十四章/居場所

 

 

 

  

 何度二の腕を叩いても身体を動かして訴えても解放して貰えなかったが、腕が千切れる前に放してくれた。
 悲しい事に私の必死の抵抗の賜物ではない。突如「あ」とカルロが口を開いて手をゆるめたのだ。
 勿論顔面から地面と仲良くなった。泣けてくる。紳士は何処に行ったんですか。
 筋を違えたような腕の痛みに顔をしかめながら恨み言を心で呟く。
「どうしたんですか」
 尋ねる声が若干低くなるのはしょうがない。これがシャイスさんとかだったら蹴りの二発入れている。
 思春期の少年並の感性らしいし、仏の顔も三度まで。少しは目を瞑ろう。
 精神以前に言動が五十の吸血鬼には見えない。
「あー、やべ。人里降りるの久しぶりだから忘れてたけど種族ばれるとヤバイよな」
「ヤバイ以前に抹殺目標にされると思うんですが」
 吸血鬼騒ぎが起こっている現在聞くまでもない事だと思う。
 頬を掻きながら眉を寄せているカルロに一応頷き返す。
「う。だよな……じゃあ眼は変えないと駄目か」
「どういう意味です」
 妙な事を言い始めた彼に疑問の視線を投げる。変えるって何。
 ぽんっと出て来た軽い質問だったが、信じられないものを見るように凝視された。
「あ、お前知らないのか。銀髪で紅い眼は吸血鬼に多いんだよ。髪が違っても赤だけで目立つ、と思う」
 カルロが数拍考え込んで合点がいったように頷いて説明してくれる。
 なるほど。
 吸血鬼にも目印があるという事か。
 忘れたわけではないけれど、カルロも吸血鬼で、姿を変える事が出来るんだったっけ。
 納得――しようとしてふと疑問が鎌首をもたげた。
「異世界から来た人で同じ姿した人居そうですけれど」
 異界からの召還。プラチナは銀髪と蒼い瞳。アベルは同じく銀髪と翡翠の瞳。
 城でも銀髪ならこれだけ目にするのだ。銀に赤なんて召還されていてもおかしくない。
「印があるから分かるだろ」
 何を言ってるんだ、とばかりに深い溜息をつかれた。
 いえ、印って何ですか。わかんないです。
 そして憐憫の眼差しを引っ込めて下さい。なんとなくむかつきます。
 世間知らずもここまで来ると、と声なき台詞が耳に入ってくる気がして胸中を逆撫でする。
「あのですね」
「ちょい待ってろ。眼の色変える」
 問いつめようとしたら瞳を閉じて静止の形で手を広げられた。
 う、ずるい。聞きたいことがあるとき、誰も彼もが肝心な時邪魔をしてくる気がする。
 被害妄想なんだろうけど。
 なんか、釈然としない。
 息を吸い込んで術の準備を整え始めたカルロを精一杯の恨みを込めて八つ当たりで睨む事にした。
 全く気が付かれない。晴らそうとした鬱憤は、逆に溜まった。
 納得いかない。



 鮮やかな紅が舞い踊る。
 白い羽の先端が朱に染まっているその鳥は、優雅な動きで相手を誘う。
 大きさは雀ほど。なのに、広げた羽と尾羽が一回りも二回りも彼を頼もしく見せていた。 
 巧みな舞い手に酔わされたのは人間の私だけではなく、同族の鳥達も。
 一匹の雄に何匹もの雌が舞での求愛を待っている。 

 恋の季節。
  
 ああ、良いなあ。私もそんな風に甘い一時過ごしてみたいな。
 妬みが出るほどに辺り中恋愛模様一色だ。どうも今はあの鳥たちの巣作り期間中らしい。
 それにしてもあの雄鳥は上手い。何匹ものライバルを押しのけて羽毛みたいに身体を捻る。
 人間ならトップダンサー間違いなしだ。
 そう断定できるほど私は鳥の求婚を見続けているわけです。
 成就したカップルがそろそろ片手で足りなくなってきている。
「まだですかー」
 城は側なのに何で私はバードウォッチングしてるんだろう。しかも求愛ばかり。
 愛か、愛。はあ、この世界に来てからあの鳥たちのようなひたむきな愛を向けられる事は無い。
 マインは助けてくれると言ってくれたけど、愛なのか保護欲なのかも分からないし。
 ちょっとでいいからあの群れの中に混ざってつかの間の恋愛気分を楽しんでみたい。
 好きな人が居てもこう殺伐とした世界にいると心がすさみそうになる。
 血にまみれた戦いの果て攫われて。帰ればまた地図と魔法書の挟み撃ちだろうし。
 鳥に混じりたいって時点で恋する女の子というか、人としてどうかとも思うんだけど。
 もういっそ鳥になって羽ばたきたい。昨日の事とかこれまでの事が記憶から吹き出して、涙が出そうだ。
 ううっ。平凡だったあのころが恋しい。
「お待たせ。終わったぞ……なに半泣きになってんだ」
「世の無常を噛み締めてただけです」
 目の端に少しだけ浮かんでいた水分を拭って平和な鳥達の恋愛から現実に思考を戻す。
 上を向いていた顔を正すと真正面にカルロが見えた。
 確かに赤みがかっていた双眸は変わった。黒に近い灰色に。
 じっくりとそれを眺めて黙考する。
「眼、変えたんですよね」
「おう」
 胸を反らして自信ありげに答えてくれる。
「……ところで変える必要あったんですか」
「なっ!?」
 素朴な質問を飛ばすとがく然とした表情でカルロが口を開ける。
 犬歯が丸見えだ。吸血用の牙かな。
「赤いとばれるだろ!」
「髪も黒いですし、カルロの場合遠目だと赤に見えないと思うんですが」
 近くてもニーノさんの隣にいれば暗い朱だから『ん?』と感じる。
 ニーノさんが宝石の赤なら、カルロの瞳は深い闇に沈む血の赤だ。
 吸血鬼らしいと言えばらしいけど、焦げ茶でも通る色。
「ぐ」
 素直に答えてみたら丸太で後頭部を殴打されたかのごとく大げさと思えるほど身体を反り返らせる。
「そ、そんな事無い。俺の眼は赤いんだ!」
「そうですか? どちらかというと茶に近いですよね」
 ごん、と鈍い音がして驚いた鳥の群れが飛び立つ。あ、求愛中だったのに。でも、ごんって何だろう。
 不思議に思って音の主を探ると、何故かカルロが平衡感覚を失って樹にぶつかっていた。
「ち、近くない! 一応吸血鬼だから赤いんだっ」
 しかも何だか泣きそうだった。どうも私は触れてはいけない部分に触れたらしい。
 素直に答えたのが裏目と出たか。かといって今更取り繕うのも逆に煽るだけだろうし。
ここはフォローを入れつつ流そう。
「そうですね。備えは大事ですよね。だってカルロは吸血鬼ですから」
「どうせ強調しないと見えないよ。お前なんて嫌いだーーーー!」
 とうとう泣かれてしまった。別に兄姉と比較した訳じゃないのに。
 思ったより劣等感が溜まっているらしい。
 子供みたいに目尻からはらはら涙をこぼすカルロは瞳の色が変わっても同じヒトだった。
 


 

 

 

 

 

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