十一章/策略者カリン

 

 

 

  


「良かった。死んだ人はあまりいないみたいで」
 誤魔化す事は諦めて息を吐く。
「死ぬどころか前より元気になって、これも輝虫のおかげだと大喜びではしゃいでるよ」
 その言葉に沈黙して思い起こす。死地に向かう兵達の姿を。
 ――闇夜の城の門の側。
 全てが絶望だった。まだ鎧を着ていただけなのに死相が出ていて、何もせずとも死にそうだった。
 士気低下以前の問題だった。彼らは既に死んでいた。このままではまずいと確信する。
 何がまずいかって、信頼度の問題だ。私は皆から見えない場所で全ての軍を軽く眺め、戦慄が走った。
 彼らは勇者候補を頼りとしていない。信じるものがない。縋りつく希望がない。
 まずすぎる。生ける死人では戦力半減以下。私が目的がないと生き延びられないように、彼らに目的を作らないと駄目だった。
 だから……私は賭に出た。完全に運任せの危険な賭。
 この分では『輝虫が出た』なんてうわべの言葉だけでは納得しない。ならば。
 本気でだめもとの、祈るような気持ちで私は声だけを出していた。
「ほら、輝虫です」と。本物を見せるのが一番の栄養剤。
 出なければシャイスさんに偽物の輝虫を出して貰うつもりだった。
 こんなに絶望が濃厚では出てこないだろうと諦めもしていた。
 けれど、声が聞こえた『輝虫だ』と。眺めると、空に一匹輝虫が飛び。
 しばらく辺りを彷徨って、すっと私の手の甲に止まった。
 泣きたくなった。辺りがざわめくのが分かる。絶望が綺麗に取り除かれる。
 私にはただの光る虫は、確かに人々の希望の象徴だった。
 この虫は出る事すらつらいのに、来てくれた。有り難うのお礼代わりに軽く口づけを手の甲に落とすと。
 辺りが煌めいた。人が居る中では異常なほどに……無数の輝虫が舞い踊った。
 後はもう鼓舞の必要もなくて、士気は高まる一方だった。凄まじい驚喜にプラチナが慌てて制止の声を上げるほどに。
「太陽ですね」
 絶望を照らす光。私にはそう見えなくても、この世界の人々にそう見えるのなら強い光。
 希望という名の太陽。
「ああ、そうだね」
 掴まれていた腕は、離されていた。
 しかし、気がかりは残る。参謀もそうだが、異常なほどの勇者候補の信頼性。
 がた落ちどころかモグラも驚くほどの底辺以下だ。
 すすり泣きに混じって騒がしい音が響く。宴会でも始めたのか。
「何か勇者候補の人に叱る事ありましたら言って下さい。
 それなりに言う事出来ますから」
「そうだねぇ、苦情というか。すぐ側の勇者候補の問題は頭が痛いところだね」
 すぐ側? 音は更に激しさを増し、がらんがらんと何かが転がる物音がして。
「ごめーん。ちょっと通らせて!」
 聞き覚えるある声と、私の側にあったものの存在と音に状況を理解して唇を噛んだ。
 怒りが込み上げ、呻きが漏れる。一旦それを飲み込んで、私の側を駆け抜けようとした風を呼び止めた。
「マイン!」
 反射的に彼が止まったところに、思いっきり拳を鳩尾に叩きつける。
「げふっ!?」
 呼気を吐き出し、転がり座り込むマイン。拳が痛いがそんなのどうでも良い。
「な、なにすんのさ。勇者候補に手を――」
 肩を怒らせてお仕置きしようとしていた彼の顔が歪む。そしてみるみるうちに強張り引きつる。
「なにしてんですか?」
 私の声はもう震えて、先程とは違った意味で涙が盛り上がる。
 メイベルさんはいきなり勇者候補の鳩尾を突いた私の行動に呆然としている。
「あ、え。あの……カリン。なんで泣きそうというか泣いて」
 彼の後ろに転がる箱。一つではなくて、バラバラに落ちた、箱達。
「なんて事するんですか! 私頑張って箱積んだんですよ!?」
 一生懸命時間を費やして運んだ箱が、あっさり数秒で崩れた。
 おろおろするマイン。
「え、えと。ごめんね。急いでいたからつい近道で。箱はまた積めば良いと」
 また? 簡単に言う姿に殺意すら覚える。
「半日近くかかったんですよ!? 私の時間返して下さい!
 ゆっくり休憩してから後半分だったのに。なのに、なのに」
 こんなのあんまりだ。休憩時間も無くなった。
