十一章/策略者カリン

 

 

 

  




 城の食堂で。私は盛大に、キレた。
「ふっざけんなああああ! あり得ない信じられないッ!!」
 敬語すら忘れて壁に叩きつけた本をフレイさんが拾う。
「カ、カリンお、落ち着いて」
「もうこの世界の兵法書なんてアテにしませんっ!」
 マインがなだめようとするが、キレ気味というか怒り心頭の私には冷却水にもならない。
 馬鹿げていて、本気でアホらしいと思っていた戦い方。それ全て兵法書通り。
 馬鹿馬鹿しすぎるが、この世界。本当に勇者候補に戦いを全部押し付けて部隊自体飾りでしかないのだ。
 使い潰された命の数計り知れず。これでキレるなって言うのが無理です。燃やして良いですかその本。
「……シャイスさん。居ますね」
「は、はははははいっ」
 先程からこっそり扉から覗いている彼に振り向かず告げる。
「私の世界の兵法書、すぐに。急いで、早急に。持ってきて下さい。早く」
「は、はいぃぃっ!」
 底冷えした私の声に脅えて悲鳴を上げていったが、ちゃんと持ってきてくれるであろう。
 もう一度この世界の戦いを考える。
 異世界から使い潰せる優秀で圧倒的な力を持つ勇者候補。兵の一軍よりも重宝しただろう。
「確かにそうしたくなる気持ちも分かるんですけどね」
 静かな室内に呟いた声は自然と響いてしまう。死者名簿°ーろしい単語の上中身なので読みたい気分ではなかったが、これは仕方がない。
 どれほどの魔物に襲われれば勇者候補は死んでしまうのか、確かめなければいけない。
 勇者候補はやはりピンキリで。一人で千を相手に出来たり百だったり十だったりと様々だ。
 まあ、それが分かるという事は。千の魔物に突っ込ませた無茶な策があったと言う事でもある。
 勝ったらしいが。
 千の魔物を相手取れた勇者候補は、三千の魔物に殺された。当たり前だろうがと言いたくなってくる。
 更に強者は五千燃やし尽くせたとあり、その強さのため前線に置かれ間もなくお亡くなりになった。
 勇者候補でもある大魔術師の最後である。だから、後方支援の人を前に持ってくるな。
 多少の魔物ならともかくとして詠唱が必要なら大量の魔物相手は死にに行くも同然。
 あああ、勿体ない。凄く凄く人材を無駄にしているこの世界!
 強いのは良いけど、色々と考えて下さい。後の事とか前の事とか。
 今回起用されたというか参加する勇者候補のリストと能力。魔物、味方の兵力。
 それらと地図を照らし合わせて考えなければ。この兵法書(というのもおこがましいが)通りにしていては勇者が本当にいても死んでしまう。
 策を弄する事に長けた人間は居ないのか。全く。
 強いを基準で集められているせいか、術や戦いの能力に秀でていても戦法は全くらしい。
 全てが力押し。この場に集まっている人達は比較的戦法を心得ているらしいが、基準がおかしいので却下。もう問答無用で駄目だ。
 この戦い方、絶対絶対許さない。こんな馬鹿げた理由で人が沢山死んでたまるか。
「お持ち致しました。あの、カリン様すごい怖い目なんですが」
 理解してます、そのくらい。
「ありがとうございます。では、作戦の練り直しで構いませんね」
 血すら凍っていると自分でも思う感覚で、尋ねると。がくがくと糸の切れたマリオネットのように皆が首を縦に振る。
「じゃ、出来る限り自殺行為でない方法を決めましょう。じっくりと」
「……お茶、持ってきましょうか」
 何となく私の怒りの理由に気が付いたのか、納得したような顔をして聞かれ。
「全員分お願いします」私は小さく頷いた。
 お茶、飲んで少し落ち着こう。ていうかおかしいと思っていたのなら進言して下さいシャイスさん。
 はあ、とまた私の溜息が部屋に響いた。

