十四章:救世主は星使い−4

迷い無く正面から告げられる言葉はいっそ清々しい。



 立ち話も何だから、と彼女達の馬車へ案内される事になった。
 気に入ったらしきシリルの首根っこを引きずっていく様は、案内という生やさしい感じではなかったけど。
 術士は大抵力が弱いと思っていたが、そうでもないらしい。年齢の差もあるんだろうが。
 私達の馬車から小走りで十秒足らずの位置に木と一体化するように幌はひっそり佇んでいた。
 馬は疲れているのか、寝ているのか静かなものだ。
 外の気配と鼻歌でこちらの存在を認識したのか、馬車の内側から声が聞こえる。
「スーニャいきなり出ていかないで下さいよ。
 また魔物と間違われたらどうするのですか」
 声からすると男の人のようだが、何となく物腰が柔らかそうというか控え目な空気がする。
 また、って毎回魔物と間違われて居るんだろうか。まあ確かに異様な姿……ん? 魔物と間違われる位は変なの、かな。
「いやぁ。ゴメンゴメン。トラブルを見かけると、ついつい首突っ込んじゃいたくなるの!」
 パタパタと手を振ってスーニャは無邪気に笑う。
 首を傾けると帽子の鍔に付いた小物がじゃらりと澄んだ音を立てる。
「……そうやって毎回毎回しわ寄せが僕達に、ああああ」
 なんか、苦労していそうな声が聞こえる。胃の辺りを押さえていそうだ。
 顔すら合わせていないのに同情してしまいそうになる。
「湿っぽい事いいっこ無しよ。今回はただの人助けだもの。あたし偉いっ」
 話しながら片手でシリルを捕らえつつ、ぶんかぶんかと杖を振り回す。
 三日月の付いた桃色の杖でも彼女が持つと凶悪に見える。迂闊に近寄ったら頭に刺さりそうだ。
「いえ、ですが先程怪しいとか不穏な単語が聞こえたんですが」
 ううむ。か細い反論に心で呻く。
 ……この会話の後出て行きづらいなぁ。絶対に私の姿は胃痛を引き起こす。
 顔見えない上に身体全体を覆うマント。そして声すら隠す仕草。
 これで不安になるな怪しむなと言うのが無理難題だ。

