七章/いつもの違う日常

 

 

 



 もう我慢できない。猛る闘牛の勢いで私は大親友の元にまっしぐらに飛びつく。視線が一気に集中した。
「マナーー。マナーーーマーーナーーー!」
 だが些細な事柄だ。もう人前なんて障害は飛び越えて居る。
「うっわ。なによカリン」
 いつもよりも……正確には召喚前の私とは全く違った大胆さに吃驚したようにマナが身体を反らす。
「一緒に帰ろうっ」
 驚かれようが何だろうがもうダメ。我慢は無理。絶対一緒に帰る!
「え、ああうん」
 私の勢いに押されたのか、頷くマナ。そして私は今までの願望を全てぶつけた。
「で、甘いモノ食べよう。私パフェ食べたいの」
「はぁ!? いやでもカリンは制服のままはヤダっていっつもごねて」
 力説する私に更にマナが目を丸くする。前は校則違反が怖くて絶対言い出さなかった台詞。
 けどけど、もう我慢できない。一ヶ月。ひとつき! 私は一切甘い物を食べていない。
 あちらでは糖分摂取禁止の見本みたいな生活だった。
「たまには良いの。今食べたいすぐ食べたいマナと食べたい絶対行きたい!!」
  辺りはばからずだだっ子の如く首を振って我が侭を言う。何しろ一月以上禁欲生活。もうストレスも積もり積もって僅かなルール違反なんて火の粉にすらならない。
「……カリン変わったわねぇ」
 どきり。
 心が跳ねる。少し、いやかなり羽目を外してしまったんだろうか。怪しまれたのかな。
「でも、その言葉待ってました! 一押しオススメスポット巡り! 練りに練ってた甲斐があったわ!!」
 ぐっ、と拳を握りしめ、抱きしめ返してくるマナの嬉しそうな台詞に、私の不安は杞憂に終わった。
「うんすぐ行こう。すっごく楽しみ」
 心の底から本音で頷く。
「うふふ、けど遠いわよ」
 今、私の瞳はキラキラしているんだろうか。ちょっとだけ意地の悪いマナの声。
 以前なら『え、それは』と躊躇うような事だが、無論現在では鎖にもならない。 
「大丈夫」
 アニスさんのスパルタ特訓を思えばその程度造作もない。
「並ぶのよ」
「全然平気」
 限りなく姿の薄い、そして強い恐怖をはらむ狼たちとの追いかけっこで足腰に自信はついている。
 たとえパフェが山の先にあろうとも、川の向こうにあろうとも私は行く。これぞ火の中水の中だ。パフェレベルだけど。
「カリンのノリが良くて嬉しい。いよっしゃー即行行動あるのみ。GO-GOよ!」
 周りが引いている。マナのノリと、私の歓喜の涙寸前の顔に。
「甘いものが食べられる日が来るなんて。どんなにこの日を待っていたか」
 一月だけど。ひとつきって長い、ほんっと長かった。
「カリンちゃん大げさすぎ」
 大げさじゃないけど。現在時間数日ぶりの親友の言葉に『そんな気分』と私は笑顔で答えた。
 向こうの話は、胸にしまって。




