十三章/なりゆき生贄

 

 

 

  

 抵抗、ちょっとすれば良かったかもしれない。
 お人形さんのように着せ替えられた私は俯いたまま後悔の念を抱いていた。
 ふわりと幾重にも重ねられた黒いスカート。
 肩と首を出した漆黒の服はちゃんと長袖。手首や襟元が白いレースで飾られている。
 一時間位悩んでいたリボンは黒。服と似たようなレースで縁取られたお洒落なもの。
 鏡で自分の姿を見るのが怖い。髪は綺麗に櫛で梳かれてしまった。
 うっとりとグリゼリダさんが私を見つめている。
「ああっ、あまりにも似合いすぎて、私、目眩がしてきますわ」
 そんな大げさな。
「さあさ、お兄様達に見せに行きましょう。これでみんな貴女の虜ですわ」
 吸血鬼を虜にしたら私の身に危険が及ぶ気がします。
 というかですね、この格好で行くの!? 止めて下さい恥ずかしいぃぃ。
 必死に足を踏ん張ったけれど、吸血鬼である彼女にかなうわけもなく。
 にこやかに私はまた引きずられて連れて行かれてしまった。
 平凡な私に似合うわけ無いのに。こんな格好見られたくない。
 相手は似合いますわとか言ってるけど、行きたくないー!
 更に足裏に力を込めても絨毯に微かな跡がつくだけで何の足掻きにもならなかった。


