十四章/居場所

 

 

 

  

 恋敗れた乙女のごとく泣き崩れそうになるカルロを引きずり、城下に赴く。
 案内されてるのかしてるのか分からなくなってきた。現状はどちらにも当てはまっては居ないだろうけど。
 項垂れてふて腐れる少年をあきれ顔で引きずる少女(私)。
 どんなに観察しても吸血鬼と仮勇者候補には見えないだろう。
 良い事なんだけど、微妙に複雑だ。主にカルロを無理矢理引っ張ってる辺りが。
 なんだか私が拉致してるみたいではないか。まだ泣いてるし。
「もういい加減にして下さいよ。そんなので護衛できるんですか」
 こんなにへろへろな護衛だと頼りない以前に移動すら一苦労。
 人通りが少ないのが幸いでもある。この世界の知り合いに見られたら問いつめられる。
「お前強くないけど強いじゃんか。いらないだろ護衛」
「また理解不能な事を」
 矛盾した台詞に深く息を吐き出す。脳みそが正常稼働していないようだ。
「物理攻撃弱いけど、言葉の刃が痛いぞもの凄く」
 攫われた翌日、様々な理由で疲れ切っている少女に掛ける言葉がそれか。
 策士、軍師、悪魔と呼ばれた唇で余程踊りたいと見た。
 思考の深淵が暗い言葉を吐き出す。重く、地を這う怨嗟の切れ端。
「……望むなら本気で締め上げますよ」
 言葉攻めで。
 泣くなんて生やさしいものじゃなく、再起不能に陥らせてあげよう。ちょっぴり腹が立ったから。
「う。目が怖いお前」
 潤んだ瞳で私を見ないで欲しい。
 なんだかちょっと可愛い。女の子心が複雑です。
「女々しいです。いつまで泣いてるんですか」
「昔から気にしてるんだぞ。さっきのとか」
 気にしていたのか。女々しいの部分には反応しない辺り、兄姉に言われ続けているのかも知れない。
 鼓膜を揺らす文句に肩をすくめて溜息一つ。
「私は悪いとは一言も言ってません。カルロはカルロの個性があると思うだけです。
 別段誰かと比べなくても良いじゃないですか。卑下する必要はありません。少なくとも私よりは強いんですし」
「それ、慰め?」
「慰めと言うより、事実で私が思ってる事です。
 劣等感なんて誰だって持つモノですよ。城で密集してる化け物を除いて」
 勇者候補に劣等感を期待するだけ無駄だ。根底から違っている。
 アベルなんてもう生物と考える事すら止めた。あれは自然災害みたいな物体だ。
「お前より強いの当たり前だろ」
「その当たり前が悔しいんです。羨ましい。むかつく」
 当然のような口調に冷静を装っていた私の唇が尖った。
 ええそうですよ、当然ですよ。私は弱いんですし。そんな私より泣き言漏らすなんて贅沢な。
 こちらより才能が眠っていたりするヒトが落ち込んでいるのを見ると励ます前に腕を捻りたくなってくる。
 本を身長より高く積み、読み込んでも。数百、達人と打ち込んでも私は何にも生まれなかったから。余計腹が立つ。
「それ八つ当たりじゃないか」
 続けざまな愚痴に呆気にとられた様子で口を開く。牙が見えますカルロ。
「八つ当たりですよ。また帰ったら弱いうんぬん五月蠅く言われそうで……もう少し城下にいたい誘惑が」
 彼の言う通りで悔しいけど、ただの八つ当たりなのは紛れもない事実なので肯定する。吐く息が重い。心は深海よりもブルー。
 帰ってからの事を考えると頭が痛い。
 プラチナは静かに怒り、アベル辺りには鼻で笑われ、シャイスさんやマインには泣かれ、アニスさんには抱擁されまくる未来が見える。
 憂鬱だ。書類、溜まってるだろうな。
「帰って来れたとたん足踏みか。だったら出てこなけりゃよかったじゃん」
「そう言うわけにも行かないんですよ」
 簡単に言うカルロに頬が膨らむ。こちらにも事情とか都合がある。
 プラチナが良いと言ってくれれば一週間は元の世界に帰られるし。
 そろそろ帰れる頃だと信じたい。
 この騒動で延びたりしそうなのが怖いけれど。
 うう、賀上君とマナに会いたいよー。
 現代日本では人攫いなんてもの凄く運が悪くない限り遭わないのに。
「なんでお前たまに涙ぐむんだ」
「だから、世の無常とか。世界の悪意を憂いてるんです」
 返事をしながら左手の指先で少しばかりの涙を拭う。
 神様なんて嫌いだ。こんな事ばかり続くと神様なんて要らない。
 神がアテにならないなら全部自分で終わらせて自力で難関を突破するしかない。
 考えて深く落ち込む。前も今も全部そうだったのに気が付いて。私、普通の女の子なんですが。
 最近ちょっとだけ普通の女の子から外れつつある気もするけれど忘れよう。
 これはもう、一般人代表として世界の不条理ごと切り裂いて前に進むしかないようだ。
 箒とかモップとか、小麦粉とか油なんかで! 攻撃がしょぼいけれどこれでも精一杯だし。
 うん、頑張ろう。頑張れ音梨 果林。すぐに元の場所に帰れると思うから。
 ……帰れると良いなぁ。
「わけわかんね」
 心で誓う私を横目で見たカルロは、ぼそっと疲れたように零した。



