七章/いつもの違う日常

 

 

 



 タイムリミットは分からない。けれどそろそろ来る頃だろう。
 ベッドの上に正座をして、膝の上に乗っかったMy通帳を見つめる。
 長年暖めに暖め続け、コツコツコツコツ溜めていた数字にマイナスを入れる日が来た。
「私のお年玉。私のお小遣い。悔いはない、今日の出費は明日の糧」
 口に出してみるけれどちょっと落ち込むのは変わらない。とうとうこれに手を出す日が来るなんて。
 すっごく欲しいモノか、家庭的財政圧迫とか緊急事態に使う用に取っていたのにまさか異世界召還の為に使うことになろうとは。いやいや、これは絶対必要な出費。出費。
 必要な出費なんだから!
「出費が痛い」 
 重い溜息が唇から一つ。調味料やその他諸々で二、三万円くらい見積もれば足りるかな。
「いちまんえんさつ」
 もう一度溜息。ええい女々しい。今日の出費は明日の為。命の為ならお小遣いも貯金も削る!
「それにもう引き出して来ちゃってるしね」
 今日はお母さんも遅くなるし好都合。
「ついでに写真の現像取りに行こ」
 前向きに考えると少し心が軽くなる。現像にもお金がいるから良いの、うん。




 現像を適当な店を見つけて頼み、仕上がるまで買い物をすることにする。業務用大型店舗は意外にも家の近くにあった。
 ガラガラと普通の倍以上あるカートを押す。私が正座して座り込んだとしてもきっとこのカートは壊れない気がする。
 何の意味もないので実行に移す気はないけれど。
「香辛料って塩と胡椒でいいかな。砂糖も必要だよね」
 塩、長持ちしそうな粒胡椒、砂糖。ミルクはあった気もするのでのせない。キロ単位の調味料を景気よく取っていく。
 流石に片腕で載せるのは厳しいので両腕で抱えるようにじゃんじゃんのっけていく。うう、運動不足だったせいか腰が少し痛い。
「ハーブは薬草になるかな。取り敢えず調理用のは大方買っておこう」
 ミントやローズマリーとかラベンダー等のメジャーなハーブ程度は分かるものの、見たことも聞いたこともない分は使い道が分からない。何時かハーブ博士になった方が良いのだろうか。
 いや、フレイさんに任せよう。そうしよう。わたしは買い物に専念すれば良いんだ。
「瓶の中にあったのは出来る限り買って。あと」
 ――月桂樹。
「業務用を二袋でいいか。備えあれば憂い無し」
 乾燥したハーブは軽いが、役割は重い物になる。割れたら困るらしいので出来る限り丁寧に扱う。
「ハーブ各種を一袋ずつに……砂糖と塩を持てるだけ」
 これ以上は持てないけど、もう一回来よう。
 ふう、と息をつく。周りの視線が気になるけれどもうこの際どうでも良い。
 まだあったかな、あっちの世界で必要な物は、と。
「後、しばらく生活するから百円ショップも寄って湯呑みとかも」
 飛ばされて考えたことを思い出した。和だ。湯呑みに和菓子に梅干し! 普通の梅干しだとご飯が恋しくなるだろうから、乾燥梅干しを探し回る。  
「あ、詰め合わせおかしパックとか。和菓子発見」
 モナカに栗まんじゅうに羊羹。色々入っている。洋菓子の詰め合わせも躊躇無く入れる。
「油も必要かな……唐辛子タバスコ。武器になるかも」
 からからから、乾いたタイヤの音を聞きながら油を見つめる。うん、タバスコや鷹の爪は良い感じの武器になるかも。
 辺りを見回しながらマナの言葉を思い出す。『ペットショップ、ねぇ。大型店なら一緒くたに売ってるんじゃないの』
「ペット用品、ペット用品」
 案内看板発見。リードに食事容器。あの大型獣に首輪をはめる事が出来るはずもないので通り過ぎる。
 猫よけ犬よけグッズで足を止める。
 アレも猫の一種だよね。犬の一種もいるはずだよね?
「効くかな。効くと良いな。後強めの香水とか買えばいいから」
 取り敢えずゲット。やらないよりやってみよう。
「長期旅行って色々必要なんだなぁ。あ、ドッグフード」
 餌をばらまいて足止めも有りかも。あちらの方々の口に合うかは分からないけれど、一考の価値有り。
 お得サイズのフードをずるずると引きずり出す。
「運動用に今度動きやすい服買わなくちゃ。ああ、出費がキツイよ」 
 ふう。また溜息。お菓子と食品売り場にぽつんと缶詰が並んでいた。そのうちの一つを取る。
「カンパン。そうだった、こっちじゃこれの方が豆より安いんだよね」
 単価で考えると豆の方が高いってどうだろう。大きい袋に入った乾パンを持ち上げる。
「いれとこ」
 戦時中のあちらなら無駄にはならないはずだ。
「懐中電灯とペンライトに乾電池。メモにペンと」
 出費は限りなく増えていく。
 ……領収書持っていって請求できないかな。出来ないよね。はあぁぁ。
 私は寂しくなったお財布を思い、心の中で涙した。 


 

 

 

 

 

inserted by FC2 system