七章/いつもの違う日常

 

 

 

  


 持参したインスタントカメラをポケットに秘め、高鳴る胸を押さえつつマナの後ろにくっついたまま歩く。
 ポケットに収められる薄型カメラ万歳。文明って凄い。そして財布の中も少し薄くなったけど気にしない。
 マナの影宜しくピッタリとくっついて歩く。図書室で会ったりはするけれど、名前も知っているけれど、教室を知らない我が身が恨めしい。
「賀上椎名の教室はクラス一つ挟んだ場所にあるのよ。んで、今の時間帯なら彼はそろそろ中庭へ移動中! ばっちり確実にこのタイミングなら『きゃあ、奇遇っ。もうこれって運命の出会いね』の一言で一発よ」
 軟体生物みたいな動きで身体を軽く揺らし、愉しそうに笑うマナ。何故我が親友が彼の教室や居場所を知っているのかという疑問は考えない事にする。たぶん謎の情報網や捜査網や裏ネットワークがあったりするんだろう。
「あの、マナ。私はその、運命の出会いじゃなくて写真を」
 拳を握りしめ、妖しい光をたたえた瞳で私に向き直る。既に出会っている以上再会って言うと思う。
 思ったけれど妙な迫力が怖かったので口にはしない。
「まぁ固い事いいっこ無しよ、せっかくこの日のいえ、何時か来ると思ってたこのチャーンスをモノにしなくて何時するの!?」
「…………チャンスじゃなくて写真を」
 もしかして忘れそうになってないよね、写真の事。
『居た! よっし自然に中庭へ誘い出してシャッターチャンス!!』
 あ、良かった。目的を忘れ去られて無くて。
「かーがーみ君、ちょっと良い」
 止める間もなく、スキップしそうな足取りで超高速移動をし、ぽん、と気軽に彼の肩を叩く。
 触った! いや、そうじゃなくて今の動き何!? 見えなかった。見えなかったよマナ。
 アニスさんのスパルタ特訓でグンと上がった動体視力でも追いつけないなんて、我が親友恐るべし。
「え、ああ。ええと――」
 見知らぬ女子生徒に親しげに声をかけられ、余程驚いたのか彼はぱちくりと瞳を瞬かせる。
「あたし日畑真波、まあそれは良いの。ねね、賀上君天気も良い事だし今から中庭にでも行きませんこと」
 小指を立てて、今にも高笑いを紡ぎそうな声音で上機嫌にお誘い。私には絶対に真似できない。
 そしてマナ、自然と言うよりも、もの凄く不自然。
「丁度行こうとは思ってたんだけれど」
 自然に返す賀上君。そこはもう少し突っ込むところと言うか、普通なら断るというか。
 でも断られたら困るんだけれど。悶々と悩む私に構わず、マナは相変わらず妙なテンションを継続させ、びし、と中庭の方向を指さした。
「なんって偶然。ミラクル運命的合致! 行こうすぐ行こう今すぐ直で素早く迅速に」
「マ、マナ。マナちょっと」
「何よカリン、今良い感じでごくごく自然に誘い出し中なのよ」
 自然なつもりだったんだ。
「自然って、すごい不自然だよ!?」
 思わず大きな声で突っ込んでしまう。
「あ、音梨」
 彼の視線がこちらに向く。はっ、気が付かれた。
「あっ、あう……その」
 今まで避けていた気まずさもあり、上手い言葉が見つからない。「あー」や「うー」等と意味不明の呻きになる。
「そうその音梨果林ちゃんも中庭行くのよ。でー、天気も良いし木陰の風も気持ちいいかな、って事で賀上君を誘おうってカリンちゃんが!」
 そんな私の名前を強調しなくても。間違ってないんだけれど、心の準備というモノが!
「そうなんだ?」
 不思議そうに聞き返してくるだけで私の心臓は口から飛び出しそう。
 良し頑張れ私。こ、ここでスマートに出来るだけスムーズに事を運ぶのっ。さあ行け音梨果林!
 自分に活を入れ、こわごわと唇を開く。
「いっ、行きます?」
 出てきた言葉は、間の抜けたものになった。
 い、行きます? ってなんだ私ーー!! ここはもう少し『そうなんですよ、木陰も気持ちよさそうだから』とか気の利いた台詞を言うべきなのに。
「良いよ」
 ええと、ええと、もう少し気の利いた言葉を。
「いえあの木陰が気持ちいい、いい……」
 気持ちいいからえっと。あれ。今、良いよって。
 木陰が良いよって事。違う、それはいま言ったからその前の。
「カリン良かったねー。中庭一緒に行こうって」
 嘘。
「あの辺り、オススメだよ」
 にっこりと、とても嬉しそうに彼が微笑んだ。
 ゆ、夢? 静かに振り向いた校舎の窓には呆然と佇む私の姿がハッキリと映っていた。



 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system