 城下に入って見慣れない場所をしばらく歩くと、ゆったりと景色が馴染んだ光景に変化していく。
「懐かしい」
 ほっと安堵の溜息が出てくる。帰ってこられた感動で言葉が唇から滑り落ちた。
 奥や裏道とかは入れないので表通りしか知らなかった。今のは奥の道だったらしい。
「一日しか経ってないだろ」
 さらりと感動を砕いてくれるカルロ。爪の先程度浸らせてくれたって良いだろうに。
「そうなんですけどね。ちょっと感動したんですよ」
 ああ、生きて帰れた。死ななかった。もう大コウモリなんていない! といった感じの。
 改めて思うが我ながら血生臭い感動の仕方だ。
「……変なヤツ。う、熱……」
 げんなりとした顔でぼやいた彼の眉間に皺が寄る。
 先程より日が昇り、辺りが明るい。
「大丈夫ですか。やっぱりこの辺で分かれます?」
 これ以上日差しの下に置いたら灰になる気がして提案する。
「なんかチリチリするだけだし良い。まだ焦げてない」
 余り歩いていないのに、ぜえぜえ息を切らし、首を横に振るカルロ。頑固だ。
「焦げたら終わりな気もするんですが」
 人前で焦げようものなら目を変えてる意味もなくなる。
 更に言うなら今でもちょっと目立つ。
「気にするなっての」
「いや。気になりますから。あ、そうだ。良いの持ってるんですよ」
 様々な意味で、と心で突っ込んでおき入れたまま忘れかけていた品の一つを思い出す。
 ええっと確か、持ってきた荷物の中にあったような。
 この世界ではあんまり使ってなかったから入れたままだった。確か、使いかけと新品があったはず。
「何だ?」
 ゴソゴソ鞄を漁る私を見て彼が首を傾げる。あ、あった。
「じゃーん、女の子の必需品、クリームです」
 ようやく発見した嬉しさで必殺の兵器を取り出した時みたいに胸を張ってみる。
 白い肌のようなすべらかな容器と、太陽の光を吸い込んだオレンジみたいな蓋が可愛い。
「俺男だし。クリーム塗る柄じゃないだろ」
 ノリが悪い台詞に頬が膨らむ。燃えそうな吸血鬼にただのクリームを勧めるわけがない。
「クリームですけどそうじゃないです。日焼け止めクリームです。UVカット。
 なんと強力な方ですよ。これ一つで日差しに弱い敏感肌でも大丈夫」
 効能を説明したら化粧品か薬局の宣伝みたいになってしまった。
「おお。それは便利だが……ほんとか?」
 感心したような溜息を吐き、ちら、と伺うような視線。
 疑われた。最新版の日焼け止めなのに!
 いえ、まあ。吸血鬼がこれで平気になるかと言われるとはなはだ疑問だけれど。
「しないよりは良いはずです。太陽光はコレで防げるはずなんです」
「すっげえ疑わしい」
 必死に説明するも、キッパリ告げられた。ショック。少しはオブラートに包んで欲しい。
「要らないんですか。折角出したのに」
「いる」
 さんざん疑いながら結局いるんですか。
「あげます。新しいのありますから。
 それ使いかけですけど少ししか使ってませんし、しばらくは使えるはずです」
「いいのか。じゃありがたく貰うけど……どうやって使うんだ。何語だコレ」
 裏文字の表記を眺め、爪で引っ掻いたり指の腹で擦ったりしている。
 日本語と英語です。
 コラーゲン配合だけど男の人が使っても効果あるんだろうか。
 取り敢えず塗り方を教えてみた。塗り方と言っても大層なものではなく、掌に(液状なので)液を落として広げて塗る。
