十三章/なりゆき生贄

 

 

 

  



 ハードで最悪な日々は過ぎて。前のように落ち着いた時間が取れる事が多くなった。
 いや、前よりも確実に休みは増えた。地図の上の赤い侵略地点も一気に引いて、つまり平和になったのだ。
 ルーイは良くやってくれた。私の想像を遙か超え、初めての会議から一週間も経った頃には威厳はないモノの指示だけは的確に渡し。参謀としての役割を十二分に果たすほどになっていた。
 おかげで町は活気を取り戻し、辺りはざわめいて毎日がお祭り騒ぎ。
 初めて見た頃のあの重苦しい空気は無くなっている。
 お休みでちょっと喜んでいたのは認めようと思う。
 更に『今度はルーイも連れてこよう。どのお店が良いかな』と息抜きの店探してよそ見をしていた事も認めよう。
 ちゃんと村娘みたいに変装してシャイスさんの隣からは離れなかった。
 それが裏目に出るとは思わなかった。平和にはなったのは城の周りと魔物だけ。
 大人しくなったのも活発化した魔物達。あの黒い獣の彼が手を打ってくれたのだろうと察しが付いた。
 まあ、気をつけなかったのも悪いんです。大人しくなったのは、本当に魔物だけだったと。
 ガタガタと五月蠅い車輪の音、体中が痛い。
 鳩尾近くがズキズキする。
 身体を丸めようとして、腕がつりそうで溜息をつきたくなる。
 濃霧で辺りはよく見えない。ああ、そうだね。私もこういうときはこんな場所を選びますよ。
 とか呑気に考える。
 無駄に兵法囓っているせいか嫌に冷静な自分にむかつく。
 便利だけど危機感が無くなる。
 足は幸いにも動かせるが、腕が動かせない上に場所も分からないところに転がり落ちる気はない。
 まあ、話を簡潔に纏めると。
 ――私は見事に攫われた。
 白昼堂々、町のど真ん中で。


 あれは一瞬だった。プラチナでも対処出来たかどうか難しい。
 普通の馬車に紛れた一団が、すれ違いざまに私に打ち身をかましてきたのだ。
「え、あれ。――カリン様!?」
 スピードを上げた馬車に乱暴に投げ出され、悲鳴を遠くに聞きながら私は少しだけ意識を飛ばした。


 この人達はシャイスさんを狙っていた。そして、彼よりも手っ取り早そうで。
 傍目から見れば可愛がられているように見える従者を攫ったのだ。
 カモフラージュが上手く行きすぎた結果とも言えよう。それかシャイスさんが私に甘すぎたのだ。
 ぎっ、と馬車が止まる。濃霧でべた付く肌に顔をしかめていた私は、投げ飛ばされて悲鳴を上げた。
「ったぁぁ」
 殴られた腹辺りはいたいわ、頭を打つわ、腕で止まれないから受け身も取れなくてボロボロだ。
 解けたら同じ目に遭わせてやりたい。心で呪う。
「起きたぞ、早いな」
 顔をわざわざマスクで隠した男の一人が私の髪を引っ張る。
 残念、ずっと起きていたけど気絶していた振りをしていただけ。
 こんな時下手に騒げば危険だから、狸寝入り。流石にここまで揺れては演技も出来ない。
 固定して下さいよ、人質なら。椅子にぶつかった、何回か。
「何のつもりですか」
 睨み付ける。せめて泣かないようにしてるが痛みでじわりと涙が出る。
 身体が痛む。鮮魚までとは行かなくてももう少しマシなやり方出来ないのかと噛み付きたくなる程に乱暴な扱いだ。
「さっき『様』とも言われていたな。勇者候補か?」
 シャイスさんが叫んでいたのを覚えていたか。
 睨む事は止めず、口を噤む。教えません。黙秘。
「口をふさげよ。魔法を使えば……」
「いや、この娘。(もん)が出ないぞ――噂の勇者候補だ」
 二人組の一人が慌て、もう一人が小さく何かを呟いた後制した。
 私の事を知っているのか。いや、私は知られてしまっている?
「力はない代わりに知略を駆使して魔物を翻弄する、力なき勇者。
 前代未聞の事ばかりしでかす不可思議な勇者。
 そして魔物すら庇う、愚かな勇者」
 唇を噛んで歯噛みしそうになる己を戒める。戦場の事まで漏れている!
 兵から伝わったとしか考えられない。情報漏洩、まずい。
 端末からここまで広がるなんて、人相手なら命取り。
 先の事と後の事を考えて奥歯を強く噛んだ。
 こうなっては舌先三寸で丸め込む事も不可能。紋、とは何か考える。
 紋、印。私の知らない何かのしるし。勇者候補に関わりあるもの。
 まだ私に内緒ごとしているのかと頭痛を覚える。それか、私には与えられない何かだったか。
 深く息を吐く。もう腹を括るしかない。
「で、何かご用ですか。人攫いさん」
「見た目通り。かわいげの欠片もない女だ」
 開き直って訊ねると吐き捨てられる。ああもう、可愛くないですよ私は。
 誰だろうと当然の態度じゃないか。人攫いに振りまく愛想は持ち合わせていない。
 悲鳴? 喜ばせると分かっているなら唇を噛んででも殺してみせる。
「しかしお前が(くだん)の勇者候補とは驚きだ。今までずいぶんえげつない手も使っただろう」
 その通りだが答えない。
「攫ったご理由は? 召還者を脅すおつもりですか? それとも私を餌に何か釣る?」
 舌打ちが聞こえる。本来なら『勇者候補だからだ』と言いたいのだろうが、先程の会話で私を欺けるなんて実質上不可能。
「小生意気な。だが、勇者候補なら丁度良い……ただの腹いせだよ。城の連中に対してね」
 あー、言動からそんなこったろうと思いましたよ。と言いたいのを何とか抑える。
 つまり私は、嫌がらせの為だけに攫われたと。
「で、殺します?」
 自分で言うのも何だが、人ごとのように聞く。転がしても良し、斬っても良し。
 どれでも私は死ぬだろう。置き去りでも餓死するか獣に襲われる。
 相手が息をのむ。私はこれも分かってる、自分の目がどう映っているのか。
 冷徹。冷酷。感情を一時止まらせた目は、そうとしか言えないだろう。
 そして、目を向けられた相手は。視線だけで恐怖する。
 凍えるらしい、そんな状態の私は。言われて辺りの反応を確認して納得した。
 前はそんな目すら出来なかったのに。人をやりこめる為だけに私は仕草を変えてしまえた。
「ただの、生贄さ」
 寒気を催すだろう視線に耐えきれなくなったか、叫び、呻く。
 イケニエ?
 ……ああ、生贄。
 あのこう、儀式とか。召還されたときに考えた。生贄ですかー成る程。
「なんですかそれ!?」
 演技も忘れて素でびびる。
 絶叫に辺りが揺れた気がした。鳥が飛び立つ音が聞こえる。
「吸血鬼って知ってるか、勇者候補さん」
 にたりと嗤ったような声に、寒気を感じた。

 

 

 

 

 

 

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