三章:白い歓迎−4

客との戦いの始まりであるが、神父敗北色強し。


 亜麻色の髪をなびかせ、シスターの一人が聖水だろう水を一握り投げつける。甲高い笑い声が喉を潰されたように濁り、途切れた。
 舞台と化した円の中心にはシスターが二人と、先程の神父ともう一人聖職に就いているのだろう男の人が居た。
 始まりの合図は何時だっただろうと軽く目を瞑る。


 見物料の発言の後、「高けぇよ神父」「奮発して三ベクムだからな」とのヤジが飛び鈍い色をした硬貨。多分銅貨が近くに設置してあった籠にちゃらちゃらと数個投げ入れられた。
 どうも十五ベクムはあの神父様の希望価格だったらしい。基本はその人達の意志で決まるのだろう。
 ヤジを受けながら、不良な神父様はあからさまに落胆した様子になっていた。そんなに落ち込むなよ。
 貯蓄はしたいところなのでナーシャの言葉に甘えてお金を投げるのは止めた。人生何があるか分からない、右も左も分からない異世界だお金は大事にしなければ。
 同情はしたが心を鬼にする。
 ある程度してから硬貨が落ちる音が止む。わっと歓声が上がった。
 ステージ代わりの円に入り込む人影に目をやって成る程と納得する。
 修道女の服を身に纏った大人しそうな女性が一礼した。腰まで伸ばされた亜麻色の髪がふわりと揺れる。
 たとえるなら無垢な白い花。高貴な面差しではないが、素朴な可愛さと美しさを同時に感じさせる顔立ちだった。
 もう一人後に続いて、スカートの裾をつまんで元気よく一礼する。耳元で二つに結ばれた鮮やかな赤髪がぴょこんと跳ねる。
 長さはそんなに無く子供っぽいと言われればそれまでの髪型も、茶目っ気のある彼女にはよく似合うと思った。大きめの朱の瞳、くるりとターンして場を盛り上げるその人には、顔のそばかすすらチャームポイントになっている。
 先程の女性が白い花なら、こちらは元気に野山を彩る黄色い花。見ているだけで元気になれる。
 美女が二人。場を盛り上げるに充分だ。
 一人は目を癒し、もう一人は心を明るくさせる。神父様も目つきが多少悪いだけできちんとすれば美男子の部類だ。
 満員御礼になっても疑問はない。なのに何故この程度の観客なのだろう、と疑問に思っていると。
 おお、お、と。場が急激に盛り下がる。
 先程が真夏日和だとするならば、現在一気に北国の気温まで下降中だ。なんだこの落差は。
 探すまでもなく、熱気のこもった空気をどん底に突き落とした人物を発見した。
 彼もまた主役の中に入っているのだろう、ステージの中央へ進んでいく。
 
 ああ、確かに。美女のオーラ打ち消されるわコレは。

 私は心の中でうむと頷き、隣で彼が頭痛を覚え始めたか頭を抱え。ナーシャがウンザリとした溜息をついた。
 毎回の反応なのかコレ。なら、いい加減慣れてやればいいのに。とは思うものの、相手のインパクトが強すぎるかとも考える。
 不良神父だけで充分衝撃を受けたが、上には上が居るものだ。僧侶か神父かは知らないが、聖職に就いているであろう彼はくたびれた煙草のような物を口の端で揺らしながら、悠々と歩いてきた。
 しかも僧服すら着用していない。まあもうこの際それは良いことにする。だがせめて服ぐらいちゃんとしろと言いたい。
 一応教会で、一応ショーで、確実に人前に出るのに、彼はくたびれた煙草に劣らない程の服で堂々とステージに上がった。
 無精髭が生え、目つきは良くない上に、茶色の瞳はどこかの筋の人のような刃の如き輝きを含んでいる。
 絶対聖職者じゃねぇだろと突っ込みたい気持ちを抑え、観察を続ける。その間にも、スパーと旨そうに煙草のような物を吸っている。
 せめて吸うなら人目の付かないところで吸え。声を上げることはないが、亜麻色の髪のシスターが彼を睨んでいる。
 年齢は四十ほど。恐らくこの教会の今出てきた人達の中では年長者だろう。
 聖職者というか行動といい目つきといい。完全に悪人の部類だ。
 ヤクザ……とはもうちょっと違って。暴走族は近いけどそれもまた違うな。
 これだけ場違いな空気を発すれば、客も引く。しかも相手はお世辞にも清潔感があるとは言い難いおじさんだ。
「かーっ、ゲスな下級悪魔を見てもコレは旨いねぇ」
 インプの醜悪な顔を目の前にして旨いのだと言える神経には恐れ入る。
 教会で煙草に酒を持ち込んだり、正装すらしない上にこのふてぶてしい態度。
 なんというか、もの凄い罰当たりじゃないのか。
「ボドの馬鹿ーーー! ケーキ避けたぁっ」
 今までの怯えや何やらはどこかに吹き飛んだのか、ナーシャが座ったまま大声で抗議する。
 あー、〈駄目なおじさん〉と言うのは彼のことだったのか。確かに見た感じ駄目そうだ、色々と。
「おぉ。その声はナーシャじゃねぇか。ケーキは悪魔に当ててやれ。
 俺は甘い物が苦手でねぇ、大人の苦みある食い物が好みだな」
 視線はこちらに向けずに豪快に笑い声を上げ、大げさに肩をすくめる。
「元々砂糖入れて無いじゃない。ボド悪魔!」
 茶化すような声に、ぷりぷり怒る少女。

「あー、頭から食う趣味もねぇなあ」
 わざとナーシャをからかっているのだろう。とても楽しそうにゲラゲラ笑っている。
 そうだ。チンピラだ。この人はなんかもう、まさしくチンピラって感じがする。

 不良神父(確定)にチンピラ神父(多分)。どうなって居るんだこの教会。
 あらゆる面で個性的な聖職者達に、私達が足を踏み入れたのが、まともでない教会だと思い知った。

 
「さて、一丁やりますかね、不良神父さんよ」
 ナーシャからボドと呼ばれた彼が、口元にくわえていた煙草を外し手元にあった聖水を垂らす。おいおい。
 じゅ、と音を立てて煙草の火が消えた。神をそれ程信仰していない私ですら、聖水をそんなことに使うなよと突っ込みたくなってくる。
 仲間内からも不良確定されているらしい。
「テメェにだきゃ言われたくねぇよ」
 心外だと言いたげに苦虫を噛み潰したような顔になる。やはり彼も口が悪かった。
「謙遜するなよ」
 へっ、と笑うと煙草を投げ捨てて小振りのナイフに聖水を振り掛けインプに突き刺す。
 笑い声が断末魔の悲鳴に代わり、灰のような粉が舞い散り消え。ぽとりと吸い殻が赤い絨毯に落ちた。
 
 それが開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 

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