十三章/なりゆき生贄

 

 

 

  


 吸血鬼。

「噂だが――吸血鬼が出るらしい、くれぐれも注意してくれ」
 真剣なプラチナの言葉に私は読んでいた魔道の本から顔を上げた。
「真っ昼間に?」
 知っている吸血鬼とは違うかも知れないが、やっぱり血を吸うあの吸血鬼だろうと考える。
「いや、出るのは夕刻辺り」
「じゃあ大丈夫ですよ。私、町にしか出ませんしシャイスさんも連れて行きます」
 そうでないと怒られる。武術が下手な私は誰かを伴わないと外にも出られない。
「そうだな。目撃されるのは街道外れ。杞憂か」
 小さく息をつくプラチナに、私は微笑んだ。
「そうですよー」
 と、そんな会話を数日前交わしたのを思い出す。


 攫った後は生贄だと言われた。で、次は吸血鬼はご存じかと聞かれた。
 導き出される答えは一つ。
 吸血鬼へのプレゼント。(若い娘)
 ザ、と血が引く音が聞こえた気がする。元々そのためなら私を狙った理由も分かった。
 男女問わず吸血鬼だって、吸うなら若い女の子のほうが良いですよね。
 更に言うなら恋愛経験薄そうな、私なんかピッタリですね。
 成る程。と納得して。
「遠慮します!」
 私は力一杯断った。いっそ外に放り投げてくれ。
 好きな人に会えないどころか適当に捕まえられたあげく、血を吸われるなんて嫌すぎる。
「そんなコトされるくらいならひと思いにやって下さい! ザックリと」
 しかも吸血鬼は従属の力もあったはず。奴隷になるなんてまっぴらゴメン。
「嫌がりっぷりからすると、良い生贄になるな」
 潜めた笑いに更に血の気が引いた。


「わっ」
 仔猫のように襟首を捕まえられて闇の中に放り込まれた。
 腕はもう縄も無く、自由の身。がたりと不穏な音がして唯一の光源である扉が閉まった。
 完全なる漆黒、慌てて扉の場所に駆け寄るが動かない。
 床の材質と同じ荒い石。私一人ではとても開きそうにない。
 完璧な、密室。人の手が加えられている洞窟に寒気がする。
 目も利かない、足は動くけど暗闇で何処に行って良いのかも分からない。
 ここが迷宮や洞窟、人が住んでいたと仮定して。
 抜け道がある可能性は、捨てきれない。吸血鬼だって扉くらい欲しいだろう。
 でなければこんな扉、作らない。人一人通せるだけの大きさで充分なのに、閉められた扉は二人同時に通れるほど。
 希望的な考えだ。憶測。だけど、このままより良い。
 逃げよう。
 辺りに柱も見つけきれないまま、フラフラと歩く。本当は全力疾走したい。
 だけど走った先に階段があれば一撃死。吸われるのも嫌だが、そんな情けない最後は避けたい。
 かん、と甲高い音に肩をすくめる。何か、蹴飛ばしてしまった。
 石ではなくてもう少し軽くて硬い。一度聞いた気がする音。
 カチャン。とぶつかる何か。
 蘇る記憶。
『ここは骨棚って呼ばれて』
 これは、骨がぶつかる音。
 慌てて後ろに下がる。また、硬い音。
 どうしよう、どうしよう。混乱しそうになる頭に響く声。
 キッ、と耳障りな声と羽音。
 チラチラと瞬く複数の赤い光。
『エモノ来た』
 更に一気に血が落ちる。親玉が来た。まずい!
 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなくちゃ。
 狼狽えながらよろめくと、また声。
『美味しいゴチソウ』
 声が、増えた?
『馬鹿なニンゲン』
 まただ。三匹以上。羽音からするとコウモリだと思ったけど――
 とにかく光源が欲しい。光、光を。
 魔法が使えない自分を呪う。
 光も出せない、私。虫が居ないと辺りを目視も出来ない。
 泣きたくなった目にちらりと何かが掠めた。袖口から何かが見える。
 もしかして!
 弛んでいる袖を伸ばし、揺らす。輝虫が袖から数匹、舞い踊った。
 助かった、と思うと同時に悲鳴を上げそうになった。
 な、ななななな。なにこれ。
『マブシイ』
『キライ』
『痛いヒカリ』
 六匹は確実にいる声の主は、両腕を広げた人の体長ほどもあるコウモリだった。
 変身する気配もない、獲物を捉えた目。足下に転がった骨が砕けている事で、相手の正体を確信した。
 真新しい生贄の服が食いちぎられている。おおよそ知的な生物のする事ではない。
 そして先程からの声。
 吸血鬼じゃない、こいつら、ただの大きなコウモリだ。
 踵を返して逃げる私の袖にまた輝虫が入り込んだ。頭を覗かせていてライトには充分。
 コウモリなんぞに喰われてたまりますか!
 泣きたかった絶望よりも強い思いを抱え、私は走った。

 

 

 

 

 

 

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