十一章/策略者カリン

 

 

 

  


 
 一仕事を終え。マインのせいでもありおかげでもあり早めの帰宅となった私をシャイスさんがお茶でもてなしてくれた。
「んー。お茶が今日も美味しいですね」
「そうかしら、フレイの方が美味しいわよ?」
 隣で自分の金髪に指を絡め、お茶を一口含んで彼女が呟く。
 それは言わない約束ですアニスさん。ああ、シャイスさん落ち込んでるし。
 確かにシャイスさんはフレイさんと比べるとお茶を淹れるのが下手だ。
 お茶は普通に美味しいのだ。不器用なんではなくフレイさんが上手すぎる。
 調合を専門としているだけあって、ブレンドが上手い。
 普段は適当なのに、お茶だけはお湯の温度もちゃんときちんと見て淹れるから尚更。
「ただいま帰った」
 音すら立てず食堂の扉を開け、プラチナが長い三つ編みを揺らして近寄ってくる。
 シャイスさんがもう一人分のお茶を汲みに行った。
 戦果の報告だろうか。そんなに酷くないだろうはずなのに、プラチナの顔色が悪い。
「お帰りなさい」
 取り敢えずご挨拶。
「あら、お帰り〜。で、今日はどんな悲報が聞けるのかしら」
 気楽に物騒な事を曰うアニスさん。まるでもう聞き飽きたと言わんばかりだ。
「…………」
 黙したプラチナは、静かにカップに口を付け唇をお茶で湿らせた。
 そして、睫毛を伏せて呻くように言う。
「大戦果だ。敵は壊滅と言って良い……そして死者は居ない」
『死者ゼロぉっ!?』
 よかった、と言おうとした言葉が。二人分の悲鳴でかき消される。
 あれ?
 何でそれ程驚くのです。
「な、なななななな。あの戦力数で死人ゼロの上魔物全滅ってなによそれ!?
 行った候補者そんなに強くないでしょうっ」
 私、アニスさんは味方だと思っていましたよ。なんか裏切られた気分になってきた。
「確かに作戦練り直したとは聞いたけど。数人は出てもおかしくないでしょ」
 沈み掛けた心が浮く。あ、成る程。て事はアニスさんも私と同意見だったのか。
 数人の死者は確かに予想に含んでいた。でもゼロの可能性も高かった。
 いや、雨続きで視界が悪かった時点に決行した瞬間その可能性は高まった。
「史上初ですよ。そんなの」
 作戦を知っていたシャイスさんですら悲鳴に似た声。
 ああ、居心地悪い。次に突き刺さるのか更にしばらく経ってからか分からないが、多分私は見られまくる。
「試しにやっただけのつもりだったが。今までの策は下策だと思い知らされた」
 顔色の悪い理由はそれか。確かに指令する立場としてはもう青ざめて白くなるしかないだろう。
 今の今まで殺す為に行かせていたようなものだから。
「これが今回の策だった」
 私が纏めてくれと頼んだ作戦内容が、いささか乱暴に机に置かれた。
 好奇心と恐怖の入り交じった視線が二人分紙に注がれ。
「……なにこれ。誰よこれの発案!」
「恐ろしすぎます。更に磨きがかかっていませんかこれ」
 アニスさんが机を叩き、シャイスさんが唸った。
 それもそのはず。立案した私が徹底的に無い知恵振り絞って練りに練り上げた案だ。
 手順を五月蠅いくらいに書いて、士気のあげ方から休憩、激励、叱咤。
 心休められるような食料の渡し方も指示して。安全なルートも書いてある。
 教官一人育成する気持ちで作り上げた渾身の策だ。
 そして魔物をおびき寄せる為に勇者候補の人の特徴と性格を踏まえて命令法も変えてある。
 練習も欠かさずするように、時折は構わないけれど絶対に気を抜きすぎずにとも注意して。
 念には念を。石橋を叩いて渡る方式。
 叩きすぎが心配だったが橋は壊れなかった。
「――発案者はカリンだ」
 重々しく溜息をついて、注がれる一つの視線。
「カ、カリンちゃん!?」
「……偶然会議に連れて行かれたんですよ」
 渋々認める。本当なのだから否定出来ない。
「こ、この無茶苦茶濃い内容を、カリンちゃんが?」
「私の世界の兵法書を多少囓って、この世界の魔法を流用してみました」
「指示も的確だった。霧が出やすい頃合いにこの作戦は決行されて、結果はこうだ」
 目を逸らす。視線が痛すぎる。
「カリンちゃん凄い!」
「凄くないです。私の世界での基礎的な戦法を流用したものです」
 思わず膨れる。持ち上げないで下さい。
「だが、私は言われた。鬼や悪魔だと罵って悪かったと、これならちゃんと戦えると」
 心が冷えるのを感じる。プラチナが青ざめているのは策だけの話ではなかった事に気が付いた。
 人々から向けられた視線が変わったのだ。彼女が分かるほどに。
 そうすれば嫌でも気が付く、自分たちに向けられていた視線の意味を。
「今までの概念を覆された気分だ。いや、そうだな。そんなものだ。
 だが、カリンが使った策は確かに今までと段違いの効果を見せた。ならば――」
 カップに伸ばしたプラチナの指が震えている。
「司令官はしませんよ」
 幾ら何でもその先は分かるので先手を打つ。
「しかし、私よりは」
 言い募るプラチナの目を真っ直ぐ見つめ返す。
「兵法書、読めば良いんです。それに、そんな事をするくらいなら募集すれば良いんですよ」
「ボシュウ?」
 首を傾ける彼女。やはり思いつきもしなかったのか。
「戦いの能力で判断するのは駄目です。策を弄する人が必要です。
 私は逃げるのしか出来ないから混乱させる方法をとりましたけど、もっと。
 この世界にはきっともっと居るはずです。
 時間を掛けず人死を少なく出来る作戦を立てられる人間が」
 居るはずだ。私よりも凄い人。
 わざわざ召還しなくても、この世界の中には居るはずなんだ。
 勇者候補だけでは助からない状況を何とか出来る人が。
「だが平民から等と」
「平民だからこそです。私も一般人です。
 勇者候補では分からない部分が分かる人が必要です」
 この際身分も関係ない。いや、身分こそ邪魔。飾らなくて良い人間が一番向いている。
「だが……分からないから判断出来ないだろう。その手のものは」
 口ごもるプラチナ。懸念している事態は分かるつもりだ。
 第一、策の間違いすら分からなかったから判断なんて事は言わない。
「私が言い出した事ですから、選考は私がします。何度か試験をして……最終段階で現場の声。
 つまりプラチナ達からの意見を聞きます。これならどうですか」
「カリン様に負担が行きますよ」
 心配するシャイスさんに首を振る。
「このままだともっと私が大変です。ちゃんと見つけましょう」
 恐らくこの件でプラチナは私に相談事をする事が多くなるだろう。今の状態では過労死も遠くない。
「分かった」
 プラチナは子供のように拗ねた声で、頷いた。