 トドメに転移まで使われて止める手だてはなく。
「出来ましたわよお兄様」
 グリゼリダさんの嬉しそうな声を真横で聞きながら天井を眺めた。どう隠そうとしても露出した部分が多くて覆いきれない。
 何処にでも良いから帰りたい。濡れて汚れた服より良いとは分かっているけれど、これは流石に恥ずかしすぎる。
 黙したまま二人は何も言ってくれないし、思わず顔を手で覆う。見ないでー。お願い見ないで下さい。
「思わず見とれました」
「まあ、いんじゃねぇの」
 予想もしなかった台詞に恐々手を外して二人を見る。微笑むニーノさんに微かに頬を染めそっぽを向くカルロ。
「変、じゃないですか」
「いえ、お似合いですよ」
 輝いていそうな微笑みにぼうっとなりかける。
 掌で胸元辺りを覆おうとして止めた。下手に隠す方が恥ずかしく見えるかもしれない。
「ですわよね。私、凄く迷ってしまいましたのよ」
 興奮で赤くなっている頬を抑えてグリゼリダさんが身体を揺らす。綺麗な人がやると不気味だろう仕草ですら絵になる。
 ちょっとだけ羨ましい。息をつき、正面に顔を向けるとしげしげとこちらを眺める紅い瞳と目があった。
「……うーん」
 見つめるというか、あぐらを掻いて膝に腕を立て、顎を載せた状態で見られていると見上げられている感が強いが。
 恥ずかしさで俯き気味だったせいでばっちり視線が合わさっている。
「な、なんでしょう」
 吟味されているような気がして反射的に腕をクロスする。ガードだ。
 何か知らないけど防御態勢をしておこう。
「お前、やっぱホントに女だったのか」
「女ですよ!」
 振りかぶった木槌で頭を横殴りするような衝撃的かつ失敬な台詞に思わずよろめき掛けたが力一杯反論する。
 コウモリの時もそうだったけれど、女と思われてないなんて。酷い。酷すぎる。
「けどさ、女って化粧とか香水とかの匂いも混じってるし」
 もっともな言葉に目を泳がせた。
「う。化粧とか香水は駄目なんですよ。特に匂いが強いのは怒られますし」
 と言うより私は化粧をした事がない。絶対上手く行かないような気がするし。
 化粧品類の過剰な使用を止められているのは本当だ。匂いが強いと戦う時に不利になる。
 完全に使うなとは言われていない。ただ、着飾る時間もなく、化粧をするのが怖くて。
 一番の理由は身だしなみより先に生きる事が重要だったからだ。
 恋してる女の子としてどうなんだと今更ながらに思ったりする。最低限には身だしなみを整えているけど。
「そういや勇者候補だっけ。弱そうだけど」
「ほっといてください」
 痛いところを突かれて頬が膨らむ。弱いなんて言われなくても知っている。
 グリゼリダさんがあらそうなの、とのほほんと頷いた。リアクション薄いですね。
 それは良いのですが、ジリジリと迫ってくる弟さんを止めてくれませんか。お二人とも。
 一見動いてないように見えるが、確実に距離が狭まっている。
「確かに女みたいだし……ふーん。まあ、いいや」
 瞳を細め、口元を釣り上げる。ちらりと白い牙のようなものが覗いた。
 基本的に男の人と過剰な接近をした事がない私は縮こまりながら後ずさった。
 本能が告げる。危険を感じる。離れろ。
「な、なな何ですか。凄く嫌な予感がするその笑みは」
 精一杯離れたつもりの距離は立ち上がった相手の一歩ですぐに元へ戻された。
 僅かに幼さの残った顔で小首を傾げ、彼は私に迫りつつお願いしてきた。
「血、貰って良い?」
「へ」
 微笑みに、思考が固まる。
 なんと、おっしゃられました。凄い軽く無茶な事を言われた気がする。
「だ、か、ら。血液。飲ませろ」
 顔が迫る。相変わらず傲慢不遜な態度だ。
 だが、我が身の為にここで勢いに飲まれるわけにはいかない。
「でも、血とか飲まないんじゃ」
 ニーノさんがそんな事言っていたし、野蛮だとか嫌がっていた。
 人差し指を立てて、カルロはそれを自分の頬に当て首を傾げる。
「兄貴と姉貴はどうだか知らないけど俺は違うし」
 確かにカルロには言われてない! いや納得しては駄目だ私。
「……い、いいいいやに決まってるじゃないですか!」
 ぶんぶんと首と腕を振り、拒絶をこれ以上ないって位に表す。
「痛くないから気にしない。がぶりとやられろ」
 にこやかに恐ろしい事を言ってくれる彼。
「お断りします」
 額がくっつきそうになっているのに気が付いて急いで両腕を伸ばして引き離す。
 シャツ越しでも胸板の感触が分かって総毛立つ。女じゃなくてやっぱり男の人だと実感する。
「よく考えたら別に承諾要らないんだよな。力尽くで貰お」
 ぐ、と重みが掛かり更に接近。ぎゃー、いやだー。
「助けたのにそう言うの良くないです。恩を仇で返すって奴じゃないですか!?」
「治療したからチャラって事で。力尽くでも良いよな別に」
 傷は塞いでくれたけど、全部帳消しだから血を寄越せってのは人――いや吸血鬼としてどうなんですか。
 ……吸血鬼的には普通か。って、そこで納得して流されるな私っ。
 近寄るだけでは無く、右肩が掴まれた。恐怖で身体がビクリと反応する。
 ニーノさんなら止めてくれる。私はそう信じている。彼は血を吸うのは嫌だと言っていた。
「ん、まあ。お好きになさい」
 しばし天井と私を交互に見つめ。微笑んで希望を壊してくれる彼。
「ちょっ、止めてくれないんですかぁぁっ!?」
「まあ、大丈夫ですよ」
 全く根拠も無く安心も出来ない台詞に掴まれた肩の指がイヤに強く感じられる。
「じゃ、頂きます」
「素直に吸われると思うなーーー!」
 意外に行儀良いカルロの言葉を私の絶叫と渾身の力を込めた踵蹴りがかき消した。
 ヒールだったのでかなり痛いと思う。
 げぼっと音を立て、離れる指。急いで身体を離すと楽しそうにカルロが笑う。
 並の人間なら悶絶している強さで腹に叩き込んだのに余り効いていない。
 お兄さんの教育の賜物だろうか。
「だよなぁ。よし、ねじ伏せて吸う!」
 口元を袖で拭い、私を示すカルロ。何が何でも吸うつもりらしい。
「紳士じゃない。吸血鬼は紳士的だと思っていたのに!」
「愚弟は若いですから、まだまだ未熟なんですよ」
 そう思っているなら止めてください。
「くくくく。逃がさないからなー、餌」
 餌呼ばわり!? 
 不気味な含み笑いと据わった瞳に気圧されつつ、私は吸われまいと身構えた。
 


 

 

 

 

 

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