始めに詠唱を始めたのはラッツ。
「さて、クルトちゃんの恐ろしさ、思い知らせてあげるわ!」
 言い放つと印を結び、詠唱を紡ぎ始める。
 呪文の内容に、ラッツの顔が強張った。
「我求むは紅蓮の炎 竜王の牙のごとし煉獄(れんごく)の炎よ 我の求めに応じ姿を現せ」
 魔力が少女の体からあふれ出し、その周りに渦を作り始める。
 そして詠唱が進むごとに力はますます膨れあがっていく。
 圧倒的な魔力の波動。
「気高き王の血潮(ちしお) 世界を喰らいし(はがね)の刃 闇を砕きし(まこと)なる炎よ」    
「な……っ」
 ラッツが呻くような言葉を漏らした。
 それは当然だ。
 長い詠唱、それは大きな隙を呼ぶ。
 だが、少女の紡ぐ詠唱の速度は尋常ではなかった。
指が空を切る音に混じり、通常の倍以上のスピードで言葉が紡がれる。
 先に始めていたラッツの詠唱の方が追いついて行かない。
 クルトの口元に薄い笑みが浮かぶ。
 少女は長い詠唱の後半部分まで唱え終わっている。
 間に合わない事を悟り、少年は術の方向性を変えた。
「灼熱の顎門(あぎと)よ (くう)を裂き 姿を現せ! 竜王炎牙(ドラグ・レイ)ッ!」
「風よ!」
 同時に詠唱が終わる。
 言葉にこたえるように、少女中心とし炎の渦が立ち上る。
 そして、雪崩れ込むように深紅の炎がラッツの元に向かって舌を伸ばす。
 対して、少年の放った術は強風を放つ術。
 僅かに揺らいだモノの、モノともせずに少年へと向かって突き進む。
 轟音と共に、赤い光がはじけ散り。
 土塊を巻き上げ、大気を揺らし、振動は収まった。 
 クルトは手をゆっくりと下ろし、振り向く。
 辺りは静まりかえり、死んだように全員、動かない。
 地面には、クレーターと言っては収まらない程の大きさの穴が開いていた。
 草は灰になり、容赦なくえぐれ、赤土がむき出しになっている。
ラッツは避けたのか、軽く焦げる程度で済んだようだ。
「やっりぃ♪ やったね! どう? 
 レムみてみてみてーもう、中級魔法バッチリ決まったわよ」
 片手を上げ、軽く一回転をしてクルトは嬉しそうに無邪気な声をあげた。
 楽しげに笑みを浮かべる少女を冷淡な瞳でレムは眺め、
「クルト、良く聞いて」
 吐息を混じらせ、言う。
「ん?」 
「今調べているのは君の術の大きさじゃなくて、戦略とかそう言うのなんだけど。
 何目一杯破壊まき散らしてるのさ。戦略も何もないじゃないこれじゃ」
 首をかしげる少女に向かって、冷静にナイフのように鋭い指摘を入れていく。
「うっ」
 気が付いたようにクルトが眉間に皺を寄せ、苦しげに呻いた。
「大規模破壊してどうするの。ちゃんと普通に戦ってよ」
 更に追撃は続く。
「うぐぅ…ぅ」
僅かに後ずさり、クルトは冷や汗を垂らした。
 確かに初級呪文より上位である術を使えたのは凄い。
 凄いが、そんなモノをバカバカぶっ放していたら、この辺りが穴ぼこだらけになってしまう。
 それにレムが言うように、この実技は魔法が出来るかだけではなく、状況判断能力を調べる為のモノだ。大きな術で一撃必殺!や 殲滅(せんめつ)されても困る。
「そう言うわけで、クルトもう一度戦って」
「あう」
 レムの駄目出しに、拒否の言葉すら見つからずクルトは頭を垂れて呻いたのだった……


「こ、今度こそ!」
 ちょっとだけ焦げたラッツが涙目でクルトを睨んだ。
「こ、こっちこそ!」
 そして気まずげに眉を寄せていたクルトが慌てたように頷く。
「行くぞ!」
 しかけたのはラッツ。
 風の術を身に纏い、加速しながら少女へと突っ込む。
 クルトは……動かない。
(―――なんて余裕だ……もしかして隠し球がまだあるのか!?)
