九章/足手まといは要らない

 

 

 

  

 暖かい何かが髪をかき乱す。困ったような顔でマインが尻餅をついた私の頭を撫でていた。
「ヤな予感はしてたんだよ。アベル兄が怒るの珍しいから、マズイと思って慌てて武器取ってきたけど。
 時間掛かってゴメンね」
 告げられてもう一度私の盾になった『武器』を見た。
 激戦を思わせる傷が幾つもあるが、曲線を描くそれは間違いなくブーメランだ。
 威力強化の為か、所々に鉄板のようなモノが貼り付けられている。
 ブーメラン以外の何者でもない。大きさを除けば。
 私の身体を隠す程の横幅と、マインの身体を上回る高ささえなければ違和感はぬぐえる。
「アベル兄の攻撃位は受け止められるようになったんだよ」
 地面深くめり込んだブーメランを片手で抜き取り、アベルに対して嬉しそうに笑った。
 めり、と聞こえたのは気のせいにしたい。どうか今の視界が幻影でありますように。
 マインのあり得ない行動は見慣れたつもりだったけれど、片腕で人間大のブーメランを振り回す姿は異様だ。
 平然としているアベルは見慣れているのか溜息を吐いた。
「受け止めるだけじゃ、な」
 ビッ、と亀裂が入る音がした。慌てて辺りを見回す。
 壁は崩れていない。ほっと胸をなで下ろす私の鼓膜に悲痛な呻きが刺さった。
「うっわ、何コレーーー!? 信じらんないッ。壊したーーー!」
 片手で振り回していた武器を置き、マインがキッとアベルを睨む。地響きに身体が跳ねる。
 さっきから衝撃で何度か跳ね回っている。うう、酔いそう。
「ここまで深くヒビいってたら修理じゃなくて買い換えだよ。武器の代金洒落にならないんだよアベル兄!!」
 破損した箇所を指で示し、オモチャが壊れた子供の如く半泣きになる。
「俺の獲物は無事だ。腕が足りないだけの話だ。それに、庇ったのはお前の独断だろう」
「うっ、そうだけど。でもこの事プラチナに言いつけるよ! 絶対怒られるんだからね」
「好きにしろ」
 腰に手を当て牙を剥くマインを軽くあしらう。まるで兄弟喧嘩を見ているようだ。
 廊下とか武器の亀裂とか、規模が凄いけど。
「……アベル兄の意地悪ーーー。次の戦いでコレ使えないじゃん!!」
 負けた訳でもないのにマインが泣きそうだ。
「お前達、何をしている」
 何時の間に佇んでいたんだろう。銀髪を揺らし、プラチナが呆れたように息を吐く。
 見つかった。これだけ大声を出し合っていれば当然か。見つかって助かったけど。
「後でこの場の事は聞くが、何時でも出られるように早く休め」
「プラチナ。武器壊れた」
 寛大な上司にマインが縋りつくような眼差しを向ける。
「……物資は大切に使えと言わなかったか」
 大きくヒビの入ったブーメラン(鉄板付き)を見て半眼で呻くプラチナ。
 僅かだが、咎めるような口調にマインが嫌々とかぶりを振った。
「仕方なかったんだってば。その、武器よりカリン! これ常識」
 どういう説明の仕方ですか。しかも無性に恥ずかしいんですが、プラチナからの視線が。
「何となく経緯は分かるが。仕方ない、武器が仕上がるまで他の品で補え」
「えぇぇぇぇ」
「お前のは特注だから仕方ないだろう。文句を言うな」
 他にもあんなブーメラン使う人が居るのかと思ったら、そうでもないらしい。
 良かった。あんな代物を振り回せる人ばかり居たらどうしようかと思った。
「アベル兄の馬鹿ぁぁぁっ」
 今度こそ本当に涙ぐんだマインはそれだけ言うと壊れた武器を片手に自室へ駆けていった。
 プラチナの存在と微妙な空気のおかげでアベルは私に刃を向けることはせず、平穏に事は収まった。




