れっすん・ぱにっく-2





「はぁい。皆様、おっはよーございまーす♪」
 何故か深紅の薔薇を一輪片手に持ち、絞め殺してやりたいぐらいの脳天気な声で金髪の青年は校庭に立ち、告げた。
 穏和な顔立ち、そしてのほほんとした空気。
 始終ニコニコと笑みを浮かべてはいるが、一応この学園の校長。レイン・ポトスールだ。
「相変わらず力が抜ける動作だわ」
 髪を掻き上げ、ウィンクを送る仕草に、昨日死ぬ気で課題を終わらせたクルトが、疲れたように嘆息した。
 何とか生き延びれたらしい。
だが、疲れのせいで体から溢れる倦怠感は拭い切れていない。
 それを感じ取ったのか、隣で空色の髪を持つ少年が不安げに眉を潜めた。
「だ、大丈夫?」
「あー 大丈夫大丈夫。平気平気」
 言いながらも、声はほぼ死んでいる。
「とか言ってる頭が左右にフラフラ揺れてるぞ」
 ぺしぺしと軽く少女の頭を軽くはたき、栗色の髪の青年は半眼で呟いた。
 振り払う気力もないのか、クルトはグッタリと肩を落とし、
「あたしは寝る……寝せて。
 頭ん中文字が飛び交ってて昨日はよく寝れなかったのよ……」
文字通り左右に揺れ、近くにあった樹にもたれ掛かる。
「よ……」
 しかし、脇を抱えて持ち上げた青年によって、それは阻まれた。
 一瞬、緊張した空気が駆け抜けたが、
「チェリオー……頼むから今日は寝せてぇ〜〜」
 クルトのだれたような呻きによって霧散する。
「…………」
 幼なじみの姿を見、空色の髪をした少年は、整った眉を寄せて驚いたように沈黙した。
 チェリオは自分の栗色の髪を軽く掻き上げ、
「……重傷だなこれは」
 片腕で少女を支えたまま呆れたように言葉を紡ぐ。
「順番来たら、起こしてねー…チェリオでもルフィでも良いから」
そんなのはどーでもいい、とばかりに半分瞳を閉じ、クルトは脱力する。
『で、審査は僕がするので覚悟しておく事。文句がある人は手を挙げて』
三人でゴチャゴチャやっていると、校長の腑抜けた様な、だれた声音が、涼しげな少年のものに変わった。 
無論、その言葉に否定意見が出ようはずもなく、辺りはシン、と静まりかえる。
 蒼い尻尾髪を軽く手の甲ではじき、レムは小さく頷いて、
『甘さは一切抜きで、厳しく審査するから、そのつもりで」
 元よりレムが甘さなんて見せた事がない、と言う生徒達の突っ込みは心の中に納められる。
この少年の目前で口に出せる程命知らずな輩は、居ない。
『そんな感じでですねー適当に組み分けしちゃいまーす』
後を継ぐように、何処か頭のネジが軽く緩んでいそうな底抜けに明るい声が言った。
『えっとですねー、クルト・ランドゥール……』
 と、いきなりクルトの名前を出してくる。
「おい」
 眠り掛けている少女はチェリオはガクガクと揺さぶり起こす。
「ふにゃぅ? あう゛…ねむ…ぐー」
 振動に僅かに頭をもたげ、少女は敢え無く力尽きた。
 校長は淡々と、
『その他の生徒は、最終組にしておきますねー。
 あそこのクラスはちょっと変わってますから』
 その言葉に、辺りが安堵のざわめきを漏らす。
 恐らく、他のクラスの生徒達なのだろう。
 名前を出すだけでこの反応。よほど恐れられているのか。
 まあ、毎朝クレーターをつくっていれば、当然の反応だったが。
「……まだ起こさなくても良いのか」
「うん、そうみたいだね」
疲れたようにそれを眺めるチェリオに、ルフィはため息混じりで微笑んだ。


