十四章:救世主は星使い−3

首を傾け尋ねてくる命の恩人は、ええと。酷く前衛的な配色の衣装を身に纏っていた。


 紅蓮の炎が瞬いて。空を一瞬赤く染め上げる。
 幻想的とも言える景色に佇んで居ると、声が掛けられた。
「あらかた片付いたかな。お二方さん大丈夫」
 そちらに視線を向けて絶句する。
 私達を助けてくれたのは異様な人物だった。
 鍔の広い帽子にマント。それは魔法が出てきた事で多少想像はしていた。
 典型的な魔法使いの服装と言いたかったが、全く違う。蛍光に近いピンクのマントに黄色い斜めの縞々。
 派手な布地の裏側は明るい緑色だ。マントの形状もおかしい。真っ直ぐなのが普通のはずなのに、緩やかなカーブを描いている。フリルのような装飾。
 ピンク帽子の鍔にストラップのように幾つか星やウサギをかたどった水晶らしきものがぶら下がっていた。
 右手に握られているのは三日月を模したおもちゃ箱にでも入っていそうな桃色のキュートな杖。
 年齢がナーシャ程度だとまだ落ち着けるが、十代半ば過ぎらしき少女が身につけるにはあまりにもメルヘンが過ぎる。
「ええ、お陰様で」
 手に持っていた薪を置き、口元を覆って何とか言葉を絞り出した。
 ここは異世界。元の常識を当てはめてはいけない。
 もしかしたら、魔法を使う人間はこの格好をしないと術が扱えないとか不条理な約束事があったりするのかも知れないのだ。
 落ち着こう私。そうだとしたら別段怪しくはない。下手に騒いだら面倒な事になる。
「わぁ、可愛い男の子! 助けて正解っ。五年後が楽しみな感じ」
 黄色い声を上げ、ぴょんと跳ねる少女の濃い蜂蜜色の髪が揺れた。
 シリルの場合、成長した姿は五年後どころか数十年位経たないと見られないのだが反論は心の中にそっと仕舞っておく。
 くるくると変わる表情から察するに、感情の起伏が激しい人物のようだ。
 喜怒哀楽の変化に付いていけるか不安になる。
 遠くから人の声が聞こえて顔を向ける。知らない男性の喚き声と金属音。
 この人のお仲間だろうか。ちょっと怒っているようだけど。
「おーい。こっちこっちー。かっわいい美少年と怪しい人助けたよー!」
 大きく手を振りながらの清々しいまでの紹介の仕方に突っ込む気も起きず、沈黙を保ったまま彼女の仲間の到着を待った。


 黒ずんだ銀にも見える鎧を鳴らしながら駆け寄ってきた男の人は、重そうな鎧に息切れもせずに怒声をまき散らす。
「お前なあ、何で一人で突っ走るんだ!」
「だって〜。こういう派手な感じのはばーんと出て行って助けてあげた方が格好良くない?」
 夜気を震わせるほどの響きにも眉一つ動かさず、彼女はくるりと杖を回して笑う。
 格好良いと言う理由で、術士なのにわざわざここまで、その目立つ姿で来たのか。
 目立つのが好きなのは分かったが、その徹底ぶりにある意味感動する。下手すりゃ死ぬだろうに。
「夜盗だったらどうするんだ」
「擬態だったとしても獣に襲われているようなのは無いんじゃないかなぁ。
 事実、この人達夜盗とかじゃ無いっぽいし平気だって」
 もっともな質問にきゃたきゃたと笑いながら、見かけより数倍ほどまともな返答。
 夜盗じゃ無いのは認めるが、こんな怪しい黒ずくめの人間を平気だと受け入れられるのに感心する。
 会話の間シリルは私の前に立ってくれていた。盾になるつもりなのか。
 恐らく押しても動かないだろうから好きにさせている。仮に相手が敵になるとしても、獣が人間に替わるだけだ。
「馬車がある癖に逃げてないなんて明らかに怪しいだろう。あんた達何でこんな所に居るんだ」
 何でと言われても不可抗力としか言えない。説明するよりは辺りの状態を見て貰う方が早いだろう。
 散らばった薪、横倒しになりかけた馬の繋がれていない馬車。現状は言葉より光景が物語る。
「まあ、見て頂ければ分かると思いますが」
 口元を抑えて言葉を紡ぐと、うお、と悲鳴が上がる。
 たき火の炎も薄くなっている。闇夜に溶けていて見えていなかったらしい。
「何か大変そうだったよ。馬居ないし、囲まれているし。
 術は使ってなかったから大丈夫じゃないの」
 のんびりとした口調で見事に核心を突く見かけが異様な少女をもう一度見る。
 人間、見た目で判断してはいけない。
 気をつけないと中身まで見抜かれそうだ。
「あ、あたしはスーニャ。見ての通り魔法が使えるのよ。
 お気軽にスーちゃんとか、すりりんとかって呼んでね!
 あ、スーにゃンってのもいいかも」
 首を傾けると肩の辺りで跳ねた髪が揺れる。
 その仕草を見て思わず脱力した。
 …………やっぱり見かけ通りなんだろうか。
 ウインクを送るピンク色の魔法使いを見て頭痛を覚えた。
 当人ははしゃいだ声を上げ、なんて呼んで貰えるかなぁとわくわくした瞳でこちらを見ていた。

 呼んでも良いけど、すりりんとスーにゃンだけはお断りしたい。 

 

 

 

 

 

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