 心の中で混乱しながらも、勢いを殺さず拳を固めた。
 これがあの化け物に当たるとも思えないが、けん制にはなるだろう。
そして目前まで迫る。
 まだ、動かない。
 何か絡み手があるのか、とも思ったが、引き返せるような距離ではなかった。
 隙を見せれば、殺られる!
(ままよ!)
 固めた拳を少女の腹部に向かって放つ。
「――――――!」
 悲鳴を上げるまもなく、小柄な少女の体はあっさりと吹き飛ばされた。
 全くの無抵抗で。
 拳を放ったラッツは、それを信じられないような眼で見、呆然と立ちすくんだ。
 体をくの字に折り曲げたまま、クルトは勢いよく後ろへとはじき飛ばされる。 
「クルト!?」
 見ていたルフィが悲鳴を上げた。
 腹部に当たった打撃はそれ程でもなかったようだが、彼女の背後には大木が待ちかまえていた。 
 叩き付けられれば、ただでは済まない。
 あわや叩き付けられる寸前、
「なにをやってる。お前」
呆れたような声音と共に、少女は猫の子のように首根っこを掴まれたまま捕獲される。
 さも当然の成り行きとばかりに青年は少女をぶら下げたまま平然と辺りを見、
「……偉い有様だが。人が寝てる間に何しでかしたんだコイツは」
 眉を微かに跳ね上げ、呻く。
先程の腕の動きは、まるで、軌道の読めたボールを掴むような滑らかさだった。
 常人にはとても真似の出来ない行動だったが、チェリオは特に気にならないらしい。
 いや、きっと自分の取った動きの異常さに気が付いていないのだろう。
 特に驚くでもなく、レムは片耳を少し動かし、
「ああ、ちょっと暴れただけ。捕まえてくれて助かったよ。
  死人が出たら洒落にならないから」
 片手を広げて小さく嘆息した。
 チェリオは良く解らないと言った顔だったが、
「ん? ああ。角度がやばそうだったからな。
 何となく死ぬとマズイかと思って捕まえておいた」
腕を組み、頷いて答える。
「こふっ……けほっ……ううー痛……」
 間を置き、宙ぶらりんになっていたクルトが噎せ込んだ。
 軽く片手で意識を確認するように少年は彼女を扇ぎ、
「大丈夫? 何で真っ正直に受けてたの。しかも無防備で」
 尋ねる言葉に顔を上げ、情けない声をクルトは上げた。
「だってレム『大規模破壊』したら駄目だっていったから……」
 白けた空気が寒風となってその場を吹き荒ぶ。
 痛む頭を抑え、
「…………やっぱり、馬鹿でしょ……君」
 虚空に視線を向けたまま、レムは口を開く。
「あぁっ、そんな事言うの!? 言われたから使わなかったのに」
憤慨したように声を荒らげ、元気を取り戻したのか、少女はバタバタと両手を激しく動かした。
 迷惑そうに顔をしかめながら、恐らく面倒なのだろう。振り回される腕を軽く顔をずらして避け、ウンザリと嘆息しつつも青年は文句を言わない。
「だからって、魔法使わなかったら何の為の実技だよ。
 第一それじゃあただの格闘試合、肉弾戦じゃないか」
「言われてみれば……そうかも」
 げんなりとしたレムの言葉に人差し指を口に当て、クルトは納得したように空を見上げ、呟いた。
「というか、お前全然動いてなかっただろ」
「そりゃもーか弱い乙女ですから」
チェリオの言葉に少女は良く解らない返答を返し、髪を掻き上げて胸を張る。
「と言うわけで仕切り直し。三回目やってきて」
「うぅー。OK」
 容赦ないレムの言葉に、肩を落とし、クルトは配置に付き直した。
「クルト、さっきの言葉は取り消し。観衆巻き込まない程度にやってね」
「はーい、では、いきまーす」
「こ、こい!」
 気軽なクルトに対し、ラッツは必死の形相で術を唱え、跳ね上がる。
 何か力がまとわりついているのか、通常では考えられない程の高さまで飛んだ。
 大木の背を高々と越え、詠唱をしながら落ちていく。
 それを眺めながら、少女は手を踊らせた。 
 詠唱を唱えるに従い、彼女の羽織った深緑色のマントがゆっくりと風になぶられるようにはためいた。