 
 基礎的な兵法を眺めつつお茶を飲み干す。やっぱりこのままでは駄目だ。
 まあ、沼を突っ切るという時点で兵法書なしでも駄目だと分かるが。
 基本は人と同じ戦法で、相手は魔物だからかっちりではなく弛めに余裕を持って考えなければ危ない。
 地下から攻められるかも知れないし、上空から。はたまた瞬間移動してくるかも知れないのだ。
 私、素人なのになんでそんな反則的な相手との戦いを考えなければいけないのか。
 それもこれも全てこの世界の……もういい、キレるのも疲れてきた。
 冷静に考えよう。もう、地図の上の青は自分だと思う事にすればいい。
 凄い魔物に囲まれている。大変だなあ、私と城。でも沢山居るその自分はちょっと強い、頑張れば魔物を倒せると考える。
 そうすれば多少は軍隊が楽な戦いも出てくるはずだ。
 で、手助けとして数人勇者候補が居ると考えて進めればいいはずだ。うん。
 人間相手なら敵地での略奪で食料――とか確保出来るらしいけど。相手魔物だから無理。
 食事は持ち歩きで馬車必須。お馬さんのご飯も考えるとお金かかるな、確かに。
 今回のターゲットは少し離れたところにいる小規模な魔物の軍勢。沼地の側の湖を根城としているらしい。
 希望としては前後から挟み撃ち。でも沼があるから気が付かれる恐れもある。
 ふと考える。
 勇者候補が無策として……ちょっと興奮させた強い魔物が冷静な思考取れるのだろうか。
 指揮官居ないと無理だよね。というか、傷ついたら怒るくらいプライド高いのも居たよね。
 情報を整理しても魔物の軍勢は獣の思考。
 興奮すればまともな判断を下すのも統率を執るのも難しい。
 邪魔ではあるけれど、この沼は――
「沼、利用しません?」
 使える。上手くすれば凄く人間にとって有利になる。
 リストに載った勇者候補の面々を見る。おあつらえ向きにその手に長けた人間が入ってる。
「どういう事だ」
「怒らせたら人も獣も変わらないって事ですよ」
 そして魔物も。
 古典的な策だが、はまればこちらが無傷かそれに近い状態で殲滅可能でもある。
「どんな作戦ー?」
「部隊を三つに分け、一部隊はまず足下に濃いめの霧を広範囲流します。沼を覆うように。
 この時点で気が付かれるでしょうけど気にせずに。
 他部隊は地図を見て迂回ルートで挟むように進む。出来ますね」
「出来る」
 私の声にキッパリ頷くプラチナ。やはり可能。なら、この作戦は使える。
 霧の出現に驚く魔物も出るし、不審を感じる魔物も出るはず。
 だけど湖と沼地に囲まれ湿気の多い場所では霧……濃霧も珍しい事ではないだろう。
「そして、留まった部隊は幻影で三部隊を作り沼地の上から魔物の側に寄らせながら、遠くから矢でも魔法でも叩きつける。
 重要なのは、遠くからではなくその幻影から放たれるように見えなければいけません。逸れたように見せた攻撃を幻影で作るとなお良いです」
 沼地を横断するように、地図に指を滑らせる。生身の人間は無理でも偽物の幻影なら不可能でも何でもない。
 リストに載っている勇者候補、幻影や混乱。そして気分の高揚を促す補助魔法使いが多くいる。
 我ながら姑息だとも思うし、これこそえげつないのだが。戦力差を考えるとこれが一番。
「それも、出来るはずだ」
「で、幻影に力を込めて出来る限り実体に似せた軍隊を少しずつ引く。怯んで攻撃の手を弛めたように見せかけながら。
 勿論幻影を素通りしないように気をつけて。
 気が付かれないよう、少しずつでも相手に高揚作用のある魔法もぶつける事。
 敵に気取られないくらいは近く、離れたところで二つの部隊は一旦停止」
「ああ。それもこの面々なら可能だな」
 答え、不気味そうに私を見つめるアベル。何をするつもりだといった感じだ。彼の戦いは力押し、こんな面倒な事考えもしないだろう。
 私が出すのはただの作戦。初めてで、不思議と不安はない。
 大丈夫、恐らくこの策は成功する。今まで同じ方法しかとっていなかった勇者候補達からこんな攻撃を喰らうとは、遠くに司令塔が居ても思わないはず。
「相手が襲ってきたら、一気に走る――ように見せかけ勢いよく幻影を後退させる」
 指示としてはこれが最後。
『あ』
 ここまで言えば作戦内容に気が付いたか、全員が声を上げる。この位思いついて欲しいです。
「しばらく相手が勢いを殺せずに自ら落ちるのを眺めて。それ以降は沼の中に電撃入れるなり煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。
 合図で霧をはらして残りの部隊は一斉に挟み込んで終了です。終わったら素早く撤退で完了」
 とんっ、と指先で沼の地点を叩く。邪魔だけど、有効利用すれば素晴らしい天然のトラップに早変わり。
 キレて目の前も足下も環境も忘れた魔物が突入するなら、どうなる事か。
 数歩かそこらで気が付くだろうが、ぬかるんだ沼の側では止まろうにも止まれない。
 時折放たれた高揚魔法と攻撃で興奮最高潮の味方の進撃が後方からあったとすれば尚更に。
「上手く行けば時間も手間も損害も余り出ずに済む方法だと思います。どうでしょう」
「ど、どうもなにも……カリン様相変わらず考えが少し怖いですね」
 震えるシャイスさんに首を傾けてみせる。そうだろうか。私、怖い?
「怖いですか? 一般人的に出来る限り負担のない、お金がかからない選択をしたんですけど。
 まだ修正案がありましたらお願いします。予算とか戦術は不得手ですから。
 妙な作戦に不安がる前に、絶対に勝てると言ってあげておいて下さい。士気が違います。
 そうですね、輝虫が良く飛んでいるからって言えばいいですよ」
 本当に良く飛んでいるし。吉兆なら告げるだけで喜ばれる。
「…………検討しておく」
 いつもきびきびしているプラチナの声が酷く息苦しそうで、私の方を見ていなかった。
 確かに勇者ではないですが。この作戦。
 でも効くと思う。うん。
 戦死者が減らせますように。私は心の中で手を合わせて願った。


 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system