三章/勇者の価値

 

 

 

 
 生ゴミまみれになった男の人二人と、対峙する同じく生ゴミにまみれた私。
 妙な構図というか、展開になった気もするけど、なった物はしょうがない。
「良いですか。あなた達には聞きたいことがあったんです」
「はぁ、寝ぼけるな。こっちはお前を」
 きっ、と真正面から見つめて質問を始めた私に、『なにいっとんじゃ』的な視線を向けてくるが、無視して続ける。
「この世界どう思いますか」
「は」
「魔物って意思疎通が出来ると思いますか。それとも出来ない?」
 矢継ぎ早に繰り出される私の質問。彼らの勢いがそがれていく。
「知るか」「しらねーよ」
 それどころか、空気に飲まれつつあるのか素直に答えてくれる。
「じゃあこの戦争の原因。発端をお答え願いますか」
「んなもん知るか」「発端なんてあったか」
 ついでに私の聞きたい言葉も混ぜておく。やはりこの人達も分からない、か。
「では、私をここまで追いかけてきた目的がありますよね。
 勇者候補はあなた達にとって何ですか」
「偽善者さ」
「胸くそ悪くなるような連中の集まりだ」
 吐き捨てられた言葉達。彼らの感想は分かった。理解はしない。
「じゃああなた達がすればいいじゃないですか。よっぽど向いてますよ。
 戦って下さいよ、魔物と。この世の大半を覆い尽くす敵と」
『……………』
 冷たく一瞥すると、彼らが石のように押し黙る。いきなり怒濤の勢いでまくし立て始めた私に驚いたんだろう。そういう自分が一番驚いている。
 何しろ彼らは、私より大きくて。あの初老の女性よりも力強く。生気に満ちていた。
 勇者になれなんて無茶は言わない。だけど、私を追いかける以外はないのか。
「それとも何ですか。あなた達はもしかして、弱そうだから、私を追いかけてなぶり者にしようと、そう言う器の狭いこと考えたんですか。その力を別の場所で使おうとか全然考えないんですか」
 悔しくて罵詈雑言すれすれの質問が飛び出る。拳をあげようとした相手を見据えたまま、私は動かなかった。
「私は質問をしてます。戦いを申し込んでる訳じゃないんです。
 戦闘能力のないと思える私に、攻撃をしかける理由を教えて頂けますか」
「むかつくんだよ」
 振り上げられた拳は下ろされない。返った言葉は一つだけ。
 絞られる声。私には十分だった。
「分かりました」
 日光を受け、ぬるくなり始めた空気に吐息が混じる。
「この世界は、私の世界と同じです」
 二人が、たじろぐ。私が言っている意味が分からないというように。
 不気味な物を見る目で、僅かに引く。別に聞かせている訳じゃない、私自身へ、言い聞かせるための反すう。
「あなたも人間です。私も人間です。そして城下にいる人達も人間です」
 私を罵り、庇ったあの人も人間。
 世界の数だけ幾多の人がいて。沢山の感情がある。
 そして、私は目の前にいる彼らとは相容れない人間だ。全く別種の生き物だ。
 始めから逃げる気はなかったが、候補者としてではなく、私として彼らと戦う決意が出来た。
 コレは私のプライドだ。小さな小さなプライドだ。
「お付き合い頂いたお礼です。及ばずながら、お相手します」
 友達を偽善者と呼ばれた事に対する、反撃。
全くの丸腰のまま、薄く笑って、私は掌を自分の眼前にすっと掲げた。


 誰も動かない。シャイスさんが時折不安げに行き来しているのだけが分かる。
 まあ、不安にもなるだろう。幾らスパルタを受けたとはいえ、滞在日数十五日で一体どんな反撃が出来るのか。
 彼らは、不気味にゆらめく私の拳に集中している。それが付け目。
 足下も気をつけながらゆっくりゆっくり近寄ると、隠し球を恐れてか。それとも城から誰かが出てくることに脅えてか、じりじりと後退していく相手。
 彼らが重なって見える丁度一直線になった頃合いを見計らい、滑り込むみたいに足を引っかけると棒が倒れるように簡単に後ろに反れて、後ろにいる人まで巻き込んで大転倒。 よほど倒れるときに抵抗したのか二人は絡まった体勢で、漢字の一みたいになっている。
 勿論私の手は緩まない。寧ろ素早く彼らの脇を掴み、あんな体験がこんな所で役に立つとは思わなかったけど。
「そぉれ。ゴロゴロゴロォ」
 目一杯力を込めて転がす。結構楽しい。マインが嬉しそうにしていたのが何となく理解できた。酔っているのか悲鳴も上げられずなすがままの二人。
 転がすだけなので私はそんなに力を込めなくてもすむ。それに。
『てめ……』
「さようなら。もう会えませんように」
 何か言いたげな彼らに手を振って微笑む。手は放してある。
 もうあとは反動だけで地獄行き。
『えぇええぇぇぇ!?』
 恨めしげな絶叫はすぐに遠ざかった。
 私の前には足を滑らせたあの忌まわしき場所。シャイスさんが追いつめられてくれていたオカゲで、微調整するだけで彼らは自動的に町中にゴールイン。
 何か黒っぽい固まりが遠くの方にある廃墟辺りに転がっていく。
 多分あれが彼らなんだろうけど。良く無事だったな、私。
 傾斜は長く、街の広場まではちょっと広めのグラウンド三個分位ありそうだ。 
「カリン様。あの、話し合い」
「執念深く追いかけて殴ろうとする人と語り合う趣味はありません」
 私のあっけらかんとした台詞に。何故かシャイスさんは肩を落とし、『はあ、それも。そーですね』と希望を打ち砕かれた少年みたいに項垂れた。

 

 

 

 

 

 

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