 ただそれだけ。本当に塗るだけだ。
「塗った感じがしないけど。無いよりは良いか。痛くないし」
 初めて使った時の私みたいに掌の匂いを嗅いだり擦り合わせたりする。
 塗った後のべたつきもなく、無色の上無臭なので気が付かれにくい。
「それは何よりです」
 日焼け止めは吸血鬼にも有効、と。
 頭の中でメモをして少し考える。
 日差しより命の心配ばかりしていたが、将来の事を考えてお肌に日焼け止めを毎回付けるべきだろうか。
 獣王族だと匂いに気が付かれそうでもあるし。ううん、女の子を頑張るか生き残りを取るか、難しい。
 やはり生きてこそだから戦場で使うのは止めておこう。外に出る時に塗ろう。決めた。
「二十年位来ないうちに寂れたな。城下」
 塗り終わってない手の甲をさすりながらカルロが看板を眺める。
 周囲にはまだ魔物の爪痕が色濃い。
「戦時中ですから」
「そうなのか」
 クールというか、呑気というか。吸血鬼だから平和ボケしてるだけなんだろうけど。
「豆とか高っ。買えんのかこれ」
 世間ズレした吸血鬼の驚愕に転びそうになった。物価の高騰も知らないのか。
 いや、二十年ぶりって時点で仕方がないんだろうけどこれでもマシな価格になった方なのに。
「買えたら盗賊強盗出ませんね」
「俺人間じゃなくて良かったー」
 ぼそっと納得できる微妙な台詞を吐くのは止めて下さい。
 現状吸血鬼の方が楽である。
 裏の方のお茶は値が法外な事になってたし。聞いた事無いから遠い場所の茶葉かな。
「あ。あれ城だろ。城、いつ見ても壊れそうだな」
「誰が聞いてるかも分からない表通りで不穏な事言わないで下さい」
 子供のように瞳を輝かせながら兵士が聞けばお縄になりそうな事を平然と言ってくれる。
 壊れそうとの単語には言い返せはしないけれど。あちこち穴空いてるし。
「カリンちゃーん。ふう、こんな近場に居るわけ無いわね」
 ぼうっと見上げていた耳に懐かしい声が入り、過ぎていく。
「のあっ!?」
 反射的にカルロの襟首を掴んで地面に伏せさせた。
 声を出せないよう自分の腕を噛んでて貰う。
「裏の方に行ったほうが良いかしら。カリンちゃん〜。何処なのー」
 石畳に反響し、消える足音に溜息を飲み込む。
 あ、危なかった。
「お。いい女」
 重しになっている私の身体をあっさり剥がし、にやと彼が笑う。
 鼻の下が伸びてますよ。アニスさんはスタイル抜群で比べる前に敗北だけど。
「優しさを持って言いますが、噛みに行くのはとめますよ。あの人勇者候補ですから」
 なんだか今にもふらふらと付いていきそうなので釘を五本ほど刺す。アニスさんを襲ったら返り討ちでは済まない。
 どのような制裁を受けるか、考えるだに恐ろしい。
「え。まじ。……勇者候補が探していたのに何で行かなかったんだよ」
 ぽかんと口を開け、正論をぶつけてくる。
 ふかーい息を吐き出しそうになった。
 強引に攫われ、朝に帰ってきた私。その隣にいる男。
 結果は見えている。
 今探し出されれば子供も大人も見てはならない地獄の扉がすぐ側だ。
 あなたが見つかったら血祭りです。サバトです。逆さ吊りして引き回しの刑です。
 などと言えるはずもなく遠い目になった。
 


 

 

 

 

 

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