章/世界と世界

 

 

 

  
『これは言葉を覚えた方が早そうだ』その事に気が付いたのは並べられた背表紙が、すべてこの世界のものだと気が付いたときからだった。題名だけでいちいち翻訳を調べていたら日が暮れる。数日ほどこの世界の文字とにらめっこした結果、何とか簡単な言葉なら辞書無く分かるようになった。英語で言うところの『キャット』とか『ドッグ』の域だが。
「そう言えばカリン様、この間壊れたとか言ってましたけど、何かありました?」
 ぺらぺらと四冊の本を捲る私にシャイスさんが尋ねてきた。
 あれだけ邪険に私がしたのに良く近寄るものだとも思ったが、考えるとプラチナやアニスさん。他全員。彼の対応は果てしなく悪い。
 毎回蹴られて虐められるより、たまに切れる私の方がマシなんだろう多分。
「ああ。ちょっと壊れたみたいで」
「コチラで用立てられるのでしたらご用意いたしますけど」
「いえ。多分あんなのは無いと思うので」
 あんな超科学な機械があるとは思えない。あるような所だったらもう少し辺りにメカメカしさが漂っていても良いはずだ。エレベーターとか電話とか。
「そうですか」
「それに、こっちで必要とは思えませんし」
 何だか肩を落とす彼に笑って見せる。
 圏外の上に多分電池切れしているだろうから使いどころも見つからない。
 別になくたって今は困らない。
「そんなに大きい声でした?」
「いえ。たまたま通りかかって気になってまして」
 どれだけ控えめなんだろうこの人は。あの発言から優に六日は経過している。五日かな。
「でもなんですカリン様。そんな同時に」
 笑う彼。でも私は笑わずに端的な説明を発する。
「私の世界の言葉、こっちの言葉、更に別世界の言葉、それを使った術書」
「……ごめんなさい」
 何故か謝られた。
「使えるの見つかりました?」
「全然です」
 アニスさんのアドバイスである「『ぴんっ』と感じるものがあればそれよ。才能に対する運命の出会いというかそんなの!!」は、全然見つからない。ピンもビビッもピリピリも。 閃きすらも起こらない。ただただ朗読マシーンのごとく頁を捲り続ける。
 手応えどころか感触すら掴めなくて、はあー、と溜息が漏れそうになった。
「カーリンっ」 
後ろから聞こえる声と、背後からの痛烈な一撃。
 顔面に喰らった衝撃に一瞬意識が飛んだ。肩に掛かった重みに、両手を机に付けて勢いよく顔を引きはがす。近すぎて暗くなった文字が急速に離れていった。
 つまり、後ろから何かに突撃されて私は本に顔面から突っ込んだわけだが。
「なんでふか。顔ふちましたよ」
鼻が痛むせいで台詞がくぐもった。
「そうですよマイン様。いきなり後ろから攻撃は駄目です」
「えー。抱きついただけだよ失礼な。それよりさ、カリン訓練場に行かない?
 こんなのも避けられないって事は鈍ってるってコトだしさ、ね!」
 シャイスさんの言葉に悪びれた様子も見せないマイン。
 でも言ってることは正しいかも。基本的な軽めの訓練は続けているけど、本の方に集中していて体術までは気が回っていなかった。
「そー、ですね。文字が夢に出てきそうですし。行きます」
「ばんざーい。良し決定したなら行動だー。行こうよ」
 両手をあげて喜ぶ彼。だが私の手元には本が数え切れないほど散らばっている。
 元々大量に重ねてあったのが、さっきの激突で崩れて大雪崩。とんでもない有様だ。
「じゃあコレを片づけて、着替えてから行きますから。先行ってて下さい」
 積み上げて運べそうな量に整え、マインに視線を送る。
「えぇっ。もーう、仕方ないな。待ってるから出来る限り早く来てよね」
 亜麻色の髪の少年は、とっても不服そうだった。だが最近訓練を一緒にしていないこともあって、折れたのか不承不承承諾する。
「あはは。はい」
 唇を尖らせる同僚の勇者候補に、私は小さく笑って頷いた。隣で呆れたようにシャイスさんがマインを眺めていたが、騒がしい乱入者で久しぶりに私は和んだ気分にさせられた。

 

 

 

 

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