 冷たさが薄れない世界でも、朝は毎日やってくる。ふかしジャガイモ。薄味豆スープ(たまに具無し)。
 決まり切った朝食のメニュー。
 いい加減舌が鈍りきりそうなメニューに愚痴をこぼす気も起きずに黙々と口に運ぶ。
 食糧難だから仕方ない。自分自身に言い聞かせ、もそもそと限りある食料を咀嚼し無理矢理嚥下する。
 だんっ、とテーブルが振動し、食器が跳ねた。
「……毎日毎日、芋芋イモいもッ! もーやだぁっ。他の食べたいよ。お肉とか」
 頬を膨らましたマインが両手をテーブルに押し付けて唸る。
「贅沢は敵だ」
 静かに答え、スープを口に運ぶプラチナ。子供の我が侭を一蹴する母親、いや、父親のようだ。
「お魚でも良いからッ」
 駄々をこねるマイン。
「そうですね、魔物の動きが活発でなければ安心して農作業に励めるんですけどね。
 育てようにも肉食の魔物が育てている家畜を全部食べ、草食の魔物さんが小屋を喰らい畑を荒らし、跡形もなくなりますし」
 丁寧にふかし芋を切り分けるフレイさんの言葉に場が静まる。酷く遠回しなイヤミとも、現実を直球で伝えた台詞とも取れる。
「うーうー……他のも食べたいぃぃ」
「なら食べないで良い。ダズウィンにでもやれ」
「おう、いらねぇんなら――」
 ポツリと落とされた言葉に、嬉々として年下のマインから皿を奪うダズウィンさん。
「駄目! コレ僕の。あげないっ」
 おもむろにフォークを振りかぶり、空中で獲物を貫く。そしてそのままの勢いで奪い返したジャガイモを丸かじりにする。
 なおも追撃するダズウィンさんをかわし、当然皿は最後に取り返すマイン。
 ダズウィンさん。ちょっと大人げないです。心の中で呟いて二人の取り合いを眺めた。
 やり取りはどうあれ、食事の際の喧嘩は世界共通らしい。
「しっかり食べておけ。今日は忙しいからな」
「む……ご、うひゅむぐ」
 勢いよく詰め込んだせいで声も出ないようだった。
 しょうがないので側にあった空のコップに水の入った容器を傾けて中身を満たす。
「飲み込んで喋れ」
 テーブルを叩きそうになっていたマインにコップを渡すと勢いよく飲み干した。
「んぐ。ぷは。どういう意味、もしかして今日お仕事?」
 袖口で口元を拭い、一息つく。ああ、こういうところは子供だ。
「そうだな。今回はカリンも同行しろ」
 溜息と共に告げられて危うく聞き逃すところだった。とんでもない台詞に口に含んだ水を吹き出しそうになるのをこらえる。
「わ、私もですか」
 慌てて飲み込んで聞き返す。何時か来るとは思っていた。だけど翌日って、早すぎませんか。
「いきなりカリンちゃん連れて行くの!?」
 楽しそうに二人の奪い合いを傍観していたアニスさんも弱り顔だ。
「あ、あの。プラチナ様」
 誰もプラチナに掛ける言葉が見つからず場が静まりかえり、シャイスさんがおずおずと口を開いた。
「連れて行くなと言う案は飲めないぞ」
 意を決したような彼の表情に蒼灰色の瞳が細まる。
 そして、シャイスさんは私が、いや、多分誰もが想像だにもしなかった言葉を紡いだ。
「私も連れて行って下さいませんか」
 その瞬間、確実に全員が沈黙した。
「……シャイスさん冗談ですか」
 思わず尋ねる。
「この場でその冗談は受けないわよ」
「笑えねぇし」
「うん、和まない」
「和むどころか凍るな」
 プラチナまで頷く。
「私は真剣です!」
 口々に否定されて機嫌を損ねたのか、半眼になるシャイスさん。
「正気です?」
「フレイまで。何で皆さんそんな目で見るんですか!?」
「行くのは戦場だぞ。山じゃないからな。山も安全ではないが」
 プラチナの台詞に気分が重くなる。やっぱり戦場なんですか。
 いや、それはそうとさり気なく聞き逃せない台詞も入っていたような。この世界は山まで危ない無法地帯なんですか。
 詳しく聞きたいが怖くて聞けない複雑な心境。
「分かってますよ。でも、何かお手伝いできると思って。カリン様に」
 強調された。そりゃあ勇者候補(仮)の身ではありますけど、思いっきり心配されてると分かるのが悲しい。
 そんなに私は一発でころりといきそうですかシャイスさん。尋ねようとして言葉を飲み込む。
 もうすぐ出撃なのに「ハイそうです」とシャイスさんの笑顔で言われたら地面に倒れる自信がある。
「……言っても聞きそうにない、か。仕方あるまい。今回だけだ」
 深い溜息を吐き出した後、プラチナが小さく頷いた。そんな簡単にOKですか!?
「お役に立てたら次からも」
 控えめな身振りのシャイスさんの怒濤の攻撃が加わる。
「考えておこう」
 ふ、と息を吐いて彼女が肩をすくめた。考えないで下さいお願いですから。
 私が口を挟む余裕もなく、シャイスさんの同行は決まってしまった。
「そう言えばマイン。今回は待機するか?」
「ううん。カリンが行くなら僕も行く!」
 プラチナとマインが何か言い合っているけれど意識からはじき出される。
 ……どうか、何事も起きませんように。
 部屋にあるご神体である写真を思い浮かべ、祈った。

 

 

 

 

 

 

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