十三章/なりゆき生贄

 

 

 

  


 私は頑張ったと思う。日本人独特の遠回しだったり回りくどかったりする否定表現を目一杯使ってお断りし続けた。
 結構ですとか、お気遣い無くとか、私なんてそんな大それたもの着れませんとか。
 全て『まあ、そう仰らないで』とまばゆい微笑みと共に受け流されてしまった訳ですが。
「これが良いかしら、んー。黒髪だから赤や白も宜しいですわね」
 空中に指先を向けて数枚の服を取り出す。流石吸血鬼、空間をクローゼットの代わりにしているらしい。
 いや、それは良いんですが。
「あの、ドレスというのはどうかなぁ、と思うのですけれど」
 明らかに高そうなドレスが山のように積み上げられていく。彼女が思案している間に更に増える。
 どれだけ持っているんですか。
「ドレスはお嫌い?」
「ええと、動きにくい気がするから」
 悲しそうに尋ねられ、答えが尻すぼみになっていく。
 ただでさえ圧倒的な美貌に気圧されそうなのに止めて下さい、憂いを含んだ瞳は。
「その点に関しては大丈夫ですわ。家の中ですもの、余り移動しませんし。
 遠くに行く時は、転移をして差し上げますわ」
 両手を合わせて微笑む。
 うあああああ、そう来ますか。転移なんて普通は超高難易度の術のはずなのに、彼女にとってはエレベーターとかの代わりにしている日常的な術らしい。
 空間を広げてクローゼットにしてる時点であり得た可能性だけど。勇者候補よりスケールが違いすぎて付いていけない。
 もう諦めるしかない。うう、何か凄く楽しそうだし。着替えはしたいし。
「ええと、サイズは合うんでしょうか」
「大丈夫ですわ。このデザインを見て貴女にピッタリにあつらえますもの」
「あつ、らえる?」
「軽い品なら術で創り出す事が可能ですのよ。
 この家にある寝具や家具等はほぼお兄様がこしらえましたの。
 お兄様は弟と違って、センスがありますわ」
 ひえええ。この家のほとんど丸ごとあの人が創ったのか。
 確かに、センスが良い。お城より豪華絢爛で、なおかつシックに纏まっている。
「えーと、お兄さんが大好きなんですね」
 庶民な私は目の前の美人な方と美的感覚を共有するのすら躊躇われ、無難な方向に話をずらす。
 弟さんには冷たいんですねとは敢えて問わない。はい、なんて言われたら可哀想すぎる。
「ええ。能力も強い、私の自慢のお兄様ですわ」
 やっぱりニーノさん強いのか。良かった、平和主義者で。
「やはりベーシックに参りましょう。うふふ、年頃の女性とお話しする機会も無くて」
「……でもお兄さんは、たまにお茶とかしますよね」
「そうですけれど、大方の方はお兄様しか興味ありませんもの。
 それに、吸血鬼は余り良い噂がありませんし、近寄る事すら嫌がられますの。
 貴女はそう、お思いかしら。吸血鬼はおぞましい――化け物?」 
 柳眉を潜めて小さく問われ、首を傾ける。うーんと、そうだなぁ。
「さあ、どうなんでしょう。少ししか話していませんけどこの家の方達は優しいと思います」
 弟さんの恩人と言う事もあるのか、今のところ乱暴な扱いはされていない。
 見たところ本気でお茶をするのが好きなようだったし、何処かの勇者候補とは大違いだ。
 雑貨屋、町、城。今まで出会った人達の中でも五本の指にはいるほど平和的な話をしたと思う。
「私もお洒落なんて久しぶりで楽しいですしね」
 笑ってみせると相手の顔が明るくなる。本当に辺りに花が散りばめられたような空気だ。
「そう、良かったですわ。もし、不気味がられていたらどうしようかと思いましたの」
「不気味、がる? そんなに綺麗なのにですか」
 地下で初召還の時の衝撃と恐怖を考えると、知っているので吸血鬼だけでは驚けない。
 口元に染料を滴らせたマスクを付けたシャイスさん達の方が数倍怖かった。
「まあっ。お上手ね」
 本気なんですが。
「私達は力が強いでしょう? ですから、恐れられ近寄ったりなんてされませんわ。
 寄るとしても私達の容姿に魅せられた者達だけ。……そんな方々とこんな事出来ませんもの」
「なるほど」
 頷いて納得する。確かに強いモノに近寄りたくないのは分かる。
 だけど、私の場合ある程度諦めている。勇者候補にも、人攫いにも、あまつさえ大コウモリにも勝てない私がどうして吸血鬼に勝てようか。
 脅えるだけ無駄だ。それに危害を加える様子もないのなら、この際思いっきり楽しむほうが良い。
 襲われたら襲われた時に考えれば良いんだから。我ながら悠長で呑気だとも思うけど、不思議と警戒しないでいい気がした。
 彼女は純粋に喜んでいるようだし、私が着替える事で長年の寂しさが少しでも埋まるなら付き合えばいい。
 お兄さんにもお世話になったし、これ位は良いだろう。城ではドレスなんて着れそうにないし。
 また服選びに熱中しはじめたグリゼリダさんを眺め、ふとマナとウインドウショッピングしていたときのことを思い出して思わず微笑んでしまった。

