吸血鬼。
「噂だが――吸血鬼が出るらしい、くれぐれも注意してくれ」
真剣なプラチナの言葉に私は読んでいた魔道の本から顔を上げた。
「真っ昼間に?」
知っている吸血鬼とは違うかも知れないが、やっぱり血を吸うあの吸血鬼だろうと考える。
「いや、出るのは夕刻辺り」
「じゃあ大丈夫ですよ。私、町にしか出ませんしシャイスさんも連れて行きます」
そうでないと怒られる。武術が下手な私は誰かを伴わないと外にも出られない。
「そうだな。目撃されるのは街道外れ。杞憂か」
小さく息をつくプラチナに、私は微笑んだ。
「そうですよー」
と、そんな会話を数日前交わしたのを思い出す。
攫った後は生贄だと言われた。で、次は吸血鬼はご存じかと聞かれた。
導き出される答えは一つ。
吸血鬼へのプレゼント。(若い娘)
ザ、と血が引く音が聞こえた気がする。元々そのためなら私を狙った理由も分かった。
男女問わず吸血鬼だって、吸うなら若い女の子のほうが良いですよね。
更に言うなら恋愛経験薄そうな、私なんかピッタリですね。
成る程。と納得して。
「遠慮します!」
私は力一杯断った。いっそ外に放り投げてくれ。
好きな人に会えないどころか適当に捕まえられたあげく、血を吸われるなんて嫌すぎる。
「そんなコトされるくらいならひと思いにやって下さい! ザックリと」
しかも吸血鬼は従属の力もあったはず。奴隷になるなんてまっぴらゴメン。
「嫌がりっぷりからすると、良い生贄になるな」
潜めた笑いに更に血の気が引いた。
「わっ」
仔猫のように襟首を捕まえられて闇の中に放り込まれた。
腕はもう縄も無く、自由の身。がたりと不穏な音がして唯一の光源である扉が閉まった。
完全なる漆黒、慌てて扉の場所に駆け寄るが動かない。
床の材質と同じ荒い石。私一人ではとても開きそうにない。
完璧な、密室。人の手が加えられている洞窟に寒気がする。
目も利かない、足は動くけど暗闇で何処に行って良いのかも分からない。
ここが迷宮や洞窟、人が住んでいたと仮定して。
抜け道がある可能性は、捨てきれない。吸血鬼だって扉くらい欲しいだろう。
でなければこんな扉、作らない。人一人通せるだけの大きさで充分なのに、閉められた扉は二人同時に通れるほど。
希望的な考えだ。憶測。だけど、このままより良い。
逃げよう。
辺りに柱も見つけきれないまま、フラフラと歩く。本当は全力疾走したい。
だけど走った先に階段があれば一撃死。吸われるのも嫌だが、そんな情けない最後は避けたい。
かん、と甲高い音に肩をすくめる。何か、蹴飛ばしてしまった。
石ではなくてもう少し軽くて硬い。一度聞いた気がする音。
カチャン。とぶつかる何か。
蘇る記憶。
『ここは骨棚って呼ばれて』
これは、骨がぶつかる音。
慌てて後ろに下がる。また、硬い音。
どうしよう、どうしよう。混乱しそうになる頭に響く声。
キッ、と耳障りな声と羽音。
チラチラと瞬く複数の赤い光。
『エモノ来た』
更に一気に血が落ちる。親玉が来た。まずい!
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなくちゃ。
狼狽えながらよろめくと、また声。
『美味しいゴチソウ』
声が、増えた?
『馬鹿なニンゲン』
まただ。三匹以上。羽音からするとコウモリだと思ったけど――
とにかく光源が欲しい。光、光を。
魔法が使えない自分を呪う。
光も出せない、私。虫が居ないと辺りを目視も出来ない。
泣きたくなった目にちらりと何かが掠めた。袖口から何かが見える。
もしかして!
弛んでいる袖を伸ばし、揺らす。輝虫が袖から数匹、舞い踊った。
助かった、と思うと同時に悲鳴を上げそうになった。
な、ななななな。なにこれ。
『マブシイ』
『キライ』
『痛いヒカリ』
六匹は確実にいる声の主は、両腕を広げた人の体長ほどもあるコウモリだった。
変身する気配もない、獲物を捉えた目。足下に転がった骨が砕けている事で、相手の正体を確信した。
真新しい生贄の服が食いちぎられている。おおよそ知的な生物のする事ではない。
そして先程からの声。
吸血鬼じゃない、こいつら、ただの大きなコウモリだ。
踵を返して逃げる私の袖にまた輝虫が入り込んだ。頭を覗かせていてライトには充分。
コウモリなんぞに喰われてたまりますか!
泣きたかった絶望よりも強い思いを抱え、私は走った。
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