 涙が出てくる。うう、私の半日が。
「ご、ごめんなさいっ! そんなにかかってるなんて知らなかったから、今までつい」
「つ、い?」
 今までつい、でこんな事を何度も。そりゃあ評判悪くなって当然です。
 ついでわたしの半日が……消えた。ぼたぼたと涙が零れる。
 酷い。酷すぎる。
「あ、あああ。泣かないでごめん、ほんとーに済みませんでしたっ」
 本格的に泣き出した私を見てマインが顔を青ざめさせて手を合わせる。平伏の勢いだ。
「うう、本当にそう思ってるんですか?」
「うん、知ってたらしないよこんな事。ほんとにごめんね」
 手の甲で涙を拭いながら問うと大きく頷かれる。
 天真爛漫で無邪気で、常識外れなマインは悪い事だと思ってなかったらしい。
 他の人から怒られた事もなかっただろうし、よく分からないままにルール通り片付けていたのだろう。
 でも、私が指摘したから彼は気が付いたらしい。何をしたか。
「本気で思ってます?」
「うん!」
 うー、と呻いて見つめる。眉根を寄せて困ったように大きな瞳が私を見ていた。
「だったらちゃんと戻したりしてくれます?」
 休憩無しで私一人、あそこまで運ぶ体力はもう残っていない。
「うん、するから、許して、ごめん泣かないでっ」
 普段の元気いっぱいの彼とは違って必死だ。
「……戻してくれたらもう怒らないし泣かないです」
「だったらやる! えっと、三角にすれば良いんだね」
 頷くと。マインは急いでその作業に取りかかった。
「えいしょ。おー、確かに重いかも」
 と言いながら持つのは十箱。私一人でやっと一箱よろよろしながらなのに。
 本当に、勇者候補って困る。基本的にこんな風だから他人が苦労する事を考えない。
 今だって軽く十箱で余裕すらある。半日費やした作業が既に終わりそうだ。
 ……違った意味で泣きますよ、私。
 つくづく私は一般人である事を思い知らされる光景でもある。
「おーわった。綺麗に並べるの結構難しいね〜。後は後は?」
「ええと、正方形……四角になるように積んで終わりです」
 積み木を完成させたような顔をしているマインに答える。
「じゃ、やってあげる」
「え、でも悪いですよ」
 流石にそこまでして貰わなくても良い。後は私の役割だったのだし。
「良いよ。僕が悪いコトしたからお詫びの代わりって事で、許して、くれないかなぁ。とか」
 そう思います、と正直に告げるマインに笑ってしまう。
「分かりました。じゃ、それで帳消しです」
 吹き出しそうになりながら、許してあげる事にした。
「了解! ふんふんーんと」
 パッと顔を輝かせ、敬礼して鼻歌なんて歌いながら楽しそうに積む。
 あの作業凄い大変なのに。
 あっという間に正方形の固まりが出来上がった。そこから飛び降りて、
「終わったー良かったー許して貰えるうぅぅ」
 半泣きで訴えてくる姿は、子供らしい。そんなに私が泣くのが怖いですか。
「あーもう許しますよ。次からはしないで下さいね。
 樽とか箱は重たくて運ぶのも積むのも一苦労なんですよ」
 苦笑してぽふぽふとまた下がった頭を撫でる。
「僕、悪い人だったんだね。ごめんね」
 どれだけ壊した覚えがあるのか、真っ青になり落ち込む。
「次から気をつけて。謝りに行ったりお手伝いすれば許して貰えますよ。
 沢山したなら、すぐには無理ですけどね」
「うん。後でお詫び行ってくる! じゃねカリン」
 少し思案するように口元に手を当て、笑顔になる。
 頑張れば許して貰えると聞いて安心したのだろう。手を振って去っていった。
 小さく手を振り替えして後ろ姿を見送る。
「アンタ凄いねぇ。あのマイン・ライトをしかりつけるなんて」
 驚いたような台詞に思わず溜息が零れた。こんな事言えば怒られるんだろうけど。
 思わず言ってしまう。
「勇者候補って、みんな意外と子供っぽくて考えてない人多いですよ」
 戦略も考えないし。本心の台詞だったけど。
 凄い言いようだ、と笑われてしまった。

 

 

 

 

 

 

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