 中にいる人ごめんなさい。

 心の中で先に謝っておいた。

 
「じゃあん。今回の救助者一人目だよ」
 まるで大物を持ち帰った漁師のように豪快に腕を振り、捕らえていた手を放す。
 暴れる分疲れるだけだと観念したのか、シリルはされるがまま馬車内に放り込まれた。
 雑貨にでもぶつかったのか、ガラガラと不安を煽る音が耳に入る。
「うわ、人を投げ込まないで下さい! 大丈夫ですか」
「あ、ええ。僕は平気、です」
 起きあがった拍子に何か転がったのか、また大きな音が立った。
 あんまり平気で無さそうな声に心配になって耳を傾ける。
「で、こっちは最後の一人!」
 どん、と背を押されてよろめくと慌ててシリルが駆け寄って来た。
 タラップのない馬車に無様に倒れ込む前に腕を掴まれ何とか起きあがる。
 私がか弱いのもあるけれど、シリルをぶん投げたのと言い、彼女は本気で力が強いんじゃないか。
「あの……ありがとうございます」
「いえ、彼女の突然の行動は毎回のことなの――」
 当然ながら、私がお礼を告げつつひょっこり顔を出すと卒倒し掛けるほど驚かれた。
 失礼な、とは思うが普通の反応かとも諦める。
「黒!」
 スーニャの姿で幾らか奇抜な格好に対して心のバリアを張って居たが相手は拍子抜けするほど普通だった。
 神官服のような姿だが、動きやすいように長い袖が短くされている。
 神官さんかな。とは思うが、焦げ茶色の瞳が限界まで見開かれている状況でそんな質問を投げられるわけもない。
「はあ、黒ですね」
 穏やかそうな顔を恐怖と不審に引きつらせ、私を示す彼に頷いてみせる。
 マントも覆面も黒。まっくろくろ。否定する要素はない。
 黒は疎まれる色だとは分かってはいるが、そこまでビビる事もなかろうに。黒を羽織ろうとも悪魔になるわけでもなし。
 彼が明らかに逃げ腰になっているのを見てスーニャが顔をしかめた。
 脅える仲間の額を三日月の飾りで小突き、頬を膨らませる。
「ちょっとー。セザル失礼だよ、この人達はあたしが助けた貴重な救助者なんだから邪険にしないで」
 庇ってくれるのは嬉しいが、珍しいキノコか薬草のような言われ方に複雑な気分になる。
「い、いえあのでも。凄く怪しくないですか」
「だから言ったじゃない。この子と、怪しい人助けたって」
『…………』
 杖を軽く揺らし半眼の言葉に思わず彼女を除く全員が黙す。
 怪しいと分かっていて助け、あまつさえ庇うとはどんな神経をして居るんだろうか。助かるけど。
 風が吹き込みキィ、と天井の小さなランプが微かに揺れる。
 沈黙をかき消す明るい声。
「よ、ただいま」
 鎧と彼の体重に馬車が軋む。
 腰に差された大振りの剣の鞘が目に入り、肌がざわめいた。
 一番安心出来るシリルの隣に座り、袖を掴んで不安を紛らわせる。
 先程から思っていたが、凄く狭い。
 五人が詰め込まれれば大抵そうなるんだろうけど、この馬車はお世辞にも広いとも言えないし上等でもない。
 幌もボロボロで車体は軋んで今にも壊れそう。……まあ車体が頑丈でも乗り手が弱ければ今回のような目に遭うけれど。
「おかえりー」
「それで、そっちの怪しい奴らはどうするんだよ」
 白髪から葉をふるい落として犬歯を剥き出し尋ねる様は、野生の獣のようだ。
「エイナルまでそういう事言う。失礼でしょ」
 音が立つほど杖を強く振り、帰ってきた仲間を睨み付ける。
「でもお前怪しいって言っただろう」
「うん。怪しいから」
 ぽりぽりと頭を掻きながらの問いにスーニャは即座に頷いた。
 矛盾してるぞ。
「でもあんまり連呼すると気を悪くさせちゃうよ。
 さっきまで死にかけてたんだから優しくしてあげないとね。
 あたしって優しい!」
 一人で納得して百面相。見てて飽きない子だ。口元に手を当てたままくすりと笑う。
「気にしなくて結構です。怪しいのは重々承知していますから」
 視線が集まったのを確認して、軽く首を傾ける。
「でも腹が立ったりするでしょ」
「いえ別に。この姿で怪しくないなんて言う方がそれこそ怪しいというものです」
 漆黒の姿で怪しむなと言うだけ無駄。
 言う方がおかしい。姿がアレなだけで特にやましい事はないのだから、堂々としていたほうが良い。
 前は私が怪しいと言われるたびに反応していたシリルも最近ではすっかり平然としている。
 平気になったと言うよりも私が全く気にしていないので反論するのを止めたらしい。
 ある種の慣れである。慣れとは恐ろしい。
「……見かけは怪しいが言う事はマトモだな」
 灰の瞳に睨め付けられ覆面の下で薄く笑う。
「見かけがおかしいと中身もおかしくないといけないのでしょうか」
 おかしくなっても楽しそうだが、面倒ごとが増えそうでもある。
 そう言う遊びもありかな。暇な時オーブリー神父をそれでからかってみよう。
「い、いや」
 疑問をぶつけながら不穏な事を考えてみる。
 相手が慌てたように首を振り、そして、口を開こうとして止めた。
「そうですか。先程は本当に助かりました。重ねてお礼を言わせてもらいます」
 表情は見えないはずなので深々と頭を下げ、謝礼の意思を示す。
「あ、はい。本当に危ないところをありがとうございます」
 釣られるようにシリルもペコリと頭を下げた。
「……一応普通の人みたいですね」
「だから言ったじゃない。見かけだけで判断するなんて浅はかよセザル」
 毒気を抜かれたような彼の言葉に、ウインクをしてスーニャが勝ち誇ったように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

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