「力強き大地よ 我が意に従い (くさび)となれ! 大地隆起(アースダウト)!!」 
しっかりと呪を紡ぎ、静かに片手を上げる。
腕の動きに合わせるかのように、大地が盛り上がり、辺りを震わせた。
 まるでその姿は、呪を表すような、何物をも貫かんとする鋭き楔。
 ゆっくりと、しかし鈍重ではない速度で大地うねる。
 柔らかな包容のようにその身を伸ばす。だが、先端に宿るのは死の輝き。
 上空で呪文を唱えていた相手は、慌てていたようだった。
 恐怖に顔を引きつらせ、何か叫んでいる。
「ふ・ふ・ふ・ふ、学園最下位の力を侮ったら駄目なのよぉ」
 手の平を掲げたままゆっくりと力を練り込み、更に範囲を狭めた場所で鋭利な先端をますます鋭くさせようと、集中……に入りかけた少女にレムが無表情で近より。
「何をやってるの何を」
 パコン、とノートでクルトの後ろ頭を軽く小突く。
「あぅっ! 何するのよレム! 痛いじゃない」
「良いから術を解いて」
 頭を抑え、文句を飛ばす少女を横目に、そう告げる。
「なんで?」
 心底不思議そうに首をかしげた。
「今、実技訓練で実力を見るんだよね」
「うん」
「魔物とは違うんだよ」
「うん……そいで?」
「…………」
 全く分かっていない少女に嘆息しながら、凶悪な鋭さを見せる隆起した大地を無言で指し示す。
「あ」
 そこで、漸く彼女も気が付いたようだった。
「もしかして……死んじゃうかしら?」
 落ちてくるラッツを見て呑気に呟いた。
 何の力を放っても、串刺しは免れそうにない。
「殺してどうするのさ」
 レムは呻くような声音で顔を押さえ、
「兎に角、引っ込めてよ」
 手を軽く振って『仕舞え』と促す。
 だが、沈黙を少し挟み。少女は引きつり気味の笑顔で、
「し、仕舞えって言われても…………ど、どーやるんだっけ」
 困ったように武器と化した地面を眺めた。
『………………』
鉛のような沈黙が落ちる。
 彼女は術を行使する事には長けているが、それを収まらせたり制御したりするのは苦手とする所だ。
 わたわたするクルトを睨み付け、
「早くしてよ本気で串刺しになるでしょ。
 地面に呼びかけて維持させたなら、応用で地面に戻す事も出来るはずだよ」
 そう言う。
 少しだけクルトは怯えたようにレムの方を見、
「どう、するのかなーとか思ったり思わなかったり」
 両手を軽く『どーしよう』といった感じに広げて、可愛く首を傾けた。
 普通の失敗であれば誤魔化せたかもしれないが、状況が状況だ。
 特に、レムにはそう言った手は効かない。
 業を煮やしたようにビシ、と地面を指さし、
「ああ、もう! 簡単に言うけど、何でも良いから「引け」と念じれば良いんだよ」 
 苛立ちを交えつつ言い切った。
「えっと……ひ、引け! 大地よっ」
 こくこく少女は慌てて頷き、ぎこちなく手を動かして……
地面は、応え、元の形状へと戻っていく。
 全ての先端がゼラチンのように崩れたすぐ後、少年の体が地に落ちる。
 ギリギリだった。
「あ……う」
 生死の狭間を間近で味わったラッツは、どう見ても戦意を喪失している。
 死の恐怖で体が震え、立つ事もままならないようだ。
 軽く肩をすくめ、
「ラッツ・ジーニ。戦意喪失により失格」
 レムはそう言い、少女に視線をやり、
「クルト・ランドゥールはもう一度戦闘を行う事」
 告げた。
「うえぇっ」
 後ろでクルトの嫌そうな悲鳴が上がる。
「お疲れ様でした」
その横では気絶し掛かっているラッツを、ケリーが介抱していた。
「……クルト、何か『問題』でも?」
「ないです……」
 先程の事もあり、やはりクルトは口をつぐみざるを得なかった。 
もう一つ、理由があるとすれば……逆らう勇気がない位か。
 
クルトは累計にして四度目の戦いの舞台に、再度降り立った。

 




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