 スプーンの上に載るのは白い雪。口に含めば溶けてしまう滑らかで濃厚な、幸せの白雪。
 生クリームがこんなに美味しい食べ物だったなんて。
 甘酸っぱい紅い苺は口の中で弾け、くどくない程の甘さのアイスはひやりと熱くなった口内を冷ます。
 まさに至福。人生の幸せの欠片がココにある。
「マナ凄くコレ美味しい!」
 親友のお薦めだけあってもう、もう、言葉で表すのが無粋なくらいの美味!
「……うんそうねー」
 こんなにも美味しい食べ物を前にしても。感動でうちふるえる私をぼーっとマナが眺めていた。
 まあいいや、食べちゃえ。はぐ。
「甘い〜」
 口の中に広がる楽園。生クリームと苺が絶妙のバランスで調和している。
「うんうん」
 親友は生返事。
「食べないの?」
 流石に気になって首を傾ける。
「だってもう四件目だし。そのほっそい身体のどこはいるのよ」
 え、っと。もう四件目だったっけ?
 基本、私は大食らいの部類ではない。でもこのパフェ美味しいし。まあ、いいんだ。
 甘いモノは別腹とか言うのだし。
「食べ溜めするの」
「食い溜めってあんたしばらく食べないの?」
 かなりの日数口にしてない反動ですとも言えない。口の中に残っていたアイスを飲み込んで、首を振る。
「ううん、明日も明後日も食べる」
「太るわよ」
「それはない」
 友のもっともな助言に私はキッパリと手を振った。ありえない。こっちでかなりのカロリーを摂取したとしてもマイナスがつけられるくらいの超過訓練が目前に迫っているのだ。
「断言したわね」
 少し恨めしそうにマナが見た。以前なら私も体重を気にして食べ過ぎを気にする一介の女子中学生だった。
「うん」
 悲しいけどもうそんな過去には戻れないのでせめてもの幸せを噛み締める。
「でもカリンここ数日で痩せたわよね。なんかダイエットしたの?
 無理な減量は良くないわよ。ていうかそんなヤケ食いしてるとあっという間にリバウンド街道まっしぐらよ」
「大丈夫」
 その前に食事に不自由する様な世界に送られるから。今のうちに栄養と脂肪を付けて蓄えないと。
「ふーん。でもそれ美味しそう。ねね、一口頂戴」
 もうお腹一杯、と曰っていた親友は早速デザートは別腹を発動する。そして、口をかぱっと開いた。
 ……しょうがないなぁ。
「はいどうぞ」
 食べやすい量を掬って、トッピングの苺を盛りつけ彼女の口内へと放り込む。
「んーおいひい。ん、マジメに美味しい。今度来たらアタシも食べようっと」
 私が拒まないことに少し驚き、何度か咀嚼して、口に広がる味に戦く。
 きな臭くない空気、和やかな時間。なんだか久しぶりにほっとする。
 ふと、向こうのことが脳裏をよぎる。アニスさんにマインにプラチナにシャイスさん。やっぱり今頃も粗食なのかな。
 そう思うと多少の罪悪感が疼く。私一人美味しいもの食べるのも……かといって何時呼ばれるかも分からない冷蔵庫が無さそうな所に生ものを持っていく勇気もないし。
「どうしたの。お腹一杯?」
「んー、そうじゃなくて。胸が……あ、そうだ」
「恋煩いですかぁ」
 にぃ、とマナが唇を釣り上げた。恋煩いと言いますか、良心が疼くというか。心でうーん、と唸って、私はピンと閃いた。
 どうせ着の身着のままで行くつもりもないんだから、ここで聞いても損はないだろう。
「そうじゃなくて。あのねマナ。マナってお店沢山知ってるよね」
「うん。そうね」
 自称情報通(私は自称ではないと思う)のマナは躊躇いなく頷く。
「じゃあ業務用の食料品とか調味料とか売ってるお店知らないかな。あとペットショップとか」
「知ってるけど、料理の研究? ペットショップって」
 不思議そうに首を傾けて私を見つめてくる。やっぱり知ってた! 反射的に『ありがたや』と拝みそうな身体を押さえつけ、
「知ってるんだ!? お願い教えて今度マナにお弁当作って持っていくからっ」
 出来る限りのマナに対する感謝と謝礼。
「えっ。ラッキー食費が浮くわね。よっしゃいいわよ特別に格安なところを教えてあげるから、料理にちょっと詳しくないあたしにかわって美味しいモノ沢山ね」
「頑張る」
 嬉しそうにスプーンを持ち上げるマナを見て微笑んでみせる。私は私の出来ることをしよう。そう決めたから。
 だから、出来る限りの手を打つと決めたんだ。ずっとずっと先の朝日も見る為に。


 

 

 

 

 

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