袋に釣り下げられた生贄に誘われるようにそれらは集まってきた。コウモリのような羽に尖り歪んだ耳。違和感を感じさせる程の大きな頭にぎらついた眼がくっついている。
初めて見る者ならばその外見の醜悪さにうめきを漏らすだろう。時折漏らす甲高い笑い声も妙に耳障りだ。光に寄せられる虫のようにフラフラと舞台と化した円の中央に不規則な動きで十匹ほどがたどり着いた。
扉を開けるなんてお上品なことはしていない。奴らは壁をすり抜けていらっしゃった。
よくそれを観察し、納得した。
インプだな。
それ以外の感想はない。長年の悪魔強制同居生活により、インプ自体見飽きている。あの甲高い笑い声が懐かしいと思い出に浸るのは、どの世界においても私一人くらいなものだろう。
あのころは恐怖したものだが、今見てみると意外に可愛いではないか。鎌振り回してくる何処かの悪魔と大違いだ。
奴らの進化がインプ止まりだったらそう大した問題じゃなかったのになぁ、と憂鬱になる。
隣にいるナーシャは緊張しているようだった。ぎゅ、と無意識なのか私のスカート部分を掴んでいる。安心できるならとそのまま掴ませておいた。
彼はと言うとインプを見るのは初めてなのか微かに顔をしかめている。
この様子だと下級悪魔すら見たことがないようだ。だが、彼に取り憑いていたのは明らかに下級悪魔とは毛色が違っていた。
ということは、あの村は運悪く襲撃されたんだろうな。
ただ、私が知っているインプとこの世界にいるインプは少々違った。
ノイズ混じりの声で狂ったように笑った後、口汚く罵り、脅すような台詞を吐く。
対象はどれでも構わないのか、椅子に火を付けてやる。教会の壁を叩けば楽しいことになるだろう。と挑発的に言うのだ。
椅子はともかく教会は冗談でも叩かないでくれ。この教会ホントに潰れそうだから。財政的じゃない方で。動揺や怯えを誘うのが目当てなんだろうが様々な意味で心臓に悪い。これはこれで相手の術中にはまっているのだろうか。
子供レベルとはいえ、ここのインプは知能が高い。私の側にいたインプは笑うのがせいぜいで物を動かしたり、ましてや脅すなんて事は出来なかった。
進化が急激すぎたせいで脳まで追いつかなかったのかもしれない。しかし、このインプ達は本当に言葉が悪い。悪魔の脅しや煽りには慣れているはずだが、無差別な悪意は胸焼けがするほどに気持ちが悪くなる。
少なくとも子供に見せたりするもんじゃないなと隣のナーシャの頭に軽く手をのせた。ビクリと震えるが微かに力が抜ける。
説明してくれていた時の口ぶりでは慣れてはいるらしいがやはり怖いんだろう。言葉が見つからなくても、恐怖を和らげる位は出来る。
「相変わらずアイツら気色わりぃなぁ」と酒の入った大人ですら気味悪がるのだ。子供が怖がるのは当たり前である。
しかし、主演達はいつまで待たせるつもりだろうか。CMだってここまで長くはない。
ここが映画館ならばポップコーンでもポリポリと囓っている。ま、実際映画館に素直に行けたのは小さな頃までだったが。悪魔が進化してからはあんな闇の中に突入する勇気はなかった。
異世界に連れてこられて姿は変えられても、悪魔をはべらせ状態でなくなって多少心が軽い。どんなところであろうと、ぐっすり眠れるという確信が持てる。
私は夕暮れと共に暗くなる室内を見つめて、生まれて初めてに近い安らいだ就寝に思いを馳せた。
ざわりと辺りの空気が変わる。わぁ、と隣で固まっていたナーシャが嬉しそうに声を上げた。
とうとう主役達のお出ましかと顔を上げ。
ステージに上がった主役の一人である神父……様を見た瞬間頭痛が襲った。
これが映画の序幕であれば、囓っていたポップコーンを口から落とし、更にカップを滑らせ床にぶちまけている。
その位衝撃的だった。出現方法ではない。その神父の存在自体が衝撃なのだ。
「なんですかあれ」
絶句している私に彼が声を掛けてきた。
なんですかって。なんだろう。
格好は黒の僧服、片腕に抱えた聖書。紛う事なき神父様だ。
きちんとそれを正式な格好で着用していれば私だってそれ程驚かなかった。
まず、服の乱れが酷い。着崩したにしても今朝帰りしましたと言わんばかりの乱れっぷりだ。
寝坊したところを叩き起こされて慌てて着ればこんな格好になるのかも知れない。というかそうなんだろう、きっと。
虚ろに開いた目がショボショボとしていて今にも船を漕ぎそうだし。乱雑に切られた錆色の髪もだらしなさを強調している。
そして、観衆が居ることにも構わずに欠伸を隠すことなくしてくれた。暮らしていた私の世界のイメージが強すぎるのかも知れないが、コレはちょっとどうかと思う。
隣を見ると怒るのも忘れたように彼が半眼になっていた。やっぱり彼から見てもこう、なんというか。
不良神父に見えるんだろう。ナーシャが多少口ごもったのが何となく分かった。
あの神父様はやる気が無さ過ぎる。身体の端々から「ああもうめんどうくせぇなぁ」という空気が滲み出て余りある。
ようやく目が冴えてきたのか、こほんと神父様らしい長身の青年……二十歳後半ほどの人物が咳をして観客を見回した。
そして手を広げ。
「下級悪魔との戦いだ。見物料は十五ベクム!」
教会内に響く声で楽しげに告げた。まるで獲物が来たことを心待ちにしていたような顔である。
待て神父。インプを狩るのは構わないが、楽しそうに宣言するのは神職としていかがな物か。
そして十五ベクムってぼったくりと違うか。百ベクムで私達一週間宿取れるんだから。
あの人に浄化とかされるのか。嬉々とした表情の神父様を見て、私は獲物であるインプに少しだけ同情した。
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