審査は順調に進んでいる。
 意外な事に、成績優秀であるケリーは途中で辞退してしまった。
彼は防御や治癒に長けている反面、攻撃はあまり得意ではないらしい。
 まだクルト達の教室の順番まで回っては来て居ないが、次の人物は、クルト達の見知った人物。
 オドオドと辺りを見回し、少し首をすくめたような格好で大きめの瞳を潤ませ、前に出た。
「お、お手柔らかにお願いしまぁ〜す」
 草色の柔らかな髪の毛、そして腰に巻き付けた薄い藍色のマント。
 魔法文字の縫い取りがされた大きめの洋服を着込み、不安げに後ろを振り返っている。 十歳ほどの可愛い男の子だ。
 白い肌が明るめの服に合い、愛らしさを引き立てている。
 小柄な少年の目の前に居るのは、平均より高めの身長の、少年だった。
 コチラが十歳くらいに対し、相手は十五歳程。
 明らかに不利だ。
クルトの幼なじみ、スレイの一番下の弟だ。
更に言うならケリーの弟でもある。
「あう……リタイアしちゃいたいかも」
 怖じ気づいたように僅かに後ろに下がり、後ろを見るが、レムは無表情。
 校長は笑顔で手なんかを振っていたりする。
「よ、ようし。ボクだってやっちゃうんだから」
「それいけマルクー」
 拳を握り、自分に言い聞かせるように頷く少年に、大きな声が突き刺さった。
「うう、兄ちゃんは脳天気だなー」
 大きく嘆息し、疲れたように相手を見た。
 どう見ても、自分の方が分が悪い。
 そして、
「始め」
 のんびりとした校長の開始の合図が放たれた。


 開始と同時。
「わわ〜〜」
 ちょっとだけ間抜けとも思える声を上げ、マルクはその場から飛び跳ねた。
 足下に、氷の柱が出来た。
「んもう、せっかちさんだなぁ」
 ブツブツと口の中で文句を言いつつ、(しゅ)を唱える。
指で描くのは印ではなく、呪詛。
白い光を浮き出させ、魔法文字が空中に描かれる。
 頭が良すぎる兄と、頭が悪すぎる兄に挟まれ目立っては居ないが、成績は悪くない。 今描いているのはマルク独自にアレンジした特製の魔法だ。
 普通は印を結ぶのだが、これは魔法文字を宙に書き込むという特殊な方法。
 相手が見慣れぬ動作を見、一瞬立ち止まる。
 チャンスだった。 
「紡ぎし言葉 夢幻(むげん)の鎖となりて 我に立ち向かいしモノを捕らえよ」
一気に言葉を紡ぎ、素早く小さな細い指先を踊らせる。
夢幻霧(ミスティーア)!」
言霊が、唇から解き放たれた。
 同時に、辺りに濃霧が漂い、視界を乱す。
 ゆっくりと、マルクは次の呪文を唱えながら手の平を掲げる。
 その間に、色が薄れるように霧が薄くなっていく。
 相手が自分を視界に捕らえ、詠唱を開始するのが見えた。
 だが、慌てずに呪を紡ぐ。
 前方に立っていた、上級生らしき人物の術が完成する。
 勝利を確信したような顔。
 やはり、動かずにゆったりとした動作で呪文を続けた。
 そして、投げつけようとしたところで相手の顔色が変わった。
 キョロキョロと辺りを見回し、何かを探すような、怯えたような顔になる。
「我願いしは 永久(とわ)の安らぎ (いざな)うは愚かなるモノ 大気よ、夢へと導け」
 手の平に光が集まり、辺りを染める。
 だが、染めるのは自分の顔だけではない。
 何十と言った光が辺りを白く映している。
 そう、相手を取り囲むように何人ものマルクが無邪気な笑顔を浮かべた。
睡風魔(スリープト・ロワ)」 
死刑宣告のように、最後の呪を解き放つ。
 白い光が標的を包み込み、優しくまとわりついた。
恐怖で歪んだ相手の顔が薄れ、穏やかなモノになっていき、地に伏せる。
 聞こえるのは、寝息の音。
 レムが顔を上げ、
「はい、マルク・バスタードの勝ち」
 パンと手を叩く。
 そこで、……勝負は付いた。
「やったぁ☆ うう、怖かったよ〜」
 眉根を寄せ、胸をなで下ろすマルク。
 それを見ながら、
(相手の視界を乱す術と、幻を見せる術の組み合わせを一回。
 ……最後に眠らせて終わり。なかなか良いね)
 思考を巡らせる。
(意外と頭の巡りは良いと。ランク上げしておこうかな)
 ノートを取り、小さく『合格点』と書き込んだ。




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