三章:白い歓迎−2

悪い癖だとは知ってはいても、止められないのが好奇心。


 そこは確かに舞台だった。ミサを行う礼拝堂の椅子が全て脇に寄せられ、大きめの円位のスペースがある。
 厳粛さが失われ、客席と化した椅子には教会の大きさからすれば意外と多くの人数が座っている。
 二十人前後位かと考えて唸る。やってる人間も酔狂だが、見に来る人間が居るとは思わなかった。
 そうでなければショーなんてしないのだろうが。野次馬根性もここまで来ると凄い。
 まあそんな事も考える私だって野次馬根性の度合いから行けばかなりの物だろう。
 最初は気は進まなかったけれど、話をよく聞けば確かに気になる中身ではあった。
 少女に聞いたところ、時折現れる悪魔は一匹か二匹。三匹出れば多い方だそうだ。その悪魔達ほとんどが超下級程度の雑魚らしい。
 小物とはいえ悪魔は悪魔。物理攻撃は効かない……だけど小物だから聖水の一振りで蒸発してしまうんだとか。わびしいな。

 この地域では強い悪魔は出ないものの、その代わりなのか希に小物が群れで出現する。
 で、それを悪魔の好む物、例えば羊の血だとかそんな代物を袋に詰めて用意しておけば立派な悪魔ホイホイが完成する。
 ここの神父、シスター達はそれを一掃するついでにその状況を見せ物として提供しているらしい。勿論有料。
 悪魔を退治して貰える上に、見物できるならと意外に多くの人間が集まってくると言う。現場を見ていればその通りなのかと納得してしまうしかない。
 私達は……いや、主に私はそんな呆れるようなショーを繰り広げる酔狂な連中が見たくなった。
 普通悪魔退治を見せ物にするか。

 彼は思いきり顔をしかめて「見せ物だなんて」と真面目な事を言っていたが分かれる訳にも行かないので、無理矢理連行する。
 呆れ半分好奇心半分、私は少女にお願いして人の少なそうな席に連れて行って貰った。ケーキのお詫びでお代は結構らしい。
 金色の眼にも大変驚いていたが、彼女はスミレ色の瞳にも驚いたようだった。一つ頂戴と無邪気に欲しがる位は。
 勿論断られていた。かなり必死な様子で。
 彼と私の目のどちらが珍しいか尋ねると、数拍程だけ迷ってから私の方を示してきた。
 それならば、と私は彼の背中に隠れてというか、くっついて移動する事に決めた。気をつければ、これなら目元が見られる事はない。
 クリームとスポンジに飾られた妙な子供だとは思われるだろうが。
 冷ややかな視線を覚悟していたが、移動する最中に向けられたのは明らかな同情の眼差しだった。皆がああまたやったのか、的な溜息が混じりそうな顔をしていた。
 視線を少女に向けるとあらぬ方向に目を逸らし、わざとらしく鼻歌を歌っていた。前科持ちか。
 しかもかなりの数と見た。
 まあ、元気な証拠かと納得して席に着く。ああ、生クリームが溶けてきて気持ち悪い。首筋から胸元まで入り込んでいる。拭うだけじゃ駄目だろうなコレ。
 というかどういう経緯でケーキが空を飛んだのだろうか。悪魔のショーも気になるが、そちらもかなり気になった。
 後、彼の瞳に惹かれた人達の視線が痛かった。


 少女はナーシャと軽く名乗って、私の隣に腰掛けた。ざわめく教会の中は、まるで宴会会場のようだった。
 お酒の匂いと煙草の匂いが混じり合っている時点で、ようじゃなくてそのものなのだろう。今日は無礼講って所なのだろうか。
 隣の肩が僅かに震えているナーシャではない。と言う事は、恐る恐るのぞき込むと拳をきつく握りしめ、彼が会場と化した教会内を凝視している。
 ふと、彼や彼の家族が悪魔に襲われた時握りしめていた十字架と散らばった聖書を思い出す。きっと彼は信心深い人なんだろうな。
 お酒や煙草が公然と持ち込まれ、更に劇場よろしくショーなんてやられるなんて色々な意味で耐え難いのかも知れない。
 とはいえ、この教会の状態を思い出してそれも仕方ないのかとも思う。多分いや確実にここは資金繰りが苦しいのだ。
 本来はやりたくないのかも知れない。信仰だけじゃパンは食べられないものなあ、と世知辛い世の中に悲しくなる。
「ナーシャちゃん。下級悪魔ってどんなのが来るの」
「ナーシャで良いよ。インプとかかなぁ」
 インプってアレか。笑うだけで全く実害の無かったというか、睡眠妨害位しかしてこない悪魔もどきか。
 見かけは妖精の大きめサイズだけど可愛さの欠片もなかったあの生き物か。
「ねえ、インプって放っておいても良くないかな」
「良くないよ! 前悪戯で馬屋に火を付けられて家が何軒か燃えたんだよ」
 私の言葉にナーシャが肩を怒らせて頬を膨らませた。
 それは悪戯の範囲を超えてないか悪戯妖精よ。確かに、そんな被害があるなら放っておくのも危ないか。
 連続放火魔が増える事になったらおちおち眠れもしない。
「そっか。なら退治しないと駄目だね」
「そうだよ。シスターや神父……様達は強いから大丈夫。
 でも聖水も配られてるからいざとなったら振りまけばいいし」
 今何でか神父様の所で遠い目になったナーシャが小瓶を三つ椅子の上に置いてみせる。
 成る程、適当に見えて安全には気を配っているのか。
「インプ位ならコレ一振りでじゅっ、だから」
 ニコニコ微笑んで怖い事を述べてくれる。安心させようとしてくれているんだろうから、頷いて見せた。
 元から悪魔は見慣れている。インプ位で腰は抜かさない。
「それでも駄目なら飾りにおいてあるケーキを投げると良いわよ」
「ケーキを?」
 インプって甘い物が苦手なのか?
「聖水を混ぜて、更に祈りのこもった悪魔祓いにも使えるケーキなの」
 成る程、それでケーキが宙を舞っていたと。
 甘くなかったのは食べる為の物ではなかったからか。頭の隅で、やっぱり芸人が投げられるパイに似ていると思ってしまった。
「そうなんだ。……さっきは何か祓ってたの?」
「うん、ちょっと悪魔が居たからお仕置きしようと思って」
「何処ですか!?」
 うわびっくりした。
 悪魔の単語に反応し、いきなりがばりと振り返った彼に驚いてナーシャが小さく悲鳴を上げて仰け反る。
「あ、わ。その、悪魔というか駄目なおじさんが居るからたまにコレ投げちゃうの」
「そうですか」
 呟いて俯く。色々あったせいか、かなりナーバスになっているようだ。
 文句を言わない事を良いことに連れてきたけど彼の精神状態を考えるなら控えるべきだ。
 だけど、ここで引き返しても後ろにあるのは道とは思えない山道と暗くなりかけた空。
 なんとしてでもここに留まって一夜だけで良いから雑魚寝でも何でもおいて貰わなくてはならない。外は安全とは言い切れないのだから。
 希にでも出る悪魔に遭遇でもしたらたまらない。ならインプを見ている方がずっと心が安まる。
 教会では不謹慎だったのだろうけど。ざわめく席を眺めて、何となくお祭りみたいだなと温かい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

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