 私の意見に押される形で、前代未聞な大々的公募は町中に張られた。
 〈年齢・性別・出身不問〉の名の下に。
 この間の戦果もあり、城仕えなら、と沢山の応募が寄せられた。
 危うく紙で一室埋まるくらいは。集まり過ぎだから!
 シャイスさんにうっかり部屋に置いて良いですかと訊ねられたとき頷いたからさー大変。
 軽く頷いた後、紙に潰されて死ぬかと思った。
 ノックの音に声だけで返事をする。合間を見て選考しているけど目が痛い。
「カリン、一つ頼んでも良いだろうか。その、やはり私の尺度だけでは不安があるのだ」
「全面的な策はもう出しませんよ」
 冷たく即答する。
 紙を見ながら選別する私の部屋に弱々しく訪ねてきた上司はうっ、と詰まった。
 訪問がある事は予測済み。頼まれる内容も分かっている。
 もうあんな重い仕事はゴメンだ。
「じ、じゃあ…………少しで良いから意見を貰いたい。頼む」
 普段は居丈高なのに、何処か泣きそうで蚊の鳴くような声に、小さく笑う。
 命令ではなく初めて聞いた彼女のお願い。
 目に付いた紙の一切れにしばし視線を注いで。
「しょうがないですね、アドバイスしかしませんよ?」
 保留の箱に放り込む。
 そう経たずに、見つかるかも知れない。
「助かる! 早速で悪いが素案を軽く見て欲しい」
 嬉しそうな上司を見つめ、たどたどしい文字だが的確な策を示す紙を思い出して、息をついた。
「ええ、分かりました」
 さて、相手はどんな人かな。とも不安になりつつ私は重い腰を上げた。
 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system