三章:白い歓迎−1

世界は広い。けど今日は少し休ませろ。


 異世界で見つけたみすぼらしい教会へ一歩入ったらケーキが飛んできた。
 この現象はどう解釈すればいいのか。あれは素晴らしい、扉を開いた絶妙なタイミングだった。
 罠でもなければここまでピッタリ私の顔面や頭に盛れるほどのクリームの乗ったケーキが飛ぶ事はないだろう。
 ……ということは罠? しかもブービー系のトラップ?
 
 わー。スゴイ恥ずかしい。
 顔面から直撃って、私はコント芸人か。息苦しいので口元のクリームを拭う。

「だ、大丈夫ですか?」
 慌てたような背後の声に、右手を振って問題ないという事をアピールする。
 ケーキが顔面直撃した為に、視界が真っ暗だ。まあいいや、取り敢えず扉を開こう。
 半分だけ開いていた木製の扉を押し開ける。押すたびにギシギシ軋んで不気味だ。
「やだ、外の人に当たってる!? ご、っ。ごめんなさい」
 開くと舌っ足らずな女の子らしき声が聞こえた。
「気にしないで。別に……怒ってはいないから。ビックリしただけで」
 慌てた声を聞くとどうもただの事故だったらしい。ケーキが飛ぶのが普通な世界でなくて良かった。
 それに、現時点ではケーキをぶつけられていた方が都合が良い。
「すみません、すぐに拭います」
「いいわ。そのうち溶けるから、砂糖も入っていないようだし」
 片目だけクリームを拭って振り向く。不思議そうな顔をしている彼を手招きした。
「顔……」
 私を見てスミレ色の眼が細められる。何故拭わないのかと言った顔だ。
 少女はまだ近くにいるらしく、あわあわとした声が聞こえる。
「構わないから。多分私の姿は目立ちすぎる」
 声を潜めてそう告げると、彼の表情が強張った。とっさにフォローの言葉が出なかった事を気にしているのか、黙したまま何も言わなくなる。
 気にしなくても良いのに、と思いつつ考える。予期せぬトラブルとはいえ、この状況はありがたい。
 長い髪は隠せなくてもクリームで顔の大部分は隠れてしまっている。
 流石に目の色は騙せないけど、そのまま出て行くよりは驚かれないだろう。
 ……この世界であの姿が標準ならクリームは拭おう。もう片方の目蓋も軽くなぞってクリームを落とす。
 そしてようやく相手の姿を確認した。私より大分――いや、今の私より少しだけ小さい女の子だ。
 八、七歳位だろうか。健康的に日焼けした肌に、大きな焦げ茶色の瞳。服は前彼が着ていたような植物で編まれた物のようだ。
 可愛い。だけど……思わず心で涙を流しそうになる。この子を基準に考えるとクリームは外せなくなる。
「わ、きんいろだ。綺麗!」
 まずい、金色の眼も珍しいのか。彼女の反応を見る限り、やっぱり私の姿は異常だ。
「怖い?」
「ううん、お姉ちゃん綺麗な声だもの。今からシスター達がショーするのよ、良かったら見ていって」
 もしや畏怖の対象なのではと、一抹の不安を感じて尋ねたが杞憂に終わった。
「ショー? ここは教会なんじゃ」
 実は教会に見せかけた劇場という落ちなのだろうか。でも、シスターって言ってたし。
「うん、時々凄いショーをするのよ。沢山来る時はお客さんを呼ぶの」
 肩ほどに伸ばされた茶色い髪を揺らしながら、嬉しそうに胸を張る。
「そうなんだ。楽しそうなんだね、何をしてるの」
 沢山来るって何だろうと思いつつ尋ねてみる。好奇心とか、興味本位という奴だ。

「すごいよ、悪魔祓い!」

 無邪気な笑顔とは正反対の単語に、私の脳はフリーズした。横にいる彼も止まっている。


 悪魔。それから逃げてきたのにまた悪魔。それを彼の中から引き抜いたのにまた悪魔。

 
 今日はもう疲れてるのに、いい加減にしてくれ。

 

 

 

 

 

 

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