 
 グリゼリダさんに全てをお任せしたは良いんだけれど。ドレスってこういうものなんだろうか。
 肩がスースーする。僅かだがスカート部分に重みがあって居心地が悪い。サイズはピッタリだけど思わずもぞもぞと体を動かしてしまう。
「やはり良く似合いましてよ。やはり黒に黒って映えますわね。
 髪の黒と服の黒はまた別物ですもの、当然と言えば当然なのですけれど。とても愛らしくてよ」
「は、はあ。ありがとうございます」
 頬を掌で挟んで、紅潮した顔でそう告げられてしまうと「やっぱこれやめませんか」なんて言いにくい。
「あの、露出多いなぁ、とか思ったり……するんですが」
 袖はあるものの、首周りに布がない。
 胸が見えるって程ではないけれど肩と首から鎖骨にかけて丸見えだ。
 キャミソールも躊躇う私にとってこの格好は恥ずかしい。
 部屋の中が暖かいから寒くは無いんだけど。
「そうですかしら。肌が綺麗だから見せて良いと思うのですけれど。
 ああ、そそられますわ。
 吸血鬼にとってその姿は究極の美の表現ですの。やはり首元と肩は出すべきですわね!」
 ……ああなるほど。吸血鬼の観点でこの格好。
 それってつまりもの凄く血が吸いたくなる格好なのと違いますか。
 現に彼女の双眸に妖しい色が宿っている。
「様々な意味で身の危険を感じるのでやめませんか」
「あ、失礼。つい……うふふ、あまりにお似合いでしたからくらりと来てしまいましたわ。
 大丈夫、お兄様は不動の精神の持ち主ですもの。貴女に術をかけたりは致しませんわ」
 はっと口元に手を当て、悪戯っぽく笑う。くらりって、私がこの人になら分かるけど。
 城でも町でもあんまりそんな事言われた事はない。吸血鬼の感性ってちょっと違うのだろうか。
 不動って。安心して良いのか悪いのか。
 やっぱり身の危険を感じるのですが。……術って何だろう。
「あの、不穏な単語が聞こえたんですけど。何かされたりするとかあるんですか」
「そうですわね、普通の吸血鬼だと術で相手を魅了して血を頂いてしまいますわ」
 怖っ!
 やっぱり吸血鬼ってそんな感じなんですか。
 私の表情の変化にグリゼリダさんが困ったような顔になる。
「まあ、そんなに脅えないで。お兄様は優しいですもの。無理強いや術を嫌うの。
 私は知りませんけれど、昔試しに使った事があったけれどコリゴリだと言ってましたわ」
「コリゴリ、ですか」
 どんな事が起きたんだろう。
「ええ。お兄様力が強すぎて相手がお人形さんになってしまったそうですの。
 そんなものに慕われても楽しくありませんものね、自主性は大事ですわ。
 術を使ったのもそれ一度きり、使ってみないと威力も分かりませんもの」
「…………」
 くすくすと上品な笑いを漏らす彼女の美貌を見つめ。ニーノさんの柔和な笑みを思い出す。
 人は、いや吸血鬼も見かけによらないものだ。
 やってないのは本当なんだろうけど。
 それが出来るという事は、女の子が山の如く周りに居てもおかしくないのだし。
 確かに人格のない人形とお話ししてもつまらないだろう。そんな趣味がある人でなくて本当に良かった。
 そんな性癖があったら城下町の女の子があらかた消えてしまう。元々魅力が溢れすぎているから術なんて要らない位だし。
 まあ、確かに術は使ってみないと分からない。私だって何度も練習した。
 一度で成功してあっさり捨てるって時点で次元が違うんだろうけど。空中に服をしまい込んだ彼女の声が響く。
「髪飾りはこれが宜しくない。白のレースとフリルどちらが良いかしら。赤も良いですわね!
 迷いますわ。ああでも幸せですわ、ずっと人の着替えをやってみたかったんですの」
 言う手には思わず後退りたくなるような可愛らしいフリル付きやレースのリボン。
「あは、ははは」
 キラキラとした微笑みを見れば、もう笑うしかない。
 駄目だ、止まらない。
 私は乾いた笑いを飲み込んで観念した。もう好きなだけやって下さい。
 


